第九章 『ゲオルギウス暴走事故』



 十年前の今日。 ゲオルギウスで暴走事故が起きた。


 ゲオルギウスは元々宇宙太陽光発電施設として建造されたタワーだ。 

タワー内部には高性能Aiである『ゲオルギウスAi』が搭載され、それは地球の軌道上にある発電衛星のエネルギー照射の制御や、街の各施設へのエネルギー供給、ライフライン施設の制御などを管理していた。

この街はAiが管理しているといってもいい。


 ゲオルギウスは国の要だった。 

ゲオルギウスがあり、経済が成り立ち、そして繁栄していく。 

信頼できるAiも使われているから、国のあらゆる重要データもゲオルギウスが一括で管理することになった。 そして人間のように判断し、人間よりも的確な判断基準でその情報を開示、秘匿、扱うことができる。

 だからもしゲオルギウスが他の国に狙われたり、テロなどで破壊工作を企てられたら大変だ。 ゲオルギウスには国の宝が詰まってるからな。 

データのバックアップも無かった。 バックアップがあればそれだけ狙われる標的も増える。 Aiがそう判断した。

 少なくとも当時の国はゲオルギウスAiをそれほどに信用していたんだ。

 

そんな重要施設だから、テロ対策は完璧だった。 

タワー内部や街には衛星機能もフルに活用し全エリアで人体スキャンをしていて、二四時間ID認証をしている。 

街に住む人間のデータはすべて入っていて、もし街の人間でなくてもゲオルギウスはいつでも国のデータベースにアクセスできるから個人情報を参照することが出来る。

 街にある監視カメラにも随時アクセスできるから、怪しい人物が居たらタワーに入る前に通報することも可能だ。

 危険物の持ち込みもスキャンにより解析、Ai判断で危険人物かそうじゃないかを決めている。


そして、万一どこかの国がミサイルなどで攻撃しようとしてきたら、ある最強の防衛システムが起動する。

それが『PRSシステム』。

『Perfect.Range. Shoot(パーフェクトレンジシュート)』だ。

これは君たちもよく知るシステムだと思う。 

発電衛星からのエネルギー照射位置を正確にタワーの受電部へと到達させるシステムのことだ。

だが私の言っているのはこれじゃない。


『Perfect.Range. Shot(パーフェクト・レンジ・ショット)』システム。


ゲオルギウスには、大規模なテロや他の国が撃ってきたミサイルの排除をもし人間が出来なかった場合に備えてこのシステムが極秘に搭載されている。

発電衛星からのエネルギー照射を、タワーではなく対象の目標に向けて放つことが出来るシステムだ。 十年後も一部の者しか知らない。

いわゆる攻撃モード? 防衛モード? そんなところだな。

私も先日までこのシステムの存在を知らなかった。


このモードに突入すると、目標はすべてゲオルギウスAiの判断で任意に選択できるようになる。 そして人間が介入することができなくなるんだ。

それは街の危険度が一〇%未満になったとゲオルギウスが判断するまで継続される。


攻撃はあらゆる方法で的確に行われる。 

レーザーでピンポイントに破壊したり、マイクロ波を使って電子機器を無効化したり、はたまたレーザー技術と併用したマイクロ波を照射して分子の振動によって目標を焼き殺したり……。

そしてゲオルギウスは、三番目の方法でこの街全体にレーザーマイクロ波を照射し、街の人間を焼き殺した。

円形に照射されたレーザーマイクロ波は街の端から徐々に中心へ向けて拡大されていった。 まるで炎の壁が迫ってくるかのようだったよ……。


ゲオルギウスはその時街に、オールドラングサインと共に警報を流した。

『現在街で大規模なテロが発生。 ゲオルギウスに避難してください』とね。

運よくゲオルギウスの近辺に居た一部の人たちは避難して助かったが、ゲオルギウスから離れた所にいた人たちは全員焼け死んだか、行方不明。

街をレーザーマイクロ波が覆うまで三十分と掛からなかった。

そう、この街はものの三十分未満で電子レンジと化した。



「それが十年前の今日。 この街で起きたことだ」


信じられない……あのゲオルタワーが、そんな大量虐殺を?

「その火傷は……その時の?」

ゼロ先輩が言う。 竜司は黙って頷いた。

「テロは実際に起こっていたの?」

「いや……テロはなかった。 ゲオルギウスのAiの自作自演だ」

「自作自演だって!?」


「八月十二日の十八時、あの海上にあるヴィータのAiが運転停止になった。 それはデータの消去、破棄といってもいい。 ゲオルギウスとヴィータのAiはお互いコミュニケーションを取っていく内に人間と同じ感情を芽生えさせていった。 当時の記録では、ゲオルギウスは何度も技術者にヴィータのAiの保存の有用性と、無理なら自分のAiと同期してほしいと進言していたみたいだが、技術者はそれを聞かなかった。 上に報告もしていなかったらしい。 そしていつしか人間を恨むようになったゲオルギウスは、今回の事故を起こした」

 

竜司は力なくベンチに座る。

「ゲオルギウスの制御が解除されるのは、テロが起きた時だけだ。 佐竹から聞いていただろ? ゲオルギウスで停電が起こったり、電気関係で不調が起こってるって」

 僕は最初に佐竹から聞いた話を思い出した。 

確かに、先日ゲオルタワーに行った時もライトが明滅していたりとおかしな事は起きていたことを思い出す。


「ゲオルギウスは数日前から故意に照明の明暗を調整していた。 明るさぐらいならAiの意思で調整できるからな」

「なんでそんなことをしたの」

「ゲオルギウスには細かい異常を感知して、それが蓄積すると警戒モードに切り替わるようなプログラムが組み込まれている。 それは電灯の寿命によって電気が切れた時にも僅かながらに上昇する。 Aiはそれを利用して、内部で警戒状態を作り出したんだ。 そして事故当時、ヴィータとの通信中だったゲオルギウスAiは、ヴィータのAi停止で信号が途絶えたことを理由に、それがテロだとプログラムに関連付けさせた。 既にプログラム内部の警戒モードは最高レベルまで達していたから、プログラムを緊急事態に切り替えるのにそう手間は掛からなかっただろう」

「そして……防衛モードに移行した……」

「あとはゲオルギウスの自由。 何をするのも。 ただ必要最低限市民の安全は確保するようなプログラムが組み込まれていたから、申し訳程度に警報を流して僅かな人間はタワーに避難させたってところだ」


 竜司はゲオルタワーの下の方を指さす。

「ゲオルギウスは自らタワー下部へ向けてレーザーマイクロ波を放った。 自分自身で仕掛けた街への攻撃と共に緊急度メーターを上げるためだ。 お前たちもゲオルギウスのエレベータに乗った時に聞いたはずだ。 この一〇年間、ゲオルギウスはずっと危険度を最高ランクのものに設定している。 だから部外者が近づいたり、直接破壊ができない。 攻撃されるからな。 発電衛星事態をミサイルで破壊するって手もあるが、なにせ莫大な費用が掛かってる。 国はできれば発電衛星事態は無傷で残しておきたいんだろう。 一〇年経った未来でも、ゲオルギウスはこうして悠々と天へ向けて建っている。 部外者を寄せ付けないように」


「それで……竜司君? あなたは何故ここに?」

「無論、ゲオルギウスを破壊するためだ。 ゲオルギウスに自己破壊プログラムを入力するためにな。 レイもそのためにここに来た」

レイちゃんはそれを聞くと立ち上がり、僕、ゼロ先輩、ナナミの顔を見て回った。


「政府から極秘に依頼が来たの。 もう打つ手が無いと悟ったんでしょう。 私と竜さんはこの街の市民だった。 だからゲオルギウスに攻撃されずタワーまで辿り着ける可能性があるってことでね。 危険な任務だから断ることもできた。 でも私たちはこの依頼を受けたの」

レイちゃんはゲオルタワーを見る。

「そして、ゲオルギウスは私たちへ何もしなかった。 こうして今も無事にこの街に居れるってことはそういうこと。 いや……もしかしたらきっとできるんだと思うけど、なぜかゲオルギウスは私たちを受け入れた……」

「どうして?」

 僕の質問に、レイちゃんは目をそらす。

「十年前ゲオルギウスの事故から数日が経ち、街の人の遺体回収がまだ完全でない時、それは起きた。 それは唸り声だった。 街のあちこちから響く、灼熱の苦しみの中死んでいった亡霊たちの断末魔。 そして、それらは街を徘徊しはじめた。 まるで生者を妬む死者のように。 そのとき街に居た関係者は次々と精神に異常をきたし、中にはショック死した者も居る。 よっぽどの恐怖を見たんだと思う」

「幽霊って、ことか……?」

 レイちゃんは頷く。


「ハスミさんが言ってたよ。 街を包むゲオルギウスの電気エネルギーにより、死者は成仏できずにこの街に縛り付けられている。 まるで地縛霊のように、あの地獄の灼熱という無間地獄に今も居るって」

「……」


「最初は隠匿されていたけど噂が広まってね、調査隊やテレビの記者や肝試し半分で面白がってる輩、色んな人間が街に入っていったけど、無事に出てこられた人はいなかった。 電気エネルギーの力が強いのか、街の思念が強すぎるのか、それらはカメラやビデオにも普通に映り込む。 どんなに精神がある怖いもの知らずも、街の思念と同化してしまうとあの日と同じように体を焼かれるような感覚になって失神してしまったりもした。 だから街に関係の無い人は入ることができない」

 十年後のこの街は話を聞く限りまさに地獄だった。


「私たちは国からの損害賠償金で生活してる。 だからあと何年か不自由なく生活できるけど、それももうあまり関心がない。 生きることにも疲れた。 私はこの街ですべてを失った。 だから国からの今回の依頼にも了承したの。 もしこの街で死ねるなら、それが一番幸せ」

 竜司は立ち上がる。

「人生の最後に、この街の呪いを終わらせる。 それが、俺たちの最後の使命だ」


「でも……私たちがこの街に来ると、話に聞いていた様子とは随分違った」

「街は十年前のあの日のままそこにあった。 あの夕陽のまま、まだ生きていた人々が普通に生活していたんだ」

「たぶんこの世界は……裏の世界なんだと思う。 あの地獄の瞬間ではなく、その前の何もない普通の日常に戻りたいという亡霊たちの思念が作り出した幻想の街……」

「それがお前たちだ」

「不思議なことに、そこには街で生き残った者も居た。 私も、竜さんも。 きっと……あの時の強い思念だけが、この街に置き去りにされたんだと思う」

「じゃあ……」

僕は、認めたくない事実を言葉にする。

「今のこの僕は本当の僕じゃなくて……思念てこと?」

「そうだ。 本当のお前は私だ。 お前は私から抜け出たあの時の思念。 別の言い方をすれば、生霊だな」

「そんな……」


「ゲオルギウスのシステムを停止させれば、街のエネルギーは消えて全ての思念は苦しみから解放される。 成仏できるんだ」

「街の人の時間を止めてたのは?」

 ゼロ先輩が言う。 レイちゃんが反応した。

「最初、私はその世界を見て写真に残したいと考えた。 ほら」

 レイちゃんは懐から、さっき付けていた眼帯のような機械を取り出して見せる。


「これ、覚えてる? お姉ちゃん」

「これ……アイカメラ?」

ゼロ先輩はレイちゃんからアイカメラを受け取るとそれを眺めた。


「そう。 私が子供の時に使ってたやつ。 持ってきたんだ。 これは眼帯型のカメラで、写真を撮ることが出来る。 いつかジャーナリストになった時のためって思って、子供の頃はよくこれで撮ってた。 撮った写真はスマホで複数人で共有できる」

 竜司は自分のスマホを取り出すと、僕たちに見せた。 

スマホには写真画像が写されており、それらは街で時間を止められた人間たちだった。 竜司が写真を指でなぞって送ると、佐竹やハスミ姐さんの写真も出てきた。


「最初私はこれで街の人の……生霊の写真を撮った。 そしたら……動かなくなった。 既に死んでしまった死霊たちを撮っても何にもならなかった。 その代わり、生霊たちの写真を撮ろうとすると、酷く怯え、抵抗された」

「ここは死者の街……」

 竜司はそう言い、ゼロ先輩の手にしているアイカメラを持って掲げる。

「カメラで撮られると魂も取られる。 昔の人の言葉だが、本能的に生き残った人間の思念はそれを感じてるんだろう」

「そしてゲオルギウスの管制室でその理由が分かった。 管制室のモニターには、街で生存している人数の数が表示されていた。 それは私が写真を撮って時間を止めていく人が増えていくと、それに連動したように表示人数は少なくなっていった」


「俺たちはゲオルギウスのシステムに自己破壊プログラムを流そうとしたが、危険度が高いせいでシステムに干渉することすらできなかった。 そして分かった……。 危険度の原因は街で生存していた人間。 ゲオルギウスは生存者に危険度を設定していたんだ。 生存者を利用して、危険度を維持していたんだと。 だが、生存率がゼロになれば、干渉できる」

 危険度を落としてシステムに干渉するため、街の人の……生き残った人たちの時間を止めていたのか……。


竜司は懐からデータディスクを取り出して見せた。

「これは今ゲオルギウス破壊作戦に就いている技術者が作ったAiの自己破壊プログラムだ。 原理は分からないがヴィータのAiの複製が入っていて、それとコミュニケーションさせて自らシステムを消去させるように誘導するプログラムらしい」

 僕はそこまで聞いていて、ある不安にぶち当たる。


「なあ……てことは、未来の僕がこうして生きてるってことは、僕は当然時間を止められてしまうってことだよな?」

「ああ」

「……ゼロ先輩は――」

 言いかけて、僕は頭が真っ白になる。


「ゼロ先輩は……どうして……止まらないんだ!?」


 僕はゼロ先輩を見る。 ゼロ先輩は……ゲオルタワーをただ静かに見ていた。


「あの時ゼロ先輩は僕たちと一緒にタワーの展望ルームに居た! ならゼロ先輩も生きてるはずだろ!? 佐竹や、他の雑誌部の部員も! タワーに居れば助かったはずだろ!? どうして止まらないんだよ!?」

「……」

 竜司は沈黙して俯く。

「なんとか言えよ! おかしいだろ!? だってゼロ先輩は――」

「リュウジ」

 今まで黙っていたナナミが僕の肩に手を置く。

「ナナミ……」

「私もさっき聞いたばかりで、今でも現実感がないよ。 でも……今ではハスミ姐の気持ち、よく分かるなあ」

「何を……」


「たぶん、私の時間を止めることも、無理だろうね」

 そう言うナナミの顔は、とても優しい目をしていた。


「お姉ちゃんはね……」

 沈黙する竜司に代わり、レイちゃんが口を開く。


「お姉ちゃんは、私を助けるために死んだの」


竜司はレイちゃんのその言葉を聞くと、その場に崩れ落ちた。


「私の、せいだ……私が……俺がゼロを見殺しにした!」

「なに言ってるんだよ……」

 おい、未来の僕……なに言ってるんだよ……?


「竜さん。 違う。 あなたは何も悪くない」

「俺が! 俺がぁああ!」

 竜司は空に向かって吠える。

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