第十話 残された者
おーい、あんた達そろそろ起きないと、朝食が冷めちまうよ!この歳になっても寝坊とは、いいご身分だね。
チェスカは我々達を叩き起こし、朝食へと促した。
朝食は至って普通で、白米、魚の切り身、茹でた卵、カットされたフルーツなどが机に並んでいた。弟子達は得体の知れない魔獣の肉を食べさせるのでは無いかとヒヤヒヤしていたようだ。
昨日はだいぶと夜更かししてたみたいだね、まぁ、大体の想像はつくけどね。
何ともチェスカらしい、自分が会話の架け橋になってやったとでも思っている様である。
あぁ、お主のお陰で余計な話もしっかりと話すことができたわい。
チェスカに対して少しの皮肉を交えて礼を述べた。
君達も困惑したでしょ、なんてたってマローは魔人に育てられていたんだからね。変わり者ってのも納得したでしょ。
チェスカはズカズカと弟子達に話しかけ、マローの皮肉など胃に介してなどいない。
ぁ、はぃ…。
弟子達は相槌を打ちながら、終始苦笑いであった。
さてと、朝食も食べ終わった事だし、調査に向かうとするかい?
チェスカはマローに対してそう尋ねた。
すまない、チェスカよ。私の小屋とカトーの墓参りに寄らせてもらっても構わんかの?
マローは申し訳なさそうに答えた。
あぁ…、まぁ、穴の規模もそんなに大きく無さそうだしね、二、三日くらい時間的には問題ないだろう。しかし、アンタの小屋…今はすごいことになってるよ…。
チェスカは含みを持たせてそう答えた。
はて、墓の手入れと小屋の手入れはガロンに任せてあったのにのぅ。
マローはあの勤勉なガロンが小屋をボロボロになるまで放置するとは思えなかった。
まぁ、行ってみればわかるさ。
チェスカはこれもまた含みを持たせて答えた。
アオ、コウ。すまぬが、少し付き合ってくれ。
弟子達に申し訳なさそうにお願いした。
師が修練を積んだ小屋や、その師の墓を拝見できるとはありがたい事です。
アオはそう答えた。そして、コウも同じ意見ですと言わんばかりに、首を縦に振っていた。
皆ありがとう、ガロンへの土産も何か用意せんとなぁ。
そう言うと、隠し持ってきていたあの酒を取り出し、ニヤリと微笑んだ。
魔蛇の酒とは、なかなかのセンスだね。
チェスカはその酒を見てそうつぶやいた。一方で、アオとコウはあの、えも言われぬ匂いを思い出し、少し血の気が引いていた。
そうとなれば、早いうちに立とうかの。
マローはそう言うと、皆で屋敷を出た。
——— 小屋の程近く
何だか、この辺りは非常に煙たいのぅ。もしや、瘴気が流れてきておるのか?
マローは少し身構えた。
これは油の匂いでしょうか…、何か焼けた様な香りもしますね…。
アオはマローに対して答えた。
血の様な匂いもしますね…。
コウは少し不安そうにそう述べた。
一方で、チェスカは目も合わせず、我関せずといった態度で黙っている。
そろそろ小屋見えてくるであろうか…、な…。
マローは小屋をみて目を疑った。
そこには、昔、皆で暮らした木でできた小屋ではなく、立派な石造りの建物が建っており、煙突からは空に向かって白い水蒸気が上がっているのである。
どうなっておるのじゃ。私の小屋が跡形もない…。何の悪戯だ…、魔物に化かされておるのか?
マローは落胆した様子であった。
し、師よ、何か訳があるに違いません。一度、あの建物の主人に話を聞いてまいりますので、しばしお待ちを。
アオは肩を落としたマローを労り、建物の主人に話を聞きに行った。コウはあたふたしていた。
誰かいませんか?元々ここにあった小屋に住んでいた者の使いなのですが。
アオはそう言うと、扉に手をかけ扉を開けた。すると開けたと同時に熱された湿度の高い空気がアオの体を包み込んだ。
熱っっつ。
アオはあまりもの熱さにたじろいだ。
誰だ?荷物ならそこに置いておいてくれ。
奥の方から、男の太い声が聞こえた。
申し訳ない、過去にここにあった小屋に住んでいた者の使いなのですが。話を聞けませんか?
蒸気でよく見えなかったがアオは奥にいるらしき人物に声をかけた。
あぁ、何だって?
そう言うと、奥からがっしりとした男が顔を出した。
えぁ、あの…。
アオはその男の威圧感に少し困惑している様子である。
なんだい、冷やかしなら帰ってくれ。こっちは忙しいんだ。
しっしっと手であしらいながら、大柄な男はアオが開け放った扉を閉めようと外に出た。
ガロン…これは、どう言うことなのだ?
マローがその大柄な男に向かって話しかけた。
あぁ?……。これはマローではないか!久しぶりだなぁ…。元気にしておったか?
ガロンは明らかに動揺している様子でマローに答えた。
……。
マローは目でガロンに訴えかけた。
何と言うかこう、職人魂が…。本当は少しだけいじる予定だったんだが…、いじっているうちにこう…。すまねぇ…。
そう、あたふたとガロンは答えたが、最終的には言い負かせる気がせずに謝罪した。
相変わらず変わらんのぅ。あの時のままではないか。
マローは相変わらずのガロンと会えて嬉しい様だ。
マローは歳を取ったな。まぁ、貫禄は出てきた様だが、性格は相変わらずだな。
ガロンも久々の友と呼べる存在に会えて嬉しそうである。
して、チェスカ、この小屋のことはお前に相談して改造したのだが、なぜマローに伝わっていないんだ?
ガロンはチェスカに詰め寄った。
マローの研究室って辺鄙なところにあるでしょ?私も忙しかったの、魔獣、魔の物の研究でね。
理由になっていない理由でガロンに答えた。何とも、チェスカらしい。
マローはその光景をみて呆れたと同時に懐かしい思い出に浸る様な顔をしている。
はっはっは!
マローは我慢できずに大声で笑い出した。その笑い声に釣られられる様に、チェスカとガロンも笑い出した…。
小屋での生活を思い出すのぅ。よくこう、やった、やらないの言い争いをしたものだ。
マローはしみじみと語った。
おぉ、そうじゃ、お主には知らせておらんかっただろうが、弟子のアオとコウじゃ。王宮にもう2人弟子達を残してきておる。
そう言うと、マローはガロンに弟子達を紹介した。
アオと申します。ガロン殿の事は師より聞いております。師が誰かと違い一番信頼できる人物と申しておりましたので、お会いできて光栄です。
アオはガロンの手をとり握手を交わした。
チェスカは誰かと違い一番信頼できる人物との発言の誰かという部分に少し納得していない様な顔でマローを睨んでいる。
コウと申します。よろしくお願いします。
コウの人見知りはここにきても健在である。ガロンはお構いなしにコウの肩をがっしりと捕まえて、背中をバンバンと叩いた。
マローが弟子とはな、わしも歳を取った者だな!わっはっは!
ガロンは本気で笑っていた。
外見はいっさい変わっておらんがな。
マローはガロンに対して皮肉を言った。ドワーフは通常の人とは違い寿命が長いため、あまり外見が変わらないようだ。
まぁ、外で話すのも何なんだ、熱いだろうが工房によってってくれよ。
ガロンは強引に皆を石造りの建物の中に連れていった。
工房では、金属が赤々と色づき、飴細工の様にどろどろ流れている。部屋の中は油の匂いが充満し、衛生的とは言い難かった。
ガロンよ、お主ここで今も生活しているのか?
マローは少し心配そうに尋ねた。
あぁ、ここで生活してるぜ。とは言っても、この工房の隣に寝室があるので仕事していない時はそちらにいるがな。
その寝室というのは、昔5人で暮らしていた時に皆で使っていた部屋をそのまま使っているとのことだった。
そうであったか。してガロン、この工房では何を作っておるのだ?
マローはガロンにシンプルな質問を投げかけた。
あぁ、主に日常生活の為の鍋や包丁が多いな、王宮のあの女将と嬢ちゃんなんかも買い付けに来ることがあるぞ。そう言えば、買い付けに来るたびにお主の心配をしてたぞ。
また、これは個別の案件になるが、武器に関しても注文を受けることがある…。物騒なもんだよな…、なんでも、身を守る為に必要とのことで、使いの者が来て注文していくんだよ。依頼主の事を聞いても何も情報がなくてな。
ガロンは不思議そうに、そう説明してくれた。
そうであったか。この国で武器が必要になるなど、魔獣の案件くらいしかないのにのぅ。それはちと気になるの。
マローもすこし難しい顔をしている。
あぁ、忘れるところであった。
ドッンとガロンの前にお土産として持ってきたあの酒を取り出した。
マロー、これはもしや!
ガロンは興奮した様子でマローに尋ねた。
そうじゃ、あの日この小屋でカトーから教えてもらったレシピ通りに漬け込んだ薬酒じゃ。一度弟子達とは飲んだが、よく浸かっておるぞ。
マローはこれでもかと言うくらい大きな声でガロンに説明した。アオとコウはその酒を見て身震いしていた。
そうかそうか!これは楽しみだなぁ。今日はここに泊まって行くか?
ガロンは皆で酒を飲む口実が欲しい様だ。
あぁ、小屋がこんなことになってるとは思わなんだが、まだ、泊まれそうなら泊めてもらいたいところじゃな。
少しの皮肉を交えつつ、ガロンの提案にのった。
それは楽みだね、今晩はその酒で再開を祝うとするかい。後は現皇帝陛下がいれば良かったんだろうが、偉くなっちゃったからねぇ…。
チェスカはしみじみと語った。
チェスカ、お主は帰っても大丈夫じゃろ。町長としての仕事もあるじゃろうし。
マローはすこし意地悪をした。
仕事は副町長に任せてきたから大丈夫だよ!
マローの皮肉が皮肉としてチェスカには届いていない様である。
マローとガロンは呆れた様子でチェスカを見つめた。
あぁ、そうじゃ。ガロンよ、弟子達と我が師カトーの墓参りに行きたいのじゃが。
しっかり墓は手入れしてあるぜ!ここからそんなに遠くないので、今から行くかい?
ガロンはマローと弟子達に尋ねた。
あぁ、案内してもらえると助かる。
マローはガロンにお願いした。
是非ともよろしくお願いいたします。
アオとコウもそう言い頭を下げた。
よし、じゃぁ行こうか。ちょっと準備するから待っててくれ。
ガロンはそう言うと棚から袋を取り出し準備し始めた。
——— カトーの墓の近く
そこには、この世と煉獄の狭間である彼岸の景色を見せるかの様に真っ赤な曼珠沙華が一面に咲き誇っている。その真ん中にぽつんと石でできた墓が鎮座している。
なんと、この世のものとは思えぬ、光景じゃな。ガロンよ本当にありがとう!
マローは目に涙を浮かべてガロンに感謝した。
影の英雄であるカトーの墓の手入れは一日もサボった事はない。しかし驚いたことに、この花はわしが植えたんじゃ無いんだ、勝手に生えてきたのだ。
ガロンも花に関しては驚愕している様であった。
そうかそうか、我が師が向こうでも我々を見守ってくれておると言うことであろう。
そう言うと、墓に向かいマローは話し始めた。
師よ、この歳になるまで来れなくて申し訳ない。私にも弟子ができたよ。カトーの様な立派な師とは言えないかもしれんが…。カトーの最後の遺言はしかと受け取った…しかし、私には完成させることができなんだ…、何かが足りておらぬのだ…。
マローは涙ぐみながら、鼻声で墓に向かって話している。
その光景見て、アオとコウももらい泣きしている。
お主達、すまんの。
マローはそう言うと、隠れる様に皆から距離を取った。
そっとしておいてやろう。今まで溜まってたもん全部吐き出させてやろうや。
ガロンもマローのその姿を見て、涙ぐんでいる。
アオとコウと言ったか?カトーに顔を見せやってくれ。
ガロンはそう言うと、アオとコウの背中をポンポンと叩いた。
お初にお見えします、弟子のアオと申します。
お初にお見えします、コウと申します。
我が師は、我々の様な親がいない者を拾って弟子にしてくださりました。生きる希望も未来も見えなかった私達に道を示してくださいました。師には感謝してもしきれません。どうかこれからも我が師をお見守りお導き下さい。
アオとコウは深々と頭を下げた、黙祷した。
チェスカ、お主もどうだ?
ガロンはチェスカに促した。
いゃ、遠慮しとくよ。流石に水はさせないよ。ガロンはどうなんだい?
チェスカが一歩ひいた発言をした。
あぁ、もう少し様子をみて、墓の手入れをしようと思う。カトー、お主が命を賭して守り繋いだ者達は、しっかりと歩みを進めているぞ…。
ガロンは袋から刃のない鉈をとりだし、その鉈に呟いた。
すまん、マローよ、渡したいものがある。
ガロンは手に持った鉈をマローに差し出した。
カトーのもう一つの形見だ。カトーにお願いされて作った物なのだが、魔法が使えんわしが持っていても何の意味もない物なのでお主に渡しておく。カトーもそうしてくれと言うだろうしな。
その鉈は魔法によく馴染み、魔の性質によって姿を変えるとのことであり、ガロンの力作でもあった。
ガロンよ、何から何まですまんの。感謝の言葉しかない。カトーよ、お主の形見、私が引き継いだぞ…。
そう言うと、マローは鉈を高々と空に突き上げた。
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