第八章 『貴方が彼女を大切にするのは、貴方の時間に彼女が居たからだ』
僕とゼロ先輩は佐竹と一緒に作戦会議をした公園に来ていた。
この高台の公園はゲオルギウスがよく見える。
あの後、僕はナナミに電話をした。 そして合流地点をこの公園にしたのだ。
思えばこの公園には色々思い出がある。 今になって、それはまるで走馬灯のように僕の頭を駆け抜けていた。
ゼロ先輩は少しは落ち着いたようだ。
さっきはとても取り乱しておりまともに話が出来なかったが、今では静かにベンチに座ってゲオルタワーのある街の景色を眺めていた。
「リュウジ君」
「はい」
座りながら、ゼロ先輩は僕に語り掛ける。
「街の人、元に戻さないと。 さもないと、レイはずっとあのまま」
「はい」
「早く元に戻してあげないと。 あの子もつらいと思う」
「そうですね」
「この帽子ね」
見ると、ゼロ先輩はいつも被っているテンガロンハットを抱えている。
「私が高校一年の時の誕生日にプレゼントしてくれたんだ」
「そうだったんですね」
「お姉ちゃんは例えるなら西部のガンマンみたいだからって。 意味分からないでしょ? 私別にウエスタン好きとか言ってないし、これ私のイメージ?って聞いたらさ。 なんか無法者みたいなイメージだからお姉ちゃんはって……」
「ああ、ある意味あってるかも」
「確かに、何かに流されるのとかは嫌いだったから、私にピッタリだったのかもしれないね」
ゼロ先輩は立ち上がると、いつものように顎ひもを首にかけて帽子を首の後ろにぶら下げた。
「私ね、妹と二人暮らしなんだ。 父親は私が中学の時に病気で死んだ。 母親は新しい男を作って今は別の街にいるけど、まあきっと父親が死ぬ前から関係を持っていたって今は思ってるよ。 生活のお金だけは送ってくれるから何とか未成年だけでも暮らしていける。 最後の母親の良心てやつかな? ふふ。 でもそんな生活ももうじきおしまい。 私は自立してこの街を出て、妹と一緒に暮らす。 あんな母親の庇護がなくても私たちだけで暮らせる。 そして夢も叶える。 亡くなった父親も、きっと安心してくれるって……だからレイを守ることが、私の生きる意味の一つだった」
ゼロ先輩はいつも抱えているカメラを大事そうに撫でた。
「でも……私は失敗した。 甘かったよ……夢を持って自分の生き方をするのが、こんなにも大変なんて、こんなにもあっけなく夢が壊れるなんて考えもしなかった。 だから大人は非情になるんだ。 だから悪が生まれるんだ。 いつか私がそんな大人になりたくないって思った私を消す覚悟が生まれなければ、私の望む未来ってやつはやってこないって、さっきやっとわかったよ」
「ゼロ先輩……」
「世界が……経済がどんなに成長しても、どんなにテクノロジーが発達しても、人間の本性は昔から変わることはない。 だからそれを客観的に見る目が必要だ。 私にはその目があると今でも思っているよ」
パシャリと、ゼロ先輩はゲオルタワーの写真を撮る。
「もう遅いかもしれないけど、やり直せるなら……今度はできる限りのことをすべてやる。 この身に代えても、レイを守る」
「自分を犠牲にしても?」
突然、後ろから女の声が聞こえた。 僕たちは振り返る――。
「……お前は」
真夏だというのに、フード付きのコートを着ている。 フードを深々と被っているから顔は確認できないが、間違いない。 僕たちが追っていたメデューサだ。
「リュウジ君下がって!」
僕はゼロ先輩に手を引っ張られてベンチの向こうへと立たされる。
僕はベンチの背もたれに身をかがめた。
「あんたの方から来てくれるとはね?」
ゼロ先輩はベンチからずれて、僕とメデューサが対面しない方へと移動した。
「お前の目的は!? なぜこの街や人の時間を止めた!? 答えろ!」
メデューサはそこでフードをまくり、顔を露わにする。
「!?」
驚いたことにメデューサの顔は人間の女性とほぼ変わらなかった。
怪物……とは到底思えない顔立ちだ。 そしてその顔は、心なしかゼロ先輩に似ている気がした。
唯一異なるのは、右目に眼帯のような機械を付けていることだった。
メデューサはゼロ先輩を見ながらその眼帯を右手で触る。 すると――。
パシャリ。 と、閃光が発した。
目が一瞬眩む。 まるでカメラのフラッシュだ。
まさか、ストップ攻撃?
僕は咄嗟にゼロ先輩を見るが、時間を止められた様子はない。
「やはり……止まらないか」
メデューサは落胆にも似た声で呟く。
「お生憎様! 私には免疫がある。 お前の攻撃は効かない!」
「なら私がすることは一つだけ」
メデューサはそう言うと、次に僕の方を見る。
……僕を狙ってる!?
「させるかぁああ!」
ゼロ先輩はメデューサへ突進する!
距離を一気に詰め、間もなく掴みかかるという所まで接近した瞬間、メデューサはゼロ先輩に対して強烈な回し蹴りを浴びせた!
「ぐあぁ!」
吹っ飛ばされてゼロ先輩は地面へとゴロゴロと転がる。
「ゼロ先輩!」
僕はゼロ先輩の所へ駆け寄ろうとしたが、メデューサが僕の方へ再び顔を戻したので出来なかった。
メデューサは僕の方へ歩いてくる。
やめろ……来るな!?
メデューサの顔は人間の顔と変わらない。
でも、何故かは分からないが言い様のない恐怖が押し寄せてくる……!
僕はその顔を見て腰を抜かしてしまう。
体が……恐怖で動かない……!
逃げたくても指一本動きやしない!? まさにこれが蛇に睨まれた蛙というやつか!
とうとうメデューサは腰を抜かした僕の目の前まで来る!
「あなたで最後……。 これですべて終わる」
そう言うと、メデューサは右目に取り付けた眼帯のような機械に指を添えた……。
覚悟する。 これで、僕は奴に時間を止められてしまう……。
「うぉおおお!」
雄たけびと共にゼロ先輩が詰め寄りメデューサへ強烈な右ストレートをお見舞いした。
メデューサはそのまま吹っ飛ぶ!
「邪魔するなぁああ!」
メデューサは叫びながら起き上がるとゼロ先輩へと殴り掛かった!
「くっ!」
なんとかメデューサからの拳を寸前でかわし、ゼロ先輩はメデューサへ組みかかる!
「逃げろぉお! リュウジ君!」
ゼロ先輩は僕に叫ぶ。
放心していた僕はゼロ先輩の声で我に返ると、何とか体を動かしてその場から駆け出した!
「ゼロ先輩!?」
少し距離を取ったところで、僕はメデューサとゼロ先輩の方へと振り返る。
二人はその場で殴り合いながらも、ゼロ先輩はメデューサを僕の方へ行かせないように組みかかりながら攻防を繰り広げている!
僕も加勢したいが、時間を止められたら終わりだ。 何もできないのが歯がゆい。
そしてとうとうゼロ先輩は全体重をかけてメデューサを押し倒した!
ゼロ先輩はメデューサに馬乗りになる!
そしてそのままメデューサをしっちゃかめっちゃかに殴りまくった!
その様子を見ながらもどうすることもできず狼狽えていると、公園の入り口にルージュとナナミの姿が見え、こちらに走ってくる所だった!
「ルージュさん! こっちです! メデューサ捕まえました!」
僕はルージュたちに手を振って叫ぶ。
「どうして人の時間を止めてる!? なんで私の妹をッ! お前なら元に戻せるんだよなあ!? そうなんだよなあ!? 答えろよぉ!」
ゼロ先輩は押し倒したメデューサの顔を尚も殴り続けた。
「やめろゼロぉおお!」
ルージュは叫びながらゼロ先輩のそばまで近づく。
ゼロ先輩はその声に驚いて、一瞬手を止めてルージュを見た。
しかしその隙をついてメデューサはゼロ先輩の顔面を殴り、地面へと体を転がした!
体が自由になったメデューサは勢いよく起き上がると、真っ先に僕の方へと向けて走り寄ってくる!
「リュウジ君逃げて!」
ゼロ先輩が叫ぶ。 しかし、又しても僕の体は恐怖で支配されたように動けなくなっていた……。
「くそ……」
「待て! レイ!」
ルージュがメデューサへ対して叫ぶ。
え? いまレイって?
「少しだけ待ってくれ! 最後に話をさせてくれ!」
ルージュのその悲痛な叫びで、メデューサは僕の目前で動きを止めた……。 右目の眼帯のような機械に丁度指が掛けられた所だった……。
※
メデューサはベンチに座っていた。
特にどこへ逃げたり反抗するような素振りは見せない。
「どういうことなの……?」
ゼロ先輩は茫然としている。 僕も、状況がうまく飲み込めていない。
「もう隠す必要はないな。 すべて話さないとな……」
ルージュは夕陽を見ながら、まるで自分に言い聞かせるように言った。
「どういうことなの!? これは? 最初からしっかり説明しなさい!」
ゼロ先輩がルージュに詰め寄る。
「すまないゼロ。 隠すつもりはなかった……。 ただ言うのを恐れていたんだ」
「恐れていたって……」
「……まずは改めて自己紹介からしよう」
ルージュは付けていた仮面を取り、その素顔を僕たちに見せた。
口の上から額まで酷い火傷の跡。 鼻は一部欠損していた。
「私の本当の名前は、赤井竜司」
「……え?」
ルージュは僕を見て言う。
「そう……私は十年後のリュウジ……君だ」
「……リュウジ君!?」
まさか……こいつは十年後の僕!?
「その顔は……」
竜司……十年後の僕はその顔を震える手で触りながら答える。
「十年後の今日、ゲオルギウスの事故で負った火傷だ。 今は先進の細胞再生医療で治療をしている。 これでも綺麗になった方だ」
「ゲオルギウスの事故……?」
「あれを事故と言っていいのか、災害と言っていいのかはわからない。 だが十年前の今日。 それが原因でこの街のほとんどの人間が死んだ」
竜司は、ベンチに座っているメデューサの肩にそっと手を置いた。
「安心しろゼロ。 君の妹は大丈夫。 こうして生きてる」
俯いていたメデューサは顔をゆっくりと上げてゼロ先輩のことを見た。
「レイ……まさか……あなた十年後のレイなの!?」
ゼロ先輩はレイちゃんのそばまで行く。
「久しぶり、お姉ちゃん」
確かに、顔はゼロ先輩によく似ている。 言われてみれば面影がある……。
「レイ……どうして……!」
「彼女を責めないでくれ。 悪いのは私だ。 いつまでも優柔不断だった私が、彼女を苦しめた」
「全部、話してくれる?」
「ああ」
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