第九話 煉獄魔導士

 小屋の周囲の見回りに行っていた漁師達の怒号が小屋での和やかな雰囲気に一抹の不安を感じさせた。


 漁師の一人が肩で息をしながら、小屋のドアをドンドンと激しく叩いた。

 英雄殿、皇子殿、我々はやりましたよ!

漁師達は何やら、何かを成し遂げたようであった。


 どうしたのだ?

皇子がそう尋ねると、漁師は興奮気味に話しだした。


 親分らしき魔の物が小屋に向かってあるいてたんで、危ねぇっと思って、俺たちで何とか打ち取ったんです。その魔の物はなかなか死なねぇんで、動けない様にして捕らえておりますわ。今は息も絶え絶えの状態ですわ。

よく見ると漁師の体には返り血の様な異様な液体が付着していることが見てとれた。


 それは誠か?よくやってくれたな!して、その魔の物はどこに捕えてあるのだ?

皇子は漁師達の行いに最大の感謝を行い、魔の物のところに案内して欲しいと述べた。


 魔の物の親分なんてワクワクするわね。更に生け取りなんて、研究のしがいがありそうね。

チェスカは目を輝かせている。


 そんな危険な事をさせてすまない、我々を呼んでくれればよかったのに。

私は漁師達の行いに敬意を払いつつ、救った命を無駄にはしてほしくないと言うことも同時に伝えた。


 あぁ、あまり危険な事はしてくれるなよ、我が国の大事な国民なんだからな。危ない事は、我が友に任せておけばよい。

皇子は私の事などお構いなしに、漁師を諭した。


 申し訳ねぇ、皇子殿達と英雄殿の団欒に水を刺したくなかったので…。英雄殿に救って頂いた命を決して無駄にしたいわけではなかったんでさぁ。

漁師はそう取り繕った。


 皆が無事ならそれで良い。

皇子の話はどうかと思ったが、まぁ、友が私を立ててくれた物だと勝手に理解し、私は漁師に笑顔を向けた。


 皇子殿、英雄殿、捕らえた魔の物の場所まで案内しますよ。俺たちじゃぁ、殺しきれなかったので…。

そう言って、漁師は他の漁師達がいる場所まで、私たちを案内してくれた。


—— 小屋から10分程度歩いた場所にて


 英雄殿、皇子殿、護衛のお二方まで来てもらってありがとうございます。魔の物の親分はこの先に縛って転がしてありますよ。

漁師達の大将が出迎えてくれた。


 大変だったであろう、怪我はないか?

私は大将にそう聞くと大将はことの経緯を話し始めた。


 ありがとうございます、怪我はこの通り、全くしておりません。

返り血らしき物は付着しているものの、大将も全くといっていいほど無傷であった。


しかし、人語をはなす魔の物なんでビックリしましたよ。最初にこの魔の物に話しかけられた時は体が動かなかなりましたがねぇ。それからはもう、気合いと根性で皆で手に持ってる銛で一心不乱に突いてやりましたよ!

大将はまだ興奮冷めやらぬ状態で大声で私たちに語った。


 人語を話す魔の物か、初めてだな。して、何を言われたんだ?

私は少し興味が湧いた。


 へぃ、それが、この辺りはまだ危ないから安全な場所へ行けとわけわからん事を言ってましたよ。まぁ、英雄殿と皇子殿を狙っていたのでしょう、邪魔者は遠ざけたかったんでしょう。本当に魔の物ってのは狡猾なやつらですよね。

魔の物に対しての憎悪は未だ鳴り止まずといった様子で大将は答えた。


 あぁ、危ないところであったのだな、本当に感謝する。

皇子は大将にも最大限の感謝を贈った。


 あれでさぁ。

そこには三本の銛が深々と刺さっている影が見えた。


 私は言葉を失った。


 全力で一晩中走は続けた後のような、激しい息切れ、足の震え、全身から血の気が引いていく様な症状が私を襲うと同時に、まるで大地が体を強大な力で吸い寄せるが様に私は地面に崩れた。


 皇子達もその光景を目の当たりにし、言葉を失い、立ちすくんでいた


 英雄殿、大丈夫ですか。

漁師達は本当に心配そうに私に声をかけた。


 そ…の、くち…を…と…じ…ろ。

私は漁師達を睨み、息が出来ない中、言葉を絞り出した。


 魔の物の雰囲気に当てられた様ですな。このクソ魔物が英雄殿、皇子殿に攻撃するたぁ、いい度胸だ!

漁師達は拘束している魔の物に対して更に暴をふるった。


 刺さっている銛を何度も抜き差しし、殴り蹴られ、手足は明後日は方向を向くくらいに折れ曲がり、首はかろうじて繋がっているだけである。あたりの地面には、これまで受けてきたであろう暴の痕跡がしっかりと残っている。


 その暴を受けたのがもし人間であったなら、誰からも非難され、ふるった者は末代まで侮蔑の対象となるであろう。しかし、相手は魔の物ということになると、そこにはもう秩序などは存在しないのである。たとえ、それが人間達を救った影の立役者だったとしても…。


 あぁ、私は今どんな顔をしているのだろう。本来あるはずの感覚が全く感じられない。泣いているのか?笑っているのか?はたまた、憎悪に支配されているのか…?

様々な感情に支配され、自分が分からない。


 救われるべき者が救われる、それは道理である。しかし、その者が未来永劫、救われるべき存在であるかなど誰も判断しようがない。いっけん正しいと思えた行動も、最終的には受け入れ難い結論に到達することがあるのだ。


 私は誰も救わなければ良かったのではないのか?100の他人を救うと、1の親や兄弟友人が死ぬとわかっていればどちらを救う?

私の天秤は今はどちらに傾いているのであろう…。思考は深みに沈んでいくと同時に、湧き上がる怨嗟の念に自我が蝕まれていく。


 悪意なき暴をふるう者達よ。私の大切な者を死においやろうとする、あの悪鬼ども。私を騙した狡猾なあいつらこそ、魔の根源ではないか。

私の中でのたがが外れる音がしたと同時に、頭の中は晴れ、清々しいくらいの幸福感が体を包んだ。


 私の行動は間違ってはいなかったのだ、人間の根源は悪である。魔の物と人間として区別していたが結局のところ同じ穴の貉なのだ。なら、悪は滅ぼされるべきであろう、あの両親を死に追いやったあいつの様に…。


 体から怨嗟が噴出したかの様に見えた闇は、喰らうべき獲物を見つけたかの如く静かに、日がどんどん落ち影が伸びる様にゆっくりとゆっくりと進んでいく。


 それにいち早く気付いたのはガロンであった。

 おい!呑まれるんじゃねぇ、このままだと溺れちまうぞ!

その発言はガロンの過去の経験から発せられたものであった。


 その言葉は私の脳を揺らし、私を正気に引き戻した。しかし、時は既に遅く、その闇は命が宿った様に赴くまま私の制御を離れ蠢いている。


 皆、すまない…。

そう思った時、温かい風が吹いたと同時に優しくも冷たい光があたり一面を照らした。その光は私の闇魔法おろか、大穴の瘴気すらかき消していた。


 漁師達よ、ここは我々に任せろ!

皇子は漁師達をこの場から離れさせるために、大声で叫んだ。


 皇子殿、英雄殿後は任せました!

漁師達は小屋へ急ぎ戻って行った。


 友よ…。

皇子は私の手を取り、おぼつかない足取りを支え、その魔の物の元へと歩み寄った。


 あ…あ、弟子達よ…よくぞ…成し…遂げたな。

そのボロボロの体、とれかけた頭で小さな声で私たちを激励した。そのボロボロの体は先端から少しづつ崩れていく様子が見て取れる。


 カトー、なぜ…なぜ。

私はその言葉しか浮かんでこなかった。カトーの実力があれば、漁師達なんて敵ではないはずである。


 あの…もの…達が…お前の…ことを…英雄…英雄と…たいそう…喜んで…話しているのが…聞こえて…嬉し…くてな。子の…成長を噛み…締める…親の気持ちで…あった。

私はその言葉を聞き…今まで我慢していた悲しみの感情が表に溢れ出した。


 私は教わった薬学の知識でカトーが何とかならないか、必死にあれこれ試した。


 我が…子よ、もうこの…体は終…わりを迎えるで…あろう。しかし、この…体は借り物…に過ぎない、そうな…れば、私は元い…た場所に戻る…だけだ。


 使え…なかった、闇魔…法を使える…様になったの…だな。私が…教えるべ…き魔法は…全て体得でき…た様で何…よりだ。


 カトー、何とかならないのか!

私はカトーが諦めている姿を見て、落胆し手を止めた。


 我が子…よ、師として…最後の…教示と…お願いが…ある。


 くっ…、ふぅん…。

私は顔面の穴という穴から出ている液体を拭き取り、真剣な顔でカトーに向き合った。


 ぁ…あ、楽しかった…、ずっと…続く…物だと思って…いた。

カトーから感情が溢れた。


 我が…子よ、自由に…生き…よ、思うが…ままに…。

カトーの最後の教示は、今まで色々なしがらみに縛られてきた私への言葉であった。


 あぁ。

私はくしゃくしゃの顔で笑顔を作り答えた。


 私…の体は光魔法…を使った影…響で太陽に…焼かれる続けるよう…な痛みを…伴い消滅…していっている。私を…我が子…の手で、煉獄に…送り返し…てもらい…たい。

カトーは私の暴走した闇魔法を止めるため、魔の身であるのに、神の力を奮った。


 すまない、すまない…私のせいで…。

私は力に溺れた自分を責めた。


 弟子の…不手際…を師が正す…ことなど…当たり前で…あろう。顔を…上げよ、我…が子よ。

明後日の方向を向いている腕を無理やり捻じ曲げ、私の頬を優しく撫でた。


 私は号泣した。親の死に目にすら見せなかった顔で…大声で…。


 弟弟…子よ、いや皇…子よ、我が子…を頼む。ガロ…ン、チェ…スカ、小っ…恥ずかしく、しっかり…と会話をしな…かったが、本当に皆といれ…て幸せで…あった。

皇子達は私に遠慮してくれていたのであろう、口を噛み締め、静かに泣いていた。

 

 師よ、私も幸せでした。友のことは任せておいてください。

皇子はそう答え、カトーの手を握った。


 あぁ、本当の…最後に…この国の…風習にな…らい全て…の我が…知識を受け…継いだ、我が…子に名を授けよう。魔を導く…マロード、”マロー”…の名…を授け…る。


 師よ、マローの名ありがたく頂戴いたしました。

私は深々と頭を下げた。


 マロー…よ、最初で…最後の…親孝行だと…思って、私を…送ってくれ。

そう言うとカトーはそっと目を閉じ、天を仰いだ。

 

 カトーへの最後の言葉を送った。


 いつかきっとまた、親孝行をしにいくよ。

私がそういうと、カトーがあぁと返事した様に聞こえた。


  ”火葬(クリメイト)”

炎は真っ白な光となりカトーを燃やし尽くした。


 私も天を仰いだ。


——— 程なくして


 皇子とチェスカは小屋に戻り、町民達の相手をしてもらうこととなった。


 私とガロンはカトーの墓を作るために残った。


 炎が鎮火し、墓を作ろうとカトーの亡骸を集めていた時に赤色の結晶があることに気付いた。


 マロー、これは珍しいぞ。

墓作りを手伝ってくれているガロンが私にそう答えた。


 わしらの国ではこれは賢者の石と呼ばれるとる。こちらでは辰砂と呼ばれる物だな。

ガロンはそう言ってその結晶の説明をしてくれた。


 こんなタイミングでここに残っとると言うことは、お主への何らかのメッセージだろうな。

私はそのガロンの言葉で、禁書にしたカトーからの秘薬の話を思い出した。


 あぁ、そう言うことか。

私はカトーの最後のメッセージをしっかりと受け取った。


 そして、立派ではないが、ガロンと共にカトーの墓を立てた。


——— それから10日の日が流れ

 

 皇子から一通の手紙が風にのってマローの元に届いた。


 ”我が友よ、この度は我が国を救ってくれて感謝する。早速本題に入るが、この件を父上である皇帝陛下に良い感じに伝えたところ友に褒賞が出る手筈となった。そのため、みょうにちに迎えをやるので王宮(城)にきてもらいたい。


 追伸、二足歩行の魔猪(オーク、チェスカ命名)は美味しく町民達と食べ尽くした。町民達もお主を心配しておったので、あんなことはあったが、また顔でも見せてやってくれ。”


——— みょうにち


 私を迎えに来たのは、あの救った少女とガロンであった。


 少女と女将は国厨房で働いているらしく、この度は私を迎えにいくとのことでついてきたと言うことである。


 英雄様、この度はおめでとうございます。

少女は緊張しながら、私にそう伝えた。


 あぁ、まだ何のことかさっぱりだがね。

私は緊張をほぐすためにすこし冗談を言って見せた。


 も、申し訳ございません。

しかし、余計に少女を緊張させてしまった様だ。


 マローよ、冗談はそれくらいにして行くぞ。

ガロンはそう言うと、乗ってきた馬車に私を乗せて王宮へ急いだ。


——— 王宮の王座の前


 面を上げよ、我が国の英雄よ。このたびのお主の活躍は我が息子より聞き及んだ。お主に褒賞を渡そうではないか!

皇帝陛下は王座の間の隅々まで聞こえる様な大きな声で私に語りかけた。


 もったいなきお言葉。

私はかしこまった。


 お主はどんな褒賞を望むか?

皇帝陛下は私に尋ねた。


 はっ、もし可能でしたら薬学の研究ができる研究室を頂ければ幸いでございます。

私は懐にしまっている賢者の石を握りながら、そう答えた。


 うむ、よかろう。更に国仕えとして、この国から給金も出そうではないか。

皇帝陛下は宰相に指示を出した。


 この国を救った英雄に国から名を授けよう。この度の名誉から”煉獄魔導士”を名乗るが良い。

皇帝陛下のしたり顔とは裏腹に、私の表情は暗く険しくなった。


 皇帝陛下、ありがたき幸せでございます。賜りました名は75日だけ使わせて頂ければと思っております。

皇帝陛下にそう宣言した。


 ほぅ、して理由は?

皇帝陛下は私に凄んだ。


はっ、私には師から賜った名がございます。そのため、陛下より賜りました名は2つ目の名となりますため…。

私はそう説明した。


 そうであったか、師からもう名を賜っておったか。皇子からの話では師の話は出てこなんだもんでなぁ。すまぬことをした。

皇帝陛下は陳謝した。


 はっ、いえいえ、こちらの問題で申し訳ない。陛下より賜りました”煉獄魔導士”の名に恥じぬよう75日間はしっかりと活動させていただきます。煉獄に魔を導く者、そう、魔であっても慈愛の心を忘れずに…。

私はそう言って王宮を後にした。


——— ここで老師は話を終えた


 アオよ、コウよ。私はお主達が思うような、綺麗な人間ではないのだ。私の心は闇に蝕まれ、ピースの揃っていないパズルのようになっておる。そして、この町には良い思い出も悪い思い出もあり、それが心的な病魔となり、汗が止まらないこともしばしばじゃ…。

老師(マロー)は悲しげな瞳で二人を見つめ、こうも続けた。


 私は自身のピースを埋めるため、友である現皇帝陛下の息子、両親を無くしても強く生きていたお前達3人を弟子にした。私には無いものを持っているお主達を育て上げることで、私自身を満たそうとしたのだ。


 アオとコウは言葉が見つからず、マローの事をじっと見つめている。


 すまんのぅ、こんな話ばかりをしてしまって。明日も早いので、今日は寝るとしようか。

そう言うとマローは隠れるように深々と布団を被り床についた。


 師よ、私たちは幸せです。

アオとコウは床に入ったマローに一礼し、そう呟き、自分たちも床に入った。





 


 

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