第一話 弟子
ヤマツ皇国という立派な巨樹に囲まれた国がありました。
巨樹は春夏秋冬を司る4本の巨樹は神木として崇められていた。やがて、春夏秋冬の巨樹の下に街ができ、春を司る巨樹を中心に国となった。
そんな国に仕える1人の老いた薬師がいた。老いた薬師は、長い髭を紐で束ね、ボサボサの白銀色の髪には似合わない整えられたローブをいつも羽織り、国の外れの研究室にひっそりと暮らしいてた。
その薬師には治せない病は無いと言う評判で、多くの優秀な薬師見習い達が師事をお願いしていた。門弟を多く抱える事が一種の権力の象徴であったが、その薬師は物好きな性格で皇子 1人と孤児3人の4人を門下としてしか迎え入れなかった。
一番弟子である皇子は人柄も良く、国民によく愛されていた。また、皇子でありながらも利己的な考え方に囚われず、様々な立ち位置から物事を考えられる価値観を持っていた。そういった価値観から物好きと有名な薬師の下にやってきて師事を仰いでいる。
3人の孤児達は、この国の冬を司る巨樹の下にある貧困街において親がいない者同士で身を寄せ合って暮らしていた。ある日、食べ物を買うために山で採取した様々な草花を売り歩いていた時に薬師の目に留まり、薬師が半ば強引に弟子にしたそうだ。山で採れたという草花は毒にも薬にもなる薬草も含まれており取り扱いを間違うと大惨事になっていたそうだ。
そのため、薬師はそんな弟子達に薬の作り方だけではなく、同時に考え方も説いてた。
初めに薬師の病との向き合い方に関しての教えが説かれた。
1つ「病は概念であり、心や意識にも巣食う、ゆめゆめ忘れるな」
2つ「薬は人の命を救うことができる反面、使い方を誤れば毒になる、使い手次第で善にも悪にもなる。危険なモノを扱っているということ忘れるなかれ。」
3つ「病に罹っている人々を救うこともできる一方で、救えない、救いようがないこともある。囚われ過ぎるな。」
4つ「救えるが救わない方が良い事もある、考えすぎるな。」
治せない病は無いと噂の薬師からの言葉とは思えず、弟子達は少し戸惑っていたが、これまで薬師が作ってしまったが故に起こってしまった悲劇、救いたかったが救えなかった人々、救ってしまったがために起こった争いなどが容易に想像できたため、押し黙って教えを聞いていた。
次に、効率よく薬を作るためには、最低3つの魔法を組み合わせる事が必須であると説いた。魔法はこの国で使いこなせる人間は数人しかおらず、その一人がこの老いた薬師である。
「火」「水」「風」これらの魔法を使うこと、組み合わせることにより薬作りに必要な作業は行える。
薬師はそう言い弟子達にこの3つの魔法を組み合わせた応用魔法を見せた。
火と風を組み合わせ薬の原料を乾燥させるための熱風を起こす、水と風を組み合わせて薬液を冷やすための氷を作るなどの魔法が披露された。何事にも基礎がありその応用で問題を解決することができると伝えた。
薬師はこうも説明した、魔法とは、何かをなし得たいと思った時に身体に湧く精神作用の力を用いて行使する技である。そのため、大きな野望や夢や欲を持つものほどその力は大きくなる。一方で、力に溺れてしまい破滅するものも多くないとのことである。
その日から、薬師による指導が始まった。しかし、薬師は全て教えるのではなく基礎の鍛錬と己が成し遂げたい想い・欲、この2つの考えに関して弟子達に徹底した。
弟子達よ、己が成し遂げたい想いを見習い最後の日に確認する。
薬師はそう告げて、まず初めに弟子達の基礎魔法の鍛錬に励んだ。
薬師見習いから一人前になるためには2から3年程度の修行が一般的であるが、弟子達は物覚えが良く、基礎魔法に関しては1年後にはしっかりと使いこなせるようになり、2年後には薬を作る腕前も一人前といえる程になっていた。
弟子達よ明日はお主たちの最後の修行となる
老師は弟子達の上達ぶりをしっかりと見極め宣言した。
次の日、朝日が昇って来ると同時にドタドタと足音を立てながら薬師と弟子達の部屋の扉を開け放った。
老師、弟弟子達よ。
寝ている薬師、弟弟子達のことはお構いなしで皇子は皆を叩き起こし実験室にある卓に集めた。
卓の周辺には草花や乾燥させた少し匂いがする物質、鉱石が所狭しと置いてある。また、金属なのに液体になっている不思議な物体などが厳重に管理されガラス容器に入れられている。これらの薬草や金属は毒性が高く取り扱いを間違えると中毒に至る可能性がある。しかし、毒も弱毒化すれば妙薬となり人々を救うことができる。
弟子の1人がこの場での話し合いはそんな危険性を孕んでいることに気付き、いち早く声をかけた。
兄様、ここには毒にもなる材料が多くあるため場所を移しませんか。
すまない、最後の日とのことで少し浮き足立っていたようだ。
皇子は指摘されて少し恥ずかしそうに答えた。
薬師はその発言を聞き、笑みをこぼしていた。日々の流れは早いもので、指導した弟子達の成長を噛み締めていた。
晴れ舞台となる日になるであろうから、春の神木が見える舞台で語らおう。
皇子より提案があり、城にある舞台で語らうこととなった。皇子の特権があって使えるものであり、弟子達はすこし緊張していた。
春の神木は淡い桃色の花が満開で咲き誇り、圧倒的な質量で空を埋め尽くしていた。舞台は空中に造られており、ヒラヒラと春の神木の花びらが舞っている。
皆が舞台に設置された卓に着いたが、圧倒的な光景に目を奪われており本来の目的を忘れているようであった。
一番初めに口を開いたのは薬師であった。
このような舞台で皆の話を聞けることを光栄に思う
薬師は誇らしげであった。
では早速、皆の成し遂げたい想いを確認したいと思う
薬師は真剣な顔で弟子達の顔を眺めた。
まず初めに、一番弟子である皇子の想いが口にされた。
永劫の間、争いの起こらない国にしたい。
皇たる所以か、はたまた、自国に対しての憂いか、皇子はそう想いを告げた。
良い想いである、皇子としての覚悟も伝わってくる。
薬師は皇子にそう伝え、ツルギの名を与えた。また、薬師はツルギは仮の名で、この国の皇帝になった際には龍(リュウ)を名乗る事と付け加えた。戦に持ちいられる道具の名は流石に国の代表となった際には誤解を招きかねないとの配慮であった。
この名を賜るという行為は師から一人前の薬師と認められた証である。
次に、孤児3人の中で一番身体の大きく人一倍優しさを持った、弟子が答えた。
誰もが飢えない世の中にしたい。
人一倍食いしん坊だが、孤児だった時に率先して食べ物を自分以外の2人に与えていた。そんな、弟子から出た想いで、薬師はすぐに理解した。
おぬしらしい良い想いである。おぬしがなし得ないで誰がなしえるのか。
そして、薬師はその弟子にハカリの名を与えた。名に恥じぬように自分の中の物差しをしっかりと持てと付け加えた。
残りの小柄だが我の強い弟子と寡黙だが思慮深い弟子の二人が同時に答えた。この二人は兄弟で二人支え合って今まで様々な苦難を乗り越えてきた。
疫病に命を奪われない世の中にしたい。
魔獣に命を奪われない世の中にしたい。
両親を疫病と魔獣により奪われながらも、懸命に生きてきた二人の心からの想いであった。また、お互い最後に発表するのは嫌だと言う気持ちが被ったのか、同時に発言となった。
過去に向き合い、過去の遺恨を糧にした良い想いである。これらは、現在進行形で人々の命を奪っている、目を背ける事ができない事実である。
薬師は小柄な弟子にアオ、寡黙な弟子にコウと名付けた。疫病により多くの屍が積み上がった、それらは青ざめており、生前の情念が渦巻いておる。そのため、青ざめた屍を恐れないようにと付け加えた。魔獣は黄泉の国からの使いとの逸話もある。黄泉の国を恐れぬようにと付け加えた。
薬師は弟子達全員の名付けが終わると、少しの間上を向いたまま立ち尽くしていた。
薬師は顔を下げると、目尻が垂れるほどの笑顔であった。
弟子達の門出を祝いとっておきの酒を振る舞おう。酔う前に、ツルギ、ハカリ、アオ、コウ、お主達に最後の課題を与える。
最後の課題は、各々の想いを込めた一粒の薬を作り、老いた薬師に服薬させる事であった。もう、弟子達は薬師としては一人前と認められているので自分の裁量、技術で今後生きていかなければならない。そのため、師からの最後の教授とも取れる。
弟子達よ、良き日々であった。最後に私の想いを皆に教えておこう。
老いた薬師はそう言って自身の想いを語った。
老いた薬師の想い、それは何からも支配されず自由な旅がしたいとの事であった。弟子達は師から語られた内容にあんぐりしてしまっている。師のことだから、壮大な想いが有るものだと皆思っていたようだ。
老いた薬師はこう続けた、年を取ると見聞が狭く、出来る事と出来ない事がはっきりとしてしまう。さらには出来ない理由を説明するのが上手くなってしまい、自分の進歩が止まってしまっているのを感じる。もう老い先短い人生だが、もう少し生きれるのであれば、そういった自分を変えられる旅をしたいとのことであった。
そんなことより、今日はめでたい日なんだから飲もうではないか。
老いた薬師はそう言い、とっておきの酒を出した。その酒は薬効の高い草花、体に良いとされる蛇型の魔獣などが漬け込んまれた、匂いの強い酒であった。
この酒が飲める日が来るとはの…。
満面の笑みで老いた薬師は弟子達の新米薬師に酒を振る舞った。
老いた薬師はこんな幸せな日々が続いていくものだと、春の神木を見上げながら思っていた。
しかし、老いた薬師の思いとは裏腹に幸せな日々は長く続くことは無かった。
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