第六話 怨恨の先

 皇子達が小屋に住み始めていく日がたった。ガロンはすこぶる腕が良い。大工仕事、腕っ節、鍛造全てが至高の域に達している。


 この短い間に、このボロ小屋が5人で住めるレベルの小屋になるとは…。

私は心底感心した。寝食さえできれば良いと思っていたが、この小屋を見てしまったら自分の考えを改めるしかない。


 久々に腕がなったぜ。なんせ、小屋とも言えない小屋をここまで住める環境にしたんだからな。

ガロンは鼻高々に宣言した。


 あんた、ちゃっかり小さな鍛冶場まで作ってるじゃないか。その鍛冶場作りに大半の時間がかかっていたことは知っているんだからね。

チェスカは呆れた顔で言い放った。


 すまなんだ、ここにある鉱石類を見ていると血が騒いでのぅ。

ガロンはカトーが薬にと集めてきた鉱物に興味津々であったようだ。


 皆、ありがとう、これでカトー殿にみっちりと修行をつけてもらえるであろう。

皇子はカトーに恩着せがましく擦り寄った。


 カトーは私の顔色を伺い、もう諦めようと表情で私に合図した。


 皇子よ、明日から魔法について教えよう。しかし、扱い方を間違えば死の危険性もある、心してかかるように。

カトーはなるべく威厳があるように声色を変え立ち振る舞いも堂々としていた。


 いつものカトーではないカトーがそこにはいて、私に接するとは違う立ち振る舞いで接している。私には珍妙に見えた。


 それからというもの、カトーは皇子の修行に付きっきりで、護衛二人の扱いに関しては私に押し付けている。

ああみえてカトーは人見知りのようだ。


—— 一月程度の日が経ち


 ガロンはこちらではあまり見ない種族のようだが、どこから来たのだ?

私は純粋な疑問をガロンにぶつけた。


ガロンはすこし苦い表情をしながら私に少しだけ過去の経緯を語ってくれた。


 元々はここから西にある大陸の国勤の技術士だった。そこでは、こちらの言葉でなんというか分からんが、人形?、オートマタ?ゴーレム?のような物を作っておった。まぁ、そこで一悶着あってチェスカと出会いこちらの国に来たというわけだ。


 申し訳ない、話したく無いことを話させてしまったようだな…。

 気にするこたぁない、それよりこの鉱石使わせてもらってもいいか?これは良い物ができるぞ!

私は聞いてはいけないことを聞いてしまったと感じ自責の念にとらわらたが、ガロンは察してか、察さずか分からずだがあっけらかんな様子であった。


ガロンは過去に縛られず今を生きている。いや、過去があったから今を懸命に生きているのか。私には到底真似できないな。

私は心の中で自問自答した。


 あぁ、自由に使ってくれ、その為に鍛冶場を作ったんだろ?

すこし意地悪にガロンへ答えた。ガロンは照れ臭そうにしていた。


 チェスカはまぁ、魔獣研究のためにこっちに来たんだろ?

私は今までのチェスカの興味の対象からそう確認した。


 あたらずしも遠からずかな。

何故か、チェスカは勝ち誇った顔で答えた。


 そうですか。

私はあまり深掘りしない方が身のためだと思い、一歩身を引いた。


 聞かないのかい?

聞いてほしいそうに、チェスカはこちらに言葉を投げかけてくる。


 チェスカは魔獣や魔の物、未知のものが好き、それだけ知っていれば十分さ。

不穏な空気を察して直接会話を終わらせた。ガロンもホッとしている様子であった。


 しかし、この辺りは興味深いね、昨日と今日の短い間隔で周辺の魔獣の質が少しづつ変化しているようだよ。

そのチェスカの話に対して反応を示したのはカトーであった。


 やはり時間は無いようだな…。話しておく必要がありそうだな。

そう言うとカトーは皆に向かって話し始めた。


 大穴から漏れ出す瘴気によって、この辺りは魔の物が住みやすい環境に変わってきており、いくつかの魔の物がこちらにやってきているとみている。そのため、強い魔の物に追いやられた魔獣が町の方に流れてきている傾向がある。

カトーがチェスカの話に反応した理由はこれである。そして、次のように続けた。


 これが続けば、強い魔の物は餌となる魔獣を追って街の方に来てしまう。奴らは雑食だから、町についてしまえば…、後は想像の範囲であろう…。

カトーはそう言うと、皇子の方を見た。


 魔の物と戦えうる戦力はあるのか?

国中探したとしても魔の物と戦った経験者や戦力がない事は明白であり、皇子は焦っている。


 カトーは私と方を向いて頷いた。それは、私とカトーしか戦力にならないと言うことを暗示していた。


 なんと言う事だ、ここまで無力なのか。私はどうなのだ?

皇子はカトーに藁にも縋る思いで確認した。


 魔法が完璧であれば戦力としては申し分ないが、今の現状だと簡単な風魔法しか使えない皇子では正直厳しい…。圧倒的に時間が足りないのだ。

率直に皇子にカトーは告げた。


皇子は自分の無力さに打ちひしがれてた。


それを見かねたカトーは、

 薄々、勘づいていたかもしれないが、私はこちらの世界の者ではない。詳しい話は省くが、魔に近しい存在だ。

カトーは深く被っていたローブを脱ぎ去り、皆に顔を見せた。

 

 カトーの顔を見るや否や、皇子とガロンは驚きで動けなくなっていた。しかし、チェスカだけは違った、カトーを今までは皇子の師として敬っていたが、獲物を見る目つきに変わっていたのだ。


 是非とも研究させてください。

息荒々とカトーに詰め寄った。良くも悪くもこの一言が、皇子とガロンを我に返らせた。


 チェスカ、師が困っているではないか。師よ部下の不手際、本当に申し訳ない。

その謝罪には、皇子自身の謝罪も含まれているように見えた。

 

 なんら問題ない、この姿だ、誰もがそうなるさ。お前の兄弟子も元はそうであったようにな。

カトーは私に取り繕えと言わんばかりに、話を振った。


 皆、黙っていてすまない…。信用していなかった訳では無いのだが、もしもの考えが先に来てしまった。皆が不審人物の調査に来たということで、少し慎重になっていた。

私は過去のいっけん以来、人を信用する事が難しくなっていた。


 ともあれ、私は師カトーと兄弟子に頼ることしかできないようだ。どうか、お二人の力をお貸しいただきたい。

皇子は現実に立ち戻っていた。


 では、兄弟子に決めてもらおうか。

カトーは私に話を振った。困難に立ち向かう力に関して、それを他人のために使うのかという事であろう。カトー自身はあくまで、私の両親からの願いを優先しているようだ。


 私は…、皆を失いたく無い。皆が危険に晒される事がわかっている以上、私は戦う。

私は求められ、英雄にでもなった気になっていた。


 わかった。

カトーは頷いた。そして、話を続けた。


 この小屋の場所は町から離れており、魔の物もあまりこちらには来ないであろう。一方で、人が多い町は奴らにとって恰好の餌場となる。問題は、私が町に入ると別の混乱を引き起こす可能性があることだ。


 それはカトーの力を借りずに私一人で町に侵入してきた魔の物を倒さなければならないという話であった。


 カトーが一緒に戦ってくれると思っていたため、その話を聞いて私は顔から血の気がひいていくのがわかった。しかし、皆の前で宣言した事を辞めさせてくれとは言えず、頬を手で叩き、自分を奮い立たせた。


 カトー、皇子とガロン、チェスカを守ってやってくれ。

私は少し格好をつけたが、心の底では震えていた。


 師よ、ギリギリまで私に稽古をつけてくれ。ガロンよ、武器と身を守れる防具を拵えてくれ。チェスカはこの辺りの調査を引き続き頼む。

皇子は自分ができる精一杯の事をやりきるつもりである。


 小型と中型の魔獣ならなんとか凌げるからね、小型、中型の魔獣に関してしっかりとまとめておくよ。その他の魔の物に関しては…。

チェスカは申し訳なさそうに、私の方を見た。


 魔獣はそこらに存在するが、魔の物となると、出会ってしまったが最後という事もあり得る。知っていれば対処のしようもあるかもしれないが、知ることすらできないのである。

 

 構わない、魔の物であっても私の魔法にかかれば大した事ないさ。

強がりを言って見せたが、チェスカにはお見通しであった。


 皇子からのお願いといえ、断っても誰もアンタを責めないよ。今からでも考え直しても良いんだからね。 

なんとも言えない複雑な表情で私と皇子の顔色を伺った。


 皇子も自分が無謀な事をお願いしていることは理解しているため、複雑な心境であったに違いない。


 ここにいる皆を失わないためにも、私は戦うよ。二度と親しい者たちを失わないために…。

逃げたいという感情を押し殺し、私は笑顔で宣言した。


 —— そこからいく日か後、その日は突然やってきた。


 魔獣の様子がおかしい、そう報告してきたのはチェスカであった。


 何かから逃げるように、何かを追い立てるよう、また、規律正しく、一見矛盾しているかの様に魔獣が移動している。

チェスカは血相をかえて報告した。


 ついに来たか。

皇子は小さくつぶやいた。


 私は町には行かないが、魔獣の通り道を攻撃することはできる。町の方は頼んだ。

カトーはそう言うと、ガロンが作ったのであろう、刃のない鉈を持ち魔獣の通り道へ向かった。


 私は今から町に行く。半日後には町に到着しているであろう。皆はこの小屋で自衛に徹してくれ。何かあれば、風魔法で手紙を飛ばす。

私もカトーに続きチェスカとガロンが仕立ててくれた魔獣の皮でできたマントを羽織り、小屋を出た。


 ガロンよ、武器と鎧を頼む。チェスカよ、小屋の屋根から見張りを頼めるか。これからは籠城戦だ。カトーと兄弟子が帰ってくるまで耐えるぞ。

そう言うと、皇子たちも支度をし始めた。


 私が町まであと4時間程度といったところで、大きな雷光と共に雷が轟いた。その地点の空は暗く全てを吸い込みそうな勢いであった。カトーがいる場所だと一目瞭然であった。


 やはり、カトーはすごいな。

自分の未熟さがみにしみた。


 町に程なく近づいた時、町の方角から違和感を覚えた。肉の焼ける匂い、炎炎と上がる煙、尋常ならざる怒号、得体の知れない空気。


 これはまずい、町にもう魔獣が侵入しているか。急がねば…。

私は足が千切れんばかりに、必死で走った。


 心のどこかでカトーが止めてくれているので大丈夫だろうと言う甘えがあった。なぜもっと早く着けるように努力しなかったんだと自分を責めたのも束の間、町の光景を目の当たりにした。


 そこには、綺麗な町並みはなく、砕け散った家屋。人であったであろう血塊や飛沫、所々白が見え隠れする黒い物体、子どもを庇い子どもに覆いかぶさるように亡くなっている二つの屍、この世の光景とは思えない景色が広がっていた。


 少し中央へ進むと、ここぞとばかりに屍を漁り金品を取っている生きた人間を発見した。


 何をしているのだ、早く逃げろ!

私は死体漁りに対して強い口調で告げた。


 お前は何様だ、この偽善者め。お前が消えろ。

死体漁りは逃げようともせず、金品をかき集めている。


 なんと言う事だ、これほどとは…。人とはここまで醜悪になれるのか。

その光景を目の当たりにし、言葉を失った。


 手の届く範囲で良い、人を救うのだ。自分に言い聞かせ、死体漁りに軽く火魔法を放った。


 小火球。

死体漁りが漁っている死体を牽制で燃やした。


 ば、化け物め!人の皮をかぶった化け物だったんだな。お前がこの元凶か。

死体漁りは悪態を突きながら、手に持った金品の大半を落とし逃げていった。


 多くの命を救うためだ…。

自分に言い聞かせたが、心のどこかではなぜ話を聞かない者を救う必要があるのかと葛藤していた。


 焼いてしまった死体に手を合わせ、私は町の中心部へ向かった。


 町の中央では、牛の頭を持つ巨人が町民を手に持つ大きな棍で肉塊に変えていた。町の入り口にあった血塊はコイツの所業であろう。


 逃げ惑う町民を追う牛頭の巨人。


 町民のグループから一人の男が放り出された。逃げきれないと思ったのであろう、一人の贄を出して自分達は生き延びようとしたのである。


 いやだ、助けてくれ。

放り出された町民は叫んでいる。足の腱を切られたのであろうか、動けない様子である。


 なんと酷い…。こんな事が許されるのか。なんとしても、あの動けない町民をなんとか助けねば。

私は急いだ。


 牛頭の巨人はゆっくりとゆっくりと足の腱を切られた町民に近づいている。まるで、町民に死の階段を登らさせているように、恐怖を蓄えさせるが如く。


 今助けるぞ!

町民に聞こえるように叫んだ。


 あ、あ、あ、あ…。

町民はこちらを向き、涙を流している。


 私は我に返った。忘れもしない、その顔。その町民は私の両親を死に追いやった、一人であったのだ。

 そこからの私は怨嗟の声に支配された。足は止まり、ただ立ち尽くした。


 男が何かを叫んでいたが、私の耳には届いていなかった。


 牛頭の巨人はニタリと笑い、まず男の両足を棍で潰した。

 男は大きな悲鳴を上げたことに牛頭の巨人は嬉しそうに笑っている。


 次は右腕を棍で潰した。

 男の悲鳴は先程より小さく、牛頭の巨人は少し不機嫌になっていた。


 次は左腕を棍で潰した。

 男は悲鳴を上げなかった。もう、何も感じていないのであろう。それに対して、牛頭の巨人は興味を無くしたのか、男をつまみ上げた。


 牛頭の巨人は男の口に大きく息を吹き込んだ。


 パッン。

大きな破裂音と共に、それは男だった、ただの血塊になっていた。牛頭の巨人は興奮しながら小刻みに笑っていた。


 その光景を見て私は…、牛頭の巨人と同じように笑っていた…。




 

 


 


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