第四話 老師の師

  老師は重々しい雰囲気の中、師であるカトーに関して語った。

 

 師カトーは父親であり母親であり、人では無かった。

よく理解できない表現にアオとコウは困惑の表情を見せた。


 私の父母は守りの神木を祀る神官や祭事を取り仕切っておった、あの日までは。

 私は裕福な家庭に生まれ育ち、何不自由ない暮らしをしていた。しかし、空からの飛来物によって神木が破壊され、大穴が空いてからの生活は一変した。


 神木が亡くなった後、私たちは多くの謂れのない誹謗中傷をうけた。

 守りの神木を信仰していた人々は天啓、天罰、報いと信じ、その受け入れようがない想いの矛先として、私たちに白羽の矢が立ったのである。


 これまでの行いが悪かったのでは無いかと噂が立ち、その噂は瞬く間に広がり、神木が無くなったのは私たちの責任だという風潮になった。


 そして、それを信じ込んだ人々達は自身が信じる道を悪い方向に進み出した。それは、私たちにとっては最悪の出来事となる。


 私たちは盲信した人々に拉致されたのだ。そして、暴力を振るわれ続ける毎日であった。しかし、その行動もどんどんエスカレートしていった。


 私はまだ子供だったということもあり暴行され監禁されただけで済んだのだが、父母は神木が消えた瘴気の漂う大穴近くに磔にされた。贄を捧げることでなんからの救済を求めたのであろうと老師は邪推していた。


 瘴気は父と母を蝕んだ。

 皮膚は爛れ、顔は腫れあがり、肉は崩れ落ち、崩れ落ちた肉を小型の魔獣、魔蟲が喰らっていた。


 その様を私は毎日決まった時間に磔にされている父母を見せられた。頭を押さえつけられ、目を見開かされ、その光景をマジマジと。


 父母は非人道的な行為を受けたとしても高潔であった。

 人を憎まず、その根本たる原因を憎めと。


 その言葉を聞いても、私は全く理解出来なかった。

老師は沸き起こる怨嗟を未だ鮮明に覚えている様だ。


 ある時この非道な行いを聞いた、ツルギの祖父の先代皇帝陛下がそれを止めにきた。


 しかし、その時にはもう全てが手遅れだった。父母は身体半分は原型をとどめておらず、息を引き取っていた。


 父母は瘴気による汚染腐敗が酷く、誰も触ることもできず…、触れようともせず、下ろす事も、墓すら立てる事も許されなかった。


 その後、先代陛下の介入もあり、非道な行いをしていた人々は自分達の過ちに気付づき、私に謝罪してきた。そして、謝罪後の人々は何事もなかったかの様に私に接してきた。


 私は嫌悪した、なんて自分勝手であるのか、コイツらは皮を被った悪の塊である。

老師はキツイ口調で怒鳴った。


 私は人との関わりに嫌気がさし、人々と距離を置く様に瘴気がぎりぎり届かない町外れに小屋を作り、自給自足を行った

その時大穴からは小型の魔獣しか出てこず、その魔獣や自生する野草などを、食べていたそうだ。また、魔獣は案外うまいとも漏らした。


 そこで暮らし始めて幾許かの月日が立った時、急に父の声が聞こえた様な気がした。

老師の名前を呼んでいる様に聞こえたそうだ。


 その声が気になり私は瘴気漂う中を彷徨った。もしかすると、私は楽になりたかったのかも知れないとこぼした。


 するとそこには一部だけ瘴気がない空間があった。


 その空間の中心には父母であった何かが動いていた。


 その何かと目が合うと、”約束を果たしに来た”と言った。

 その何かは父と母のパーツを継ぎ接ぎにし人間の形を保っていたが、所々得体の知れないモノが蠢いていた。


 私は動けなくなった、本能的な危険を感じる。一方で、安らぎも同時に感じた。


 その得体の知れない何かは私に近づいてきた。


 私はカトー、君の両親の最後の願いを携えここに来た。君の父母は清廉潔白であった、今は煉獄にて魂の浄化している、すぐにでも天へ導かれるであろう。

カトーは淡々と私に告げた。私にはさっぱりであった。


 君に生きる知恵とこの先の困難に立ち向かう力を授けると両親と約束した。

カトーは両親との約束だと私に告げた。


 私は受け入れられなかった。父と母の面影が残るその得体の知れないモノ、父の声で話し、母の顔で私を見つめるそれを…。声が出なかった。


 驚くのも無理もない。私の様なものにあったのは初めてであろう。

そう言うと、カトーは自身の素性を語り始めた。


 私自身は魔に近しい存在であり、煉獄の渡し人の一人である。人を依代にこちらに受肉し、こちらの言葉を借りると魔人としてこの地に降りた。

カトーは分かりきっていたが人ではなかった。


 少しの間、沈黙が続いた。

私はそのなんとも言えない雰囲気に慣れてきたのか、カトーに質問した。


 煉獄とはなんなんだ、父母はなぜそこにいる。

私は純粋な疑問をぶつけた。


 カトーは答えた。

 煉獄は死したのち、天に昇るために罪を清めるための場所だ。君の両親は清廉潔白でありすぐにも煉獄からすぐに天に昇るであろう。一方で、天の方で少し問題があった様で、天への門が閉じられてしまっていて両親が足止めされていると付け足した。


 なぜ両親との約束を果たすのだ。

さらなる疑問が私の中に出た。


 すぐにでも天に昇るべき人間が不当に足止めされている。それは煉獄の渡し人にとっては由々しき事態なのだ。

その罪滅ぼしとして、両親の願いを聞き届けたとのことである。


 様々な問答をするうちに、私はカトーは悪では無いと判断した。なによりも、私の両親を死に追いやった人間よりよほど善人に思えたからである。


 そこからカトーとの師弟生活が始まった。

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