第八話 束の間
身体は疲弊し切っていたが、不思議と足取りは軽かった。カトーや皇子たちに吉報を届けられる喜びか、はたまた、英雄と呼ばれる事に酔っているのか、何にせよ悪い気分ではなかった。
———小屋まであと半分といったところ
他愛もない話をしながらここまで来たが、皆の顔に疲労が見え隠れして来た。小休憩を挟みつつとはいえ、この辺りが限界だろうな。
皆の状態を見回しながらそう考えた。
英雄殿、この辺りは魔獣がかなり少ないですね。ピクニック気分で気が緩んじまいそうだぜ。
ひときわ肌が黒光している屈強な男は漁師達の大将で部下の漁師達と笑いあっている。
兄貴、これならいつもの漁のほうがきついくらいでさぁ。
漁で鍛えられたであろう黒光した筋肉を見せつけ、本当は仕事道具であろう手に持った銛でくうを突いてみせた。
町に魔獣や魔の物が流れないように仲間達が頑張っているからね。油断はしないでくれよ。
そう言いつつも、私はその和やかな雰囲気は嫌いではなかった。一方で、皆が迷惑をかけまいと強がっている事も良くわかった。
なんで、こんな辺鄙なところに小屋なんて建てて住んでいたんだい?
肝っ玉な女将のような雰囲気を醸し出す女性は純粋な疑問からそう質問した。
あぁ、それは…、私は世捨て人だ。
突然の質問に私はたじろぎ、あやふやな言葉でお茶を濁した。
まぁ、人それぞれ色々言いづらい事もあるだろう、私にも一つや二つ隠したい事はあるからね。まぁ、なんかあったらいつでも私の宿屋を尋ねておいでよ、美味しいご飯くらいなら作れるからね!。
女将は温かい言葉を投げかけてくれた。
女将の言葉にうんうんと頷きながら、
英雄殿、魚を食べるなら任せてくれよ!
女将の話に被せるように、漁師達は相槌を打った。
あぁ、今度是非ともお邪魔させてもらうよ。
私は照れを隠しながら、そう言った。
私にもなにか英雄様のためにできるかなぁ。
煤や泥にまみれていた顔はしっかりと洗い流され、無垢な笑顔が似合う少女はもじもじとしながら言った。
そうさね、私の店で働くなんてどうだい。
女性は両親を失った少女を引き取ると申し出た。
…、ありがとう。
少女は少し複雑な顔をし、少し沈黙したが、その提案を笑顔で受け入れた。
両親を失う辛さ、気持ちは痛いほどわかる。さらに、そこから一歩踏み出す勇気…。私には無かった…、できなかった…気丈に振る舞ってはいるが今でも怨嗟の声はなりやまず、心に闇が巣食いポッカリと穴が空いているのがわかる。思うままに行動すれば良い、命の価値は自分で決めることができるのだから。目には目を歯には歯を、嫌いなもの、邪魔なもの、都合の悪いものは消してしまえばよい。
そんな声が穴から聞こえる気がしてならない。
そんな闇の声を振り払うかのように私は、
皆、大丈夫か、かなり歩き通しであったが、もう少し行くと川がある、そこで少し休憩を取ろうと。
流石に歩き通しで、お腹も空いたであろう、ここで精をつけておこうと提案した。そう提案すると、皆んなの顔がすこし緩んだ気がした。
川ということは、俺たちの出番だな!
意気揚々と漁師達は銛を構え、川魚を捕え始めた。それは見事な銛捌きで、次々と魚が盛られていく。
わぁ、すごい!
少女は薪になりそうな木木をあつめながら、その光景を見て驚いていた。
さて、火をおこそうか。
私は少女が集めた薪に魔法で火をつけた。
やっぱり、見間違いでは無かったんだね。
女将は魔法を見て、そう言った。
あぁ、見ての通りだ…、私は普通とは違う。
少しうつむき、遠い目で薪についた火を眺めながら答えた。
まぁ、私たちを救ってくれた英雄様には違いないんだがね!これからも、魔獣や魔の物に出会ったら頼んだからね!
そう言うと、私の肩をポンポンと叩きながら、漁師たちが捕ってきた魚を枝に挿し始めた。
魚が焼けるまで少し時間がかかるな、私も少し狩りに行ってくる。漁師達よ、この辺りは危険な魔獣はあまりいないが警戒しておいてくれ。もしもの時は、この葉っぱを焚き火の中に入れてくれ。
そう言うと私は精がつく肉を求めて、魔獣を探した。
程なくして、魔兎の群を見つけることができた。魔兎は比較的温厚であるが、興奮すると頭にあるツノで突進してくるので注意しなければならない。それ以外は、どうともない魔獣だ。
”石弾(ストーンバレット)”
指で小石を打ち出し、二匹の魔兎を捕らえた。
良い獲物を捕らえることができた。ツノは傷薬になるし、取れる肉の量は少ないが美味いからな。
町民達が喜ぶ姿を想像しつつ、皆がいる場所に戻ろうとした時、嫌な気配を感じた。
先程まで、煙など上がっていなかったが、皆のいる場所から黒煙が上がっているのが見えた。
いそがねば…。
魔兎の血抜きもろくにできないまま、魔兎を抱え、急ぎ戻った。
そこでは、皇子達が戦っていたという情報の二足歩行で移動する魔猪が暴れていた。
この豚魔獣め、何処からでもかかって来やがれ、町の皆の仇だ。消し去ってやる!
漁師達は町での出来事での憎悪、憤怒から、魔獣や魔の物を目の敵にしているようである。
女将と少女は、漁師達に守られている。少女は恐怖から、顔を隠し震えている。女将はその少女を更に守るように本当は怖いであろう心情を隠して気丈に振る舞っている。
”泥沼(マッドスワンプ)”
暴れ狂っている魔猪の足元を泥濘で絡めとり、動きを制限した。
英雄殿、助力ありがとう、いくぞお前ら!
兄貴分の漁師の掛け声とともに、漁師達は武者震いを払いのけるように雄叫びをあげ、魔猪に銛を突き立てた。
銛は魔猪の目、首、耳なのどに突き刺さり、魔猪は地に伏した。
俺たちでもやれるんだ、うぉぉぉぉお!
漁師達は雄叫びを上げるとともに、魔猪の亡骸を何度も何度も突き刺した。今までの憎悪、憤怒を体現するかのように…。
あんな惨状を目の当たりにしたのだ、魔の物や魔獣に対する精神的な外傷は根深いものであったに違いない。
皆、すまなかった、私が目を離さなければこんな事にはなってなかった。
自分の見識の甘さを謝った。
何言ってるんですか、英雄殿!我々でもここまでやれることがお陰様でわかりましたよ!
漁師達は興奮冷めやらぬ状態で肩で息をしながらに答えた。
なんだか無性にお腹が減ったな。やはり運動の後は食事に限るぜ。
漁師達の大将はそう言うと、女将が串に刺した魚を火の近くに立てかけ始めた。
直接火にかけちゃダメなんだ、魚は火のそばでじっくり焼くと旨みが逃げないんだよ。持って来た塩を適度にふりかけて…。
そんなうんちくを語る大将はいつになく真剣に取り組んでいる。
兄貴は魚のことになるといつもこれだからなぁ。ここから焼けるまで時間がかかるぞ。
いつものことであり、漁師達は半ば諦めた様子である。
そんな漁師達のやり取りを横目に見ながら、私は獲ってきた魔兎を捌き始めた。皮に切れ目を入れ足で魔兎を固定し、一気に毛皮を剥きとった。
うまいもんだね。
女将は私の手捌きをみてそう呟いた。
あぁ、今まで狩猟で生きてきたものだから、自然と上手くなったよ。
皮を剥いで桃色と白色が混じった肉を見せつけながら答えた。
少ないがこの肉もみんなで食べよう。
そう女将に言うと、大将に見つからないように肉を葉っぱで包み火の中に放り込んだ。正直、何かしらのうんちくで料理が遅れるのは避けたかった。
皆で食事をとり、十分とは言えない休憩を取ったのち、また小屋への歩みを進めた。
—— 小屋の近くまで移動した時、そこには町で見たような光景が広がっていた。
小屋まではここを真っ直ぐ行けばすぐに到着するだろ…。
私は指を刺した方向を見て言葉に詰まった。
草が赤く染まり、ところどころに得体の知れない塊が落ちている。
その光景は、私たちに町での惨劇を思い出させるには十分な光景であり。
先程まで強がっていた漁師達はうつむき、女将と少女は身を寄せ合っている。
一度の連絡以降、皇子達に連絡を取っていたかった事を思い出し、このシミや塊の中に皇子達がいるのではないかと冷や汗が止まらなかった。
みんな、すまない。
その一言を残して、私は小屋へ急いだ。町民達の様子など意に介さず、焦りのまま疾走した。
両親の死以来、信仰を怨み、神頼みなどしてこなかったが、ここぞとばかりに祈った。都合の良い時だけ頼り、都合が悪い時は怨み、本当に自分勝手であることはわかっている。
小屋の前は更に凄惨な状況であった。魔猪の武器であろう槍や斧は壁に突き刺さり、壁には血染みが付着している。更には、小屋の中から人くらいのサイズのものが小屋の裏まで引きずられたような血糊が付いていることも見てとれた。
私はひどく恐ろしくなった。考えうる最悪の光景が頭の中に広がっていた。
恐る恐る小屋の裏に足を進めた。
そこでは、皇子達が狩った魔猪を丁寧に皮を剥ぎ、調理できるように下ごしらえをしていた。
私は安堵と同時にあたまが真っ白になった。何の言葉も浮かばず、ただただ立ち尽くしていた。
私に気付いた皇子達は血にまみれた手を振った。
大量の肉が仕入れられたので、皆で捌いていたんだ。見てくれ、この魔猪の顔に似合わないくらい綺麗な肉を!王宮でもこんな肉滅多に出ないぞ!
私の心配などつゆ知らず、皇子達は黙々と飯の準備をしていたのである。
なぜ、連絡して来なかったのだ。心配したのだぞ!
自分も連絡しなかったことを棚に上げて皇子に詰め寄った。
こんなに良い肉が目の前にあるんだぞ…?
しばしの沈黙の後、
すまん本当は、忘れておった。
皇子は開き直った。
ここまで開き直られてしまうと、逆に自分も連絡をしなかったことを攻められると思い、チェスカとガロンに目をやった。
どうせ、チェスカは二足歩行の魔猪が珍しくてそれどころではなかったのであろう。
私はチェスカの性格はよく知っているつもりであり、少し悪態をついた。
その通りよ。今回の調査でわかったことは、この茶色い毛皮の魔猪より、この緑がかった苔が全身の毛に付いている個体の方が、より肉には霜がふっていて美味しそうだったわ。
そう言うとチェスカは次に二足歩行の魔猪の骨を集めつくったであろう骨格模型を取り出して来た…。これ以上話をさせると止まらないと思った私は話を逸らすべく、ガロンには悪いと思ったが、ガロンに詰め寄った。
して、一番周りをよく見ているガロンがなぜ皇子に助言出来なかったんだ?
それは…。
ガロンは右斜上を見上げて少し口籠った。
大事にしてた鍛冶場を壊されたからでしょ。小屋に侵入してきて鍛冶場を壊した魔猪を完膚なきまでにぶちどめしていたものね。逆にあの魔猪が可哀想だったわ、顔なんて跡形も無かったもんね。
チェスカはガロンが黙っていたかったことをスラスラと曝け出した。
そこからはもう、言うまでもない、お互いの暴露罵詈雑言合戦であった。
そのやり取りを聞き、私たちはやり遂げたのだと日常をしみじみ感じた。
程なくして、置いてきてしまった町民達も小屋に合流した。
皆に紹介しよう、満身創痍の私を助けてくれると名乗りを上げてくれた者たちだ。
私は一人一人を皇子達に紹介をした。
皆、私の友のために立ち上がってくれて、感謝の言葉しかない。ここまで長旅であっただろう、肉はたんまりあるので労をねぎらわせてくれ。あまり綺麗な場所ではないがな…。
皇子はそう言うと晩餐の準備に戻った。
皇子様、晩餐の準備は私たちに任せて、ほら、積もる話もあるでしょう。
女将はそう言うと、少女と一緒に皇子達がやっていた準備に替わりに入った。
皇子殿、この辺りはまだなにがあるかわからないだろうから俺たちでちょっくら見回りしとくぜ。おっと、ここまでの道中であの魔猪は倒してるから心配するこたねぇ。小屋で警備に使えそうなものがあれば使わせてもらうぜ。
そう言うと漁師達は小屋の荷物を少し持って、小屋から離れ、周囲を見回り始めた。
皆が気を使ってくれたようだ。さて、その言葉に甘え、友よ小屋の中でこれまでの話を聞かせてくれぬか?
そう言うと、皇子はチェスカ、ガロンを連れて小屋に戻った。
さて、積もる話はあるだろうがこの国の皇族としてまず言わせてほしい。本当にありがとう。兄弟子、いや、友がいなければ、取り返しのつかぬ事になってたであろう。
皇子は最大限の感謝を述べた。
本当に大変だったぞ!見てくれ、この腕、今まで生きてきた中で一番ひどいぞ!
私は大きな声で言った。照れ隠し、恥ずかしさ、嬉しさ全ての感情がその声にはのっていた。
その後は、町で出会った魔獣や魔の物の話、町の現状などひとしきり伝えた。一部の話を除いて…。私の中にある負の情念は消えることはなく、ただただじっと獲物を見定め、気が熟すのを待っているように静かであった。それは、誰にも打ち明けさせないため、なりを潜めるように…。
それは束の間の安らぎであった。
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