第四章 『凶事との遭遇』



 街の雑踏に耳を傾ける。

 この街はいつも賑やかだ。

 立ち並ぶビル。 商業施設にアトラクションパーク。 工業地帯。 この世に存在する繁栄を極めた施設が有象無象に入り乱れ、世界一活気な街。

 そしてその繁栄の象徴として街の中心にそびえたつゲオルギウス。 ゲオルギウスはこの街、そして首都全域へと太陽エネルギーを供給し、かつてのエネルギー危機を脱することが出来た。 エネルギー源は太陽光だから、資源が不足することも無い。

エネルギーは様々な媒体へ供給できるように変換され、様々なライフラインや産業に使われる。 又、地上高三千メートルという馬鹿デカい高さだ。 内部は千メートルまで見学可能なので、この国で一番の観光スポットとしてもこの街が選ばれる。 まさにこの国の象徴ともいえるタワーだ。


私は今、ゲオルギウス周辺にある案内ステーションの前に来ている。

ラックに山ほど立てかけてある無料パンフレットを一冊手に取ると、それをパラパラとめくってみる。 ああ、子供の頃はこんなの読んだことも無かった。 あまりにも近い存在だったから、読む必要すら無いと思っていた。 だが、大人になって改めて読んでみると、けっこう詳しく書かれているものだと感心する。 案外、地元の人より他県や海外の人間の方が私よりゲオルギウスに詳しいかもしれないな。

私はパンフレットを懐にしまうと、ゲオルギウスへと向かって歩き出した。



   ※


僕たちは河川敷に来ていた。 目の前には四人の新聞部の部員。 皆、石みたいに動かず固まっていた。


「メデューサだ……全員ここでやられたんだ」

 新聞部の部長、佐竹が歯を噛みしめながら説明する。

「ここでゲオルタワーの撮影をしていたところだった。 その時、向こうの斜面から奴が降りてきた。 この夏に真冬のフード付きコートを深々と被っていた。 体格的には女だと思うが、何せ俺は顔を見てないから分からねえ」

 そこからしばらく佐竹は当時の状況を説明した。 内容は先に聞いたことと同じだ。


「すべてが終わって……俺は……俺は、怖かったんだ! アイツが! だから、去っていくメデューサを背にして俺は逃げ出した! ああ……こんな恐ろしい事が現実に起きるわけがない! これは夢だ! これは夢だって……何度も心の中で言い聞かせたけど、家に帰って冷静になったら、やっぱり現実なんだって……俺はその後再びここに来た。 あの時と何も変わらず、ただ石のように固まったこいつらが居るだけだった……! それは今も変わらない!」

「タクヤくん落ち着いて!」

ゼロ先輩が佐竹をなだめる。 佐竹は「大丈夫だ」とひとこと言い、新聞部の部員たちに向かって語り掛ける。

「なあ? お前たち……意識はあるのか? それとももう無いのか? 安心しろよ。 俺が必ず、お前たちを元に戻してやるからな!」

「タクヤくん……私たちはだいぶ揉めたね。 ヨシミさんが仲を取り持ってくれてたあの頃が懐かしいよ」

「そうだな……」

「でも今は一緒にこの事件を解決する仲間だよ。 私たちの目的はメデューサを見つけ出し、そしてこの事件を解決へと導くこと! そのためにはどんな事もするつもり。 だからタクヤくんも、私たちに力を貸してほしい」

「ああ。 最初からそのつもりでお前たちの所へ行ったんだ。 俺も同じ気持ちだぜ」

 夕日を背に、ゼロ先輩と佐竹は握手をした。


「うわぁ、なんか……青春って感じですね。 リュウジさん」

 僕の横で二人の様子を見ているナナミさんがぼそりと言う。 

まあ、なんというか良い雰囲気だ。 あの犬猿の仲ともいえる雑誌部部長と新聞部部長が志を同じくして共闘なんて熱い展開すぎる。


「そういえばナナミさん。 そもそもなんで雑誌部と新聞部って仲が悪くなっちゃったんだろう? ちょっと前はけっこうコラボ企画とかやるぐらい交流があったって聞いてたけど?」

 僕は気にはなってはいたが敢えて詮索しなかった話題をナナミさんに訊いてみた。

「え……リュウジさん知らないんですか? 前部長の坂本さんが部長やってた頃の事ですよ。 雑誌部のある企画が新聞部と被っちゃって、パクリだパクリだって騒ぎになって」

「ああ、それでなのか」

「一応その時は坂本元部長が丸く収めたんですけど、そのパクリ事件の両企画提案者がゼロ先と佐竹なんですよ。 それで後に二人が部長になって、当時の因縁があるからお互い嫌厭し合っているってわけです」

「なるほど」

「そういえばリュウジさんが雑誌部に入ってくる前でしたね。 ゼロ先が部長になったの。 私はその時まだ新聞部でしたから」

そりゃ知らないのも無理はないというものだ。


「そういえばリュウジさん。 雑誌部に入る前はどこの部活に入ってたんですか?」

「陸上部だけど?」

「はあ、やっぱり」

「ん? どういう意味?」

「ゼロ先があんなにリュウジさんに体を張らせる企画を任せてたのが理解できましたってことです。 リュウジさん見かけによらず体力ありますもんね」

「ああ、妙に体力的にキツイ企画を任せられてたのってやっぱそれが理由だったか……」

 俺はがっくりと項垂れる。

「一応僕が陸上部辞めたの体力的に厳しかったからなんだけどなあ。 そこゼロ先輩分かってくれてるかなあ?」

「その前に、今の雑誌部って男手がリュウジさんしか居ないじゃないですか? それもありますよ」

「はあ……」



 その後、僕たちは丘の上にある公園まで来て今後のメデューサの捜査方針の見通しを立てるために話し合った。

佐竹は街の地図を広げながら説明する。

「この街はゲオルタワーを中心として北部、東部、南部、西部と四つに分かれている。 俺の独自の調査によると、特にゲオルタワーの近くに住んでいる者ほど犠牲者が多い事が判明した」

「ゲオルタワーに近ければ近いほど……」

ゼロ先輩が顎に手を当てる。 佐竹は続けた。

「津田家は確かゲオルタワーから歩いて十五分ぐらいの所だったな? そして家主の津田さんはゲオルタワーのメンテナンスを担当していたらしい。 まあ、それはこの間ゲオルタワーに行く前から分かっていたことだが、大事なのはここからだ。 犠牲者の多くは、あのゲオルタワーの関係者もしくはその家族。 そしてさらに、あの日俺たちがゲオルタワーに居た時、同じく一緒にゲオルタワー周辺に居た者ばかりだった。 つまり観光客」

「なんですって!?」

ゼロ先輩は驚きながらミステリードラマでよく聞くようなセリフを言う。

「ああ、ほぼ全員がそうだ。 ほら、ハスミさんもあの日ゲオルタワーに居ただろ。 ハスミさんの実家の神社はゲオルタワーからも少し遠い場所にある。 この仮説通りなら、ハスミさんだけ石にされてその家族が津田家と違って無事だったのは合点がいく」

「待ってください佐竹さん」

僕は途中で佐竹の話を遮った。

「つまり、メデューサは僕たちがゲオルタワーに登ったあの日、ゲオルタワーの近くに居た人間と、ゲオルタワー関係者のみを石にしようとしてるってわけですか?」

「この被害者の行動履歴と関連性を調べた結果、そうなったとしか言えないね」

「となると、僕たちも狙われる可能性があるって事ですよね」

「そうねリュウジくん」

ゼロ先輩が腕を組んで唸る。

「でも何故あの時、ハス姐を石にしたタイミングで私たちも襲わなかったの? そしてそれはタクヤくんにしても同じ。 なぜ?」

「何らかの警告とか?」

今度はナナミさんが言う。

「これ以上深入りしたら同じ目に遭わせるぞ……みたいな?」

「意味がわからない。 そもそもメデューサの目的って、なに? ゲオルタワーに縁がある人間たちを石にしてどうなるの?」

「そいつはまだわからねえな。 現時点で分かっていることは、ゲオルタワーとメデューサ、何かが点と点で繋がってるかもって事だけだ。 でもそれも可能性の話だ。 まだ他の要素や理由を検討する余地は十分にある」

「でも、これ以上奴の思い通りにもさせたくない……」

「そりゃ同感だ」

「私たちは動くしかないわね……奴が動くよりも早く」

ゼロ先輩は夕陽を見ながら静かに言った。

「じゃあ、まずは現場百回っスね」

ナナミさんがまた難しいことわざみたいな事を言う。

「ゲオルタワーに行ってみるっスか?」

僕たちは公園から出て駅に向かうことにした。


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