第五話 知識

 私はカトーを連れ小屋に戻った。


 色々な出来事が一度にあり私は物事を整理するために、食事の準備を始めることにした。


 太陽が燦々と照らす中、薪を割り、種火を作り、種火を燃え上がらせ、焚き火を作る。


 やはり焚き火は良い、火を見つめながら物思いに耽ることで色々なことを整理できる。


 焚き火をしているとカトーは不思議そうにその光景を見ていた。


 それは何をしているのだ?

カトーは私に尋ねた。


 食事をするために火を起こした。

私がそう答えると、カトーは指先を薪の方に向けた。


 それは一瞬の出来事であった。カトーの指先から火の弾が薪に向かって飛んだ。


 私は言葉が出なかった。今までの私が信じていた理がひっくり返ったのだ。

 

 なぜ、非効率的な行いを好むのだ?何かの儀式なのか?

カトーは不思議そうに尋ねた。


 今まで生きてきてその様な神秘的な現象は見たことがない。そんなことできるはずがない。

私はカトーが人に近い存在であると信じたかったのかもしれない。しかし、そんな幻想はすぐに崩れた。


 そうか、そこから始めないといけないのか。

カトーは自分一人で納得している。


 この世界には、魔に通ずる者たちが使える術である魔法という理が存在する。魔に通ずると言っても、知識があれば誰でも使えるようになるんだがね。

カトーは自身が起こした神秘的な現象の説明をし始めた。


 一方で、神々や神に仕える者たちが使える術で神術というものもあるが、私はこちらには疎くてね。

神秘的な術には2種類あるということを説明してくれた。


 君には魔法の理をまずは教えよう。その後は、生きるための知識を授けようか。なに、簡単なものさ。

カトーは淡々と話していた。


 私は過去に聞いたことのある言い伝えを思い出した。


 魔に通ずる者から知識を得るためには対価が必要と聞いたことがある。

そうカトーに告げた。


 対価ならもう頂いているさ、君の両親たちにね。

不敵な笑みを浮かべたカトーから初めて感情を感じ、私はゾッとした。


 大丈夫、ただ君の両親の様な清廉潔白な魂が煉獄に留まっているというだけで、私たち煉獄の者にとっては有益なのさ。

理解の及ばない発言に私は何も言うことができなかった。話の次元が違いすぎるのである。


 そんなことより、まず魔法の勉強をしよう。


 魔法は君たち人間の欲望や感情が原動力になる。例えば、誰かを憎む嫉妬、誰かを蔑む傲慢さ、何かを手に入れたい強欲さ、そんな想いが魔力となり、魔法を使うための原動力となる。


 そう言うと私の額に手を当て、聞き慣れない言葉でブツブツと何かを唱え始めた。


 次に私が気がついた時には、焚き火の火は枯れ、あたり一面が薄暗くなっていた。


 三日は昏倒しているはずなのに、ものの半日に目が覚めるとは君には魔の素質がある様だね。

カトーは淡々と語った。


 私に何をしたのだ?

突然の出来事に混乱気味に怒鳴った。


 魔に順応する様に、体をすこしいじらさせてもらった。なに、魔人になるわけではないよ。我々にも我々のルールがあるからね。

カトーは淡々と答える。


 魔法の習得には一年程度の修練が必要だが、今回はあまり時間もないので強引なやり方をさせてもらった。

そう言うとカトーはおもむろに地面に手を当て、言葉を発した。


 『巨岩(ギガントロック)』

言葉を発したと同時に地鳴りが起こり、巨大な岩が地中からせり出した。


 的はできたね。これに向かってひたすら魔法を打ち込もう。1ヶ月後には習得できるだろう。

カトーはこちらを見て淡々と語る。


 私が教えられる魔法は火水風土とその応用である雷氷、魔の力の体現として闇の7つ。光の術も存在するが、神に近い存在が使う神術なので私では教えられない。

カトーは魔法について説明終えると、修練が始まった。


 修練は非常識にシンプルでカトーが手本魔法を見せ、それをひたすら私が真似をして大岩に打ち込むと言うものだった。


 魔法はイメージだ。どうなって欲しいか、それをイメージする事が重要だ。例えば、薪に火をつける行為と小屋に火をつける行為をイメージした時、どちらの火の方が強力であった?

魔法の強弱の制御に関してもイメージするのだ。

私は一見難解な魔法もよく理解することができた。


 —— 一月が過ぎたころ、私は闇魔法以外は完璧に習得していた。その頃には、カトーの事を完全に受け入れることが出来ていた。むしろ、カトーとは師弟関係ではなく親子の様な関係になっていた。


 カトー、闇とは何だ。

私は闇魔法が使えず、闇とは何かを必死で探していた。


 闇は無だ。何もない、何もないが存在はしている。

カトーの言うことは私には理解出来なかった。


 まぁ、四第元素の魔法をここまで使えるようになったのだ。なぁに、そのうち闇も使えるようになるさ。

カトーは少し笑いながら話した。


 カトーはこの1ヶ月でかなり人間らしくなった。初めは食事など必要ない、霞を食べて生きていけるとよくわからない事を言っていたが今では食事を心待ちにしている節もある。


 ある日、食事の準備をしているとカトーが中型の魔猪を狩ってきた。


 かなり大きな獲物だな、直ぐに捌いて、食事にしよう。

私言った言葉はカトーの耳には届いていない様で、カトーは何かを思い詰めていた。いつもだと食事を心待ちにしているのに。


 あまり時間は無さそうだ。

カトーはそう呟くと何やら準備をし始めた。


 カトーに何をしているかと尋ねると、私に次なる知識を授けると言った。


 人の身は脆い、病や怪我などを負ってしまうと生命が脅かされる。煉獄へ来た者の大半が、病や怪我で命を落としている。


 最低限の病や怪我の治療に関しての知識を授ける、病には薬を、怪我には治療法を。二日ほどで戻る。

そう言うとカトーは大穴の方へ姿を消した。


 ——それから二日後


 カトーは溢れんばかりの草花、鉱石や魔獣を袋に携え小屋に戻ってきた。


 良い材料を沢山摂ることが出来た。

カトーは感心していた。大穴と瘴気がもたらしたのは負の遺産だけではなく、生態系が大きく変化し、様々な有用な材料が自生していたそうだ。


 しかし、悪い兆候だ。このままだとより強力な魔獣やそれを使役する魔物にも快適な場所となってしまう。

カトーが時間が無いと言っていたのはこのことの様だ。

 

 この草花、鉱石、魔獣を用いた薬学について君に伝授する。簡単な病なら治せるはずだ。

そう言いながら、説明を行い始めた。


 これらの材料には毒が含まれている、しかしその毒は上手く使えば人間の治癒力を引き出してくれる。

草花を擦りつぶしたり、乾燥させながら、魔獣の血液や肝を混ぜて、塗薬を作ってみせた。乾燥させた草の根や魔獣の角や爪などの削り粉薬を作った。


 カトーは何かを思い出したかの様に、私に奇妙な提案をした。


 もし、君が私の存在に近づきたい、神への冒涜を恐れないのであれば、この不老長生の秘薬を教えよう。この秘薬は君にしか馴染まない、そこは注意しなければならない。

カトーは私に対し、同じ次元で歩んで欲しいと言う気持ちがあったのかもしれない。


 私はカトーの教えを忘れぬ様に書物に書き写した。一方で、秘薬の作り方に関しては禁書として封じた。


 さて、材料も大量にあることだし実践して身体に覚え込ませよう。

カトーはそう言うと怪しげな笑みを浮かべた。


 そうそれは、修行という名の人体実験だったことは言うまでも無い。


——— それからいく日がたったころ


 突然小屋に訪問者が訪れた。訪問者は身なりの良い格好をした男性と付き人らしき女性と背が小さくがっしりとした体型の男性の3人であった。


 身なりの良い格好の男性はツルギの父である今の世の皇帝陛下で、女性はチェスカだった。もう一人はチェスカと一緒に外の国から来たドワーフと呼ばれる種族の男性であった。


 慌てて私はカトーにフード付きのローブを着せ、小屋の見えにくい場所に隠れるように指示した。


 どうされましたか?

私はうわずった声で訪問者への対応を行った。


 父である皇帝陛下にこの辺りの調査を任されたこの国の皇子である。最近この辺りで不審な男と危険な魔獣を目撃したとの話を聞いたので調査しに来た。

そう言うと、扉からすこし身を乗り出しで小屋の中を見渡し始めた。


 そうですか、大穴の方から魔獣が沸いてくることがあるのでそのことかと思います。また、私がその魔獣を狩って食べているので不審な男とは私のことでしょう。

カトーがいる方を体でうまく隠しながら、チグハグな回答をした。


 魔獣を食べているって。

そう反応したのはチェスカだった。


 チェスカは獣や魔獣などの研究を行なっており、魔獣の事となると周りが見えなくなる。


 この辺りにはどんな魔獣がいる?どんな味がする?どうやって狩っているんだ?骨や皮を見せてもらえないか?

チェスカは周りのことを気にせずに質問攻めしてきた。


 んっんっん、チェスカ。

その光景を見て、流石にと思ったのか、皇子が咳払いをした。


 申し訳ない。

チェスカは我に帰ったようだ。


 魔獣の肉に興味があるなら、振る舞いますよ。

そう言って外にある焚き火に誘導した。一刻も早く小屋から離したい一心で必死であった。


 魔猪の燻製肉があるのでこれを少し炙りましょう。味は保証します。

そう言って、焚き火に火の魔法を使って火を付けた。


 お主、今何をした?

皇子はその光景に疑問を覚えた。


 今までカトーと一緒に暮らしており、魔法は当たり前の存在になっていたのだが、それは一般的には当たり前では無いのだ。


 え、と、これは。

私は言葉に詰まった。


 皇子これは魔法ですぜ。

ドワーフの男が言った。


 ガロンよ、この現象を知っているのか。

皇子はドワーフに対して質問した。


 わしらの国では、少ないですが使える者がいましたね。

ガロンというドワーフは答えた。


 そうか、初めて見たもので取り乱してしまった。すまない。

皇子は私に頭を下げた。しかし、皇子は何かを訴えかける様に私を見つめた。


 魔法というものをわたしにも教えてもらえないか?

私の手を取り、お願いしてきた。


 え、あ、師に確認しないと。

私は小屋の方を見て答えてしまった。私以外に小屋に誰かいると言うことは目に見えてわかってしまう。


 そうか、師がいるのか。挨拶をさせてくれ。

皇子はそう言うと小屋の方に向かって行ってしまった。


 チェスカとガロンは皇子が一度言い出したら人の言うことなど聞かないとわかっていたのであろう、私と目が合うと呆れた顔で首を横に降り、諦めろと言わんばかりに魔猪の肉を炙って食べていた。


 我が師は瘴気で体をやられているので、見た目が人とは少し違うので、驚かないで下さい。

もう、なるがままにしかならないと半ば諦めてあとはカトーに任せる事にした。


 あなたが魔法を教えた師ですよね、どうかわたしにもご教授頂けないでしょうか。

皇子はローブで身を隠したカトーに懇願した。


 お主にその覚悟は本当にあるのか?

今まで私には聞いたことのない声色で皇子に尋ねた。


 私の発言に合わせてそれっぽい師を演じてくれいる。カトーは本当に人間らしくなったと感心した。


 覚悟は出来ております、この国のため、私のために、どうかお願いいたします。

皇子はカトーに懇願した。


 よかろう。

カトーは答えた。


 よくないでしょ。

私はあわててカトーに耳打ちした。


 まあ、任せておけ。

カトーは自信ありげに耳打ちしてきた。


 カトーがそう決めたなら、従うよ。カトーは何で言ったって私の師だからね。

少し不満ではあったが、カトーの言うことには納得性があり、逆らう気はしなかった。


 では、皇子よ、修行に移る前に王宮へ戻って色々と準備する事があるのではないか?

カトーの狙いはこれであった、皇子が帰った後姿をくらます気でいたのだ。


 今日からこの小屋に住ませ頂きます。あ、護衛の2人も一緒にすまさせて頂きますので、どうかよろしくお願いいたします。兄弟子もどうかよろしくお願いいたします。

皇子の発言にたいし、私とカトーは絶句であった。


 そうとなれば早速、ガロンこの小屋は手狭なので改築を頼む。チェスカよ、この辺りの魔獣を調査しつつ、狩りを行い食料を調達してきてくれ。


—— そうして、5人の共同生活が始まってしまった。

 

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