第三話 大穴

———夏の神木の麓


 夏の神木は青々とした葉がおおく茂っており、その麓に住むものたちに涼しげな影を提供している。


 相変わらずこの町は暑いのう、こうも暑いと老いた体には堪えるわい。

老師は一人でブツブツと文句を言いながら歩いている。


 同行した弟子のアオとコウは、苦笑いをするしかなかった。


 コウよ、今回お主の過去に背負った病と再度向き合わさせることになるやもしれん。

老師は少し申し訳なさそうな顔でコウに告げた。心の病は簡単に治るものでないことを老師はしっかりと認識していた上で、コウをこの問題に直面させる決意をしたのである。


 あの頃より私は師の下で強くなりました、お気遣い頂き感謝します。

コウは強い目力で老師に伝えたが、身体は正直であった。


 師よ、コウは私がしっかりと支えますので…。

アオはコウの恐怖を察してか、老師に強い口調で告げた。


 ワシは良い弟子を持った。

老師は二人の方を見て、安堵の表情を浮かべると共に汗を拭った。


 程なくして、夏の神木の町長の屋敷についた。屋敷には金属製の門があり、門兵2人が警備に当たっている。金属製の門には魔獣と得体の知れない生物が模られたレリーフが埋め込まれている。


 あいも変わらず、趣味の悪い屋敷じゃ。

老師は家主のことを知っている様子であった。


 陛下から話はいっているであろう、屋敷に入れてくれんかの。

門兵にそう告げると屋敷の方から、一人の老女が出てきた。老女は奇妙な形をした杖を携えており、ゆっくりと近づいてくる。近づいてくるにつれ、この大陸の人々の顔立ちとは少し違うことがわかった。


 まちくたびれたよ、はやく中に入りな。

そう伝えると、一行を笑顔で屋敷に迎え入れた。


 一行が屋敷に入ったとたん、老女は屋敷にいたる所に飾ってある、剥製に関して自慢し始めた。怒涛の説明に気圧されたアオとコウは師に目で助けを求めていた。


 チェスカ、その辺にしてやってくれ。

老師は老女に向かって、呆れた表情で伝えた。


 それにしても、また増えたのぅ。

老師はチェスカの説明していた、魔獣や魔の物、また、得体の知れない生物の剥製を見回しながら呟いた。


 そうなんだよ、この魔の物は…。

また、説明が始まりそうになり、慌てて老師は取り繕った。


 陛下から連絡が入ってると思うが。

老師はそう告げると一枚の手紙を手渡した。


 ”チェスカよ

どうか友の力となってほしい

お主の魔獣、魔の物に対しての知識を貸してほしい”


 手紙を読むとチェスカは呆れた顔で呟いた。

 あんたも本当にあいも変わらず断れん性格だね。

過去の老師の事を知っているが故の発言であった。


 するとチェスカはおもむろに2枚の地図を取り出した。一枚は大陸の真ん中に大きな金色の葉を讃えた大樹が書かれているもので、もう一枚は大陸の真ん中が黒く塗りつぶされている地図であった。


 どこから説明したもんかね…。

チェスカは少し考え込んだ。


 あんた、どこまで弟子達には話してるんだい。

老師にチェスカは訪ねた。


 老師はその言葉で目が泳いだ。老師の額にじんわりと汗が噴き出しているのが見てとれる。


 はぁ、あんたは何にも話してないんだね。

ため息をつき老師を軽く睨んだ。


 全ては話さないよ、気になるならコイツに聞きな。

そう言って老師を指差した後に、チェスカはかいつまんで話しを始めた。


 約50年前に守り神木と呼ばれる黄金の葉を持つ大木が大陸の中心にあったそうだ。ある時、空から得体の知れない何かが世界中に降り注ぎ、その一つが守りの神木に衝突し、神木の影すら残さず粉砕し、すり鉢状の大穴ができたそうだ。それから程なくして、大穴からは瘴気が溢れ出して、得体の知れない生物や獣が暴れ始めたとのことであった。


 陛下の懸念は、新しく空いた穴からの瘴気による魔獣と魔の物の活性化だろうね。

 計算上だと、この地点に落ちたと推測できるよ。

そう言うと、地図にバツ印をつけた。バツ印はこの町からそう遠く離れていない。


 少し不安そうな表情を浮かべ、チェスカは老師に訪ねた。

 カトーはもう居ないよ、あんたと弟子だけでなんとかできるのかい?

 今回の穴はそれほど大きくはなさそうだ、私と弟子達だけで十分じゃ。

カトーの名を聞いた時に少し悲しげな表情をしたが、質問に対しては自信ありげに答えた。


 まぁ、あんたがそこまでの自信を持って言うなら問題ないということなのかね。

チェスカはそう言うと、今回穴からの沸きそうな魔獣や魔の物の説明をした。


 一番厄介なのは、ゲーリュオーンだろうね、頭3つに手足が6本づつある魔の物だ。大穴が空いた際には、コイツ一体で多くの人々が犠牲になったよ。

出てきても一体だろうと付け加えた。


 次に厄介なのは、オルトロスあたりかねぇ。素早くて獰猛な魔獣で群れでいることが多いから注意が必要だよ。

ゲーリュオーンの僕であり、最も注意してほしい魔獣だと念を押された。


 コイツら以外は素人でもなんとかなるから、率先してコイツらを狩ってくれれば良い。

小型魔獣はあまり大きな脅威にはならないらしく、たまに町の下水道などに住み着いているらしい。


 もし、魔の物や魔獣と違った得体の知れないモノに出会った場合は必ず逃げるんだよ。

老師の顔を見つつ、弟子達に強く言い放った。得体の知れないモノとは、本能的にわかるとのことで詳細は語られなかった。


 まぁ、アンタが付いてるなら問題は無いだろうね、なんせカトーの弟子なんだから。

そう言うと、チェスカは老師一行を空き部屋に案内した。


 今日はゆっくり休んで明日に備えな。

力強くバンバンと弟子達の肩を叩き、笑顔で老師たちを労った。


 老師達はは案内された部屋で腰を下ろした。少しの間、静寂が流れて、老師が重い口を開いた。

 

 我が師、カトーについて話しておこう。

老師はチェスカがその前振りをしてくれたものだと認識し、弟子達に過去の話をし始めた。

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