2 『凶事との遭遇』
電車でゲオルタワーの前まで来た。
この街では……いや、この国一番の観光スポットらしい大混雑ぶりだ。
ゲオルタワー……やっぱり近くで見るとデカいな。 真下からだとてっぺんも見えないぐらいデカい。
「さあ、登るよ」
ゼロ先輩が威勢よく言ってゲオルタワーへと歩き出す。 僕たちもそれに続いた。
通常、ゲオルタワーへ入るには予約が必須だ。 しかもこの国一番の観光スポットということもあり、予約は三ヶ月先まで埋まっているのが普通。 だが――。
「しかし、この街の学生で良かったですねゼロ先輩」
「本当。 学生証様々だわ」
エレベータに乗りながら、ゼロ先輩は自分の学生証を掲げる。
そう、ゲオルタワーに入る方法は二つある。
一つは、予約。
もう一つは、この街の学校に通う生徒の証となる学生証を提示することで、通常の入場料の九〇%オフで即日ゲオルタワーに入場することが出来るのだ。
この街に居る学生たちの多くは、例外もあるだろうがだいたい世界最高の宇宙太陽光発電タワーのゲオルギウス職員に就職するのが夢だ。
この街に移住してくる家族もそれがだいたい狙いだ。
市民権を獲得する親の苦労も絶えない。 国もそれを承知しており、将来を担うゲオルギウス専門職員を育てるための特別制度も豊富に用意してある。
その一つに、ゲオルタワー入場の最優先を学生としているのだ。 未来の就職先を身近な存在としていつでも見学できるようにと。
「まさかまたゲオルタワーに登ることになるとは」
「この間は観光気分でウキウキしてたけど、今は全然違う気分だヨ。 そうだよねリュウジ君?」
「はい。 今はメデューサを見つける糸口を探さないと」
《間もなく展望ルームです。 国内最大級の景観をどうぞお楽しみください》
この前と同じようにアナウンスがエレベータ内で流れる。
僕は気になる事をゼロ先輩に訊いてみた。
「ゼロ先輩。 千メートルの展望ルームってだいたいビル何階分ぐらいあるんですか?」
「えっとね……四十九階ぐらいかな?」
「それより先って登れないんですか?」
「リュウジ君知らないの? 千メートルから上は関係者以外は登れないんだヨ」
「あ、そうなんですか! 初めて知りました!」
「私も今初めて知ったっス」
「おいおいナナミまで? まあ……近くにあればあるものほど知りたい気持ちはなくなるか」
「他の県じゃ修学旅行はゲオルタワーが定番らしいじゃないか? この街で育った俺たちにとっては考えられないことだけど」
佐竹が言う。
「そうっスね。 私、将来は別にゲオルタワーなんかで働きたくないっス」
「この街の子供たちは親から将来はゲオルで働きなさいってプレッシャー掛けられてるからね。 可哀そうなことで」
ゼロ先輩はやれやれといった風にため息を吐きながら言った。
「そういうお前は将来何になりたいんだ?」
佐竹がゼロ先輩に訊く。 そりゃあゼロ先輩の夢は一つしかない。
「は? 決まってるでしょ! 雑誌の編集者! 記事の作成や対象の現地へ行って取材! みんなが見たことのない世界を広めるの!」
ゼロ先輩は興奮気味に言った。 佐竹はあきれながら答える。
「あのなあ。 俺たち新聞部もそうだけど、今の時代個人の情報発信力がとにかくすごいんだ。 今時出版社から出る情報なんてみんな見向きもしない。 個人運営のまとめサイトとか、フリーの取材を中心としたメディアサイトが覇権を握ってる世界だ。 出版社に所属するだけ損だぞ? そういうことがしたいなら本業は別でやりながら副業でコツコツやって知名度を上げていった方が手堅い」
「そのまとめサイトや大手のメディアサイトの情報仕入れ先はどこからだと思う? 元を辿れば全部週刊誌や専門情報誌からの引用なのヨ。 雑誌や新聞は、フリーで活動する者たちの先陣を切って取材から得た情報で記事を構成する。 その記事の人気をあやかって今情報世界を握っているフリーの人間たちが食べていけるの。 雑誌や新聞はまだまだ多くの可能性を秘めてる。 確かに多くの人への影響力は弱いけど、情報を拡散させる元になってるのヨ」
ゼロ先輩は激しく熱弁した。
この話をしだすと毎回小一時間は止まらない。 佐竹めやってくれたな。
「いい? あなたも新聞部の部長なら自覚をもちなさい。 確かにこの時代、部活みたいに紙媒体を使った情報はほぼ廃止されてるしコンビニや書店から本が消えて半世紀。 私たちも紙の媒体で情報を仕入れることは無くなったけど、でもね? オリジン! 原点を知らなきゃ新しいものは作れない! それをしっかりと心に刻むの! この部活は単なる道楽じゃない。 これも未来を創ることの第一歩なの」
「あ、ああ。 わかったよ」
「いいえその顔は分かってないね! 知ってる? 六代前の雑誌部部長!」
「いや、知らねえけど……」
「彼女は今、とあるオカルト専門誌の編集をしてるんだけどね。 彼女の作った記事は偉大だよ。 大手出版社が今までしてこなかった新しい手法で記事を作り、まとめサイトやフリーのメディアサイトを介入させずにPVを獲得してるんだから。 単に情報の質だけで勝負してるのに、やり方次第で物凄い注目を集めることが出来る! いつだって時代の先駆者は人がやらない事をするの。 今私たちが部活を通して経験しているこれは、そんな彼女のように一つの時代の先駆者となるような――」
「ゼロ先! 着いたっスよ!」
気づくとエレベータは展望ルームに到着していた。
「あらもう? でもタクヤ君には部長同士として話しておかないといけねい事があるからもう少し時間をくれる? それでタクヤ君。 その六代前の雑誌部の部長なんだけど名前が――」
「ゼロ先輩! その話後で僕たちもゆっくり聞きたいんで、もっと静かな所に場所を移してからにしましょう! 今はチャチャっと現場を調べて」
「あ、それいいネ! わかった!」
ゼロ先輩は嬉しそうにエレベータから出ていく。
「ふう」
「赤井……だったか?」
佐竹が僕の名字をボソッとつぶやく。
「え? ええ」
「助かった……恩に着る」
「いいですよ。 佐竹さんも僕たちの身になってください。 あの手の話題になるとゼロ先輩止まらないんですから」
「お前たち、けっこう苦労してるんだな」
「別に。 僕はゼロ先輩の話好きですから。 ただ他の人はどうかわかりませんけど」
僕もエレベータを出る。
展望ルームはこの前と同じように夕陽に照らされ、窓からはこの街の全貌を見ることができた。
「うわ……すごい」
ナナミさんが展望ルームから街の様子を見て息をのむ。
「ナナミさん、もしかしてゲオルタワーに登るの初めて?」
ナナミさんは頷く。
「私、この街で生まれ育ったんですけど、このタワーには一回も登ったことないんです。 ゼロ先は取材で以前に何回か上ったと言ってましたけど、なんか……この景色を見たら人生観変わっちゃうかもって言ってる人の気持ち……分かった気がします」
「今日は来れて良かったね」
「そうですね。 私も読書だけじゃなくて、もっと世界の色々な所を見て回りたいなあ」
「じゃあ、これからそうすればいいよ」
「さて、何か気づいたことは?」
佐竹が僕やゼロ先輩に向かって言う。
「いや、なんにも」
「いや早いな」
「そういうタクヤくんは何か気づいたところあるの?」
ゼロ先輩は言いながら持っているカメラで街の風景をパシャリと撮る。
「いや、ただ……この前取材で来たあの時も思ったんだが、ゲオルタワーに異常が起きているんだ。 それは今も変わらない」
「異常?」
「例えばこの携帯」
佐竹は自分のスマホを取り出してみんなに画面を見せた。
「見ろ。 圏外になってる」
僕たちは自分のスマホの画面を見てみた。 佐竹のスマホと同様、圏外になっている。
「そして、照明」
今度は天井の照明を指さす。
夕陽で眩しかったから前回は分かりづらかったが、よく見てみると照明が明滅しているのが分かる。
「これは……」
「それから、お前たちも知っていると思うが、十八時に流れる時報だ。 本来時報は十七時に流れていたのに、あの日を境に時報は決まって十八時に流れるようになった。 俺も散々調べたがネットでもニュースでも取り上げられていない。 この国の国宝級の街で一時間ズレのある時報が今だに直されていないんだ。 何かあると思わないか?」
《――Should auld acquaintance be forgot, and never brought to mind Should auld acquaintance be forgot, and days of auld lang syne〜》
丁度その時、街の時報が流れた。
スマホの時刻を確認する。 やはり十八時だった。
「確かに……あの日を境に?」
ゼロ先輩の眉間にしわが寄る。
「そして、メデューサが姿を現し始めた時期とも一致している……。 何か関連があると思わないか?」
こじつけ……とは到底思えない。
「ゼロ先輩、時報はどこで管理してるんですか?」
「たぶん、街の市役所とかだと思うけど」
「それについてはもう調べがついてる」
佐竹は天井へ向けて指さす。
「時報はここで管理している」
「ここって……このタワーで?」
「ああ。 お前たちも知っていると思うが、ゲオルタワーは世界でも有数の高性能人工知能が管理しているんだ。 各施設へのエネルギー供給、有事の際の緊急通報といった適切な判断を人工知能が瞬時に行う。 この国の最重要機密データなんかもこのゲオルタワーの人工知能が一括管理してるって話だぜ?」
「その情報管理の話……ネットではけっこう有名だけど、国は否定してるんスよね?」
「いんや。 否定も肯定もしてない。 一部の情報を扱ってるって事は明言してるけど、一部っていうのがどのぐらいの規模なのかは分かっていない」
「でもまあ、各施設のエネルギー供給の効率化なんかは人工知能……Aiが行っているというのは公式だよネ。 パンフレットにも書いてあるし」
ゼロ先輩はどこから持ってきたのかゲオルギウスのパンフレットを片手に言う。
「そう。 それでこの時報のことも調べてみたら、この時報の選曲はもちろん、流す時刻や各所のスピーカー音量、すべてこのゲオルタワーのAiが行っているらしい」
「すごいなそれ」
まさか街の時報までもAiが管理しているとは。
「まあ、そんな高性能なAiが作業もすべてしてくれるから、人による運営は本当に少数らしい。 聞くところによると、警察や救急車といった公共の緊急通報で電話口に出るのもこのゲオルタワーのAiらしいぜ? 俺はまだ電話したことないけどな」
僕は先日の津田家やハスミ姐さんの実家で警察に電話を掛けていたことを思い出す。
しかし電話口に出たのは人間の声だったと思うが、まさか。
「確かに便利だけど、機械に全部任せるのはちょっと不安ですね」
僕は思いついた疑問を口に出してみた。 ゼロ先輩が反応してくれる。
「確かにそうだけど、でも人間も人間で中々信用できないヨ?」
「どういうことですか?」
「ほら、人間は判断ミスっていう最大の欠点があるじゃない? その点機械にはそれがない。 それに人間だと情報伝達に時間が掛かる。 特に災害時とか緊急を要する時に、適切な場所へ、適切な数、そして適切な情報を機械なら瞬時に行ってくれる」
「ああ確かに」
「街の至る所に防犯カメラがあるのは知ってるよネ? その膨大な数のカメラの映像を人間が逐一チェックなんてできないから、Aiが見て不審者や事故などがあったら通報してるらしい。 これはこの街に限ったことでは無いけどね」
「すご」
「あと、機械なら人間みたいに隠し事もしないしね? 例えばミスを隠蔽したりとかさ」
「確かに確かに」
「そういうことだ。 どこまでこの街をAiが管理しているかは分からないが、それは確実に俺たちの生活へと密接に関係してるんだ」
少し調べればこれだけの情報が出てくる。 まったく、今までこの街に住んでいてろくにゲオルタワーなんて調べもしなかった自分が少し恥ずかしくなった。
「じゃあ、そのゲオルタワーが時報の時刻を変えてるって解釈でいいんスよね? 一体なぜゲオルタワーはそんな事を?」
「わからない。 一応関係者には聞きこみしてみたんだが、Aiはさらに上の人間が厳重に管理していて、一般の職員じゃAiに何か異常があっても情報が回ってこないらしい」
「その上の人間ていうのは、どこに?」
「たぶん、この上だと思う」
ゼロ先輩は天井を指さす。
「タワーの千メートルよりさらに上がゲオルタワーのAiが管理されてる場所だと思う」
僕たちは上を見上げる。
「でも関係者しか入れないならお手上げですよ」
「あれ見て?」
ゼロ先輩が指さした先にあるのは、展望ルームの隅にあるエレベータだった。
エレベータの上には『上り専用』と書かれており、横には『関係者以外立ち入り禁止』の立て看板が立っている。 周りには係りの人らしき人は居ない。
「ここより上に昇るエレベータですか。 確かにあれなら登れますけど……関係者じゃないと無理ですよ」
僕はゼロ先輩にそう言ったが、ゼロ先輩はあれこれ思案に耽った顔をしている。
「どうしたんですか?」
「タクヤくん覚えてる?」
「あん?」
「二年前……雑誌部と新聞部の初のコラボ企画の時の……ほら、ヨシミ元部長と伴坂元部長のエレベータ乗り間違え事件」
なんだその呑気な名前の事件は。
佐竹はしばし逡巡し、あ~と思い出したように口を開く。
「覚えてるぜ。 あの時は焦ったよな! 急に二人とも居なくなるんだからよ」
「なんスかその乗り間違え事件て?」
ナナミさんが興味津々に聞く。 僕も気になる。
「私がまだ一年の頃の話なんだけど、雑誌部と新聞部合同で記事を書くことになってね? その内容がこのゲオルタワーに関する記事で、雑誌部と新聞部のメンバー全員でこの展望ルームまで登ったんだよネ。 それでちょうどこの窓際でガイドさんへインタビューをしている隙に、新聞部と雑誌部の部長が忽然と姿を消してね」
「ああ、気づいた時には居なくなってたから慌てたよ」
「当時はあまり入場整理とか行き届いてなかったから周りの観光客の数が凄くて、展望ルームも人でごった返してたんだよ」
「ああ、だから俺たちは二人が人垣に飲まれてしまったと思って探したんだ」
「みんなで展望ルームを探したんだけど、どこを探しても居なくてね」
「んで結局居たのが、この関係者用の昇り専用のエレベータの中」
「な、なんでそんな所に?」
まさか記事に書く情報が欲しくて不法侵入? 僕はきな臭さを感じた。
「いや、それがね、くっくっく」
ゼロ先輩がおかしそうに笑う。
「どっちかは覚えていないんだけど、展望ルームで気分が悪くなって急いでエレベータで下に降りようとしたらしくて、それを片方が止めようと追いかけたら間に合わなくて二人でこのエレベータに乗った瞬間に扉が閉まっちゃってね! そのまま上の階にまで昇っていっちゃったらしいんだよ!」
「んで、エレベータ内でAiによるチェックがあって、当然ながら上へは昇れませんってなって半分まで昇ったけど途中で引き返してきたわけだ」
「いや~あの時は焦ったね!」
「ああ」
二人は懐かしそうに顔を見合わせる。
「新聞部と雑誌部それまでは結構雰囲気悪かったけど、あの件以来部長同士も仲が良くなっていったんだよな」
「そうそう。 私はエレベータの中で部長同士が死闘を繰り広げた末の友情だと思ってるよ。 前の坂本元部長もそう言ってたし」
「真相はあの二人にしか分からないけどな。 まあエレベータ内で何かがあったことだけは確かだ」
ゼロ先輩、佐竹、二人が笑い合っている光景を見るのは初めてだ。 僕とナナミさんはお互い顔を見合わせる。
僕の思っていることと、ナナミさんの思っていることは一緒らしい。
「てなわけでリュウジ君。 あのエレベータね、仮に間違って乗っていったとしても大事にはならないから安心して」
「ああ、間違って乗ってしまっても大丈夫だな」
「ちょっと待ってください。 それって間違えたふりをして乗るって事で――」
「シーー!」
ゼロ先輩は人差し指を口の前に当てて遮る。
「大きな声で言わない! いいね?」
「マジですか」
ゼロ先輩はエレベータの前に来ると何食わぬ顔でボタンを押した。
あくまで間違えてる人の体だ。 なんという度胸。
エレベータの扉が開く。
僕たちはさも間違えに気づかぬ学生の如く乗り込んだ。
……いやさすがに四人も居て間違いに気づかないのはおかしいのではないかとも思うが仕方ない、間違えているんだから。
偶然みんなが間違いに気づかない事だってある。
……そう僕は心に言い聞かせる。 何もお咎めありませんように……。
エレベータは上昇を開始する。
エレベータ内は緊迫した空気で包まれた。
そういえばAiによるチェックがあるとか言っていたな? このあと何かあるのだろうか。
≪こちらは、ゲオルギウス中枢Aiです≫
突然、アナウンスが流れる。
先ほどまでの機械音声とは違い、肉声に思える口調だった。
≪現在、ゲオルギウス内部で緊急事態発生中につき、上層百階までを一般開放中です≫
「緊急事態?」
……不穏だな。 僕たちは顔を見合わせる。
≪危険物の所持が無いか確認します≫
そこまで言うとしばらく無音になる。
「たぶん、今全身をスキャンしてると思う」
ゼロ先輩が小声で説明してくれる。
≪危険物は確認できませんでした。 エレベータ搭乗者ID確認……美鈴田区市民と照合。 乗員四名。 黒澤零、佐竹拓也、赤井竜司、芹澤七海と照合……一致しました≫
「すごい……名前まで?」
なんてハイテクなAiなんだ。
≪エレベータはこのまま上昇を続けます。 百階までおよそ五分で到着します≫
「え? 本当に上に行けるんスか?」
ナナミさんが驚いたように言う。
「あ~……Aiさん?」
ゼロ先輩は少し上へ頭を向けて話す。
≪はい、どうしましたか?≫
こ、応えてくれる!?
「えっと、あなたはAi……ですか?」
≪はい、ゲオルギウス中枢Aiです≫
「さっきゲオルギウス内部で緊急事態発生って言っていましたけど、何があったんですか?」
≪端的にお答えしますと、中枢Aiへのプログラム不正侵入、二名の危険因子の侵入、そして外的要因からの電波干渉、ゲオルギウス下層部の装甲の損壊、以上四点が要因です≫
何か色々やばいワードしか出てこなかったんだが!
「つまり何が起こってるんだ? わかりやすく!」
佐竹がイラついた様子で聞く。
≪落ち着いてください。 つまり私、中枢Aiの機能を制御し、自立行動を乗っ取る事での情報の抜き取り、加えてシステムダウンを目論む侵入者がこの上で活動しているということです≫
「それってまずいんじゃ……」
≪はい、非常に危険な状態です≫
「上の人たちは……職員は居ないの?」
≪ゲオルギウス関係職員は皆、約十年前にゲオルギウスから退場したままです。 それ以来このゲオルギウスには入場していません≫
「つまり職員が誰もいないってこと!?」
≪はい≫
十年前……職員が居ない……侵入者……どうなってるんだ?
「ゼロ先輩、ヤバくないですか? つまり、この上に二人の……よく分からない不法侵入者が居るって事ですよね?」
「そう言ってるね」
「もしかしたらメデューサかもしれない」
佐竹が言う。 僕の背筋に寒気が走る。
「引き返しましょう!」
僕は叫んだ。
「この上にメデューサが居るなら、あとは警察に言えば捕まえてくれますよ! 僕たちだけで行くのは危険です」
「いいえ、引き返さない」
「何でですか!」
「いい? 何とか袋小路に追い込めたんだ。 ここで捕まえて、奴に目的を吐かせる! そしてみんなを元に戻す!」
「危険です! 第一どうやって捕まえるんですかあんな得体の知れない怪物を! 何か策があるんですか!」
「ないけど! 嫌なら上に昇った後でリュウジ君だけ下に降りな! 私は一人でも行くから!」
「俺も行く。 せっかくのチャンスなんだ」
「……」
くそダメだ。 ゼロ先輩言っても効かねえ……! こういう所ホント頑固!
「わかりましたよゼロ先輩……その代わり、僕が前に出ます。 ゼロ先輩は後ろに居てください」
「お、かっこいい」
ナナミさんが場にそぐわず茶化す。
「仮にも雑誌部の突撃取材班の班長です! 僕が前に出ます!」
班長といっても僕一人しかいないわけだが。
「リュウジ君のそういう所好きだよ」
「へ?」
突然ゼロ先輩がドキッとする事を言う。
「そういう、いざとなったら頼れる所が好き」
はあ……この人はなんでこうも……いや、今は目の前のことに集中しよう。
ゼロ先輩が退かないのなら、僕はさらに退いちゃいけない。
「ゼロ、そういうのは二人だけの時にしてくれ」
さらに佐竹が横から水を差す。
「雑誌部最高の突撃取材班リュウジ君。 かっこいいでしょ? 彼エースなんだゾ」
「ふん、悪いが赤井……そのお前の前は俺だ。 俺が先頭に立つ」
佐竹はそう言うと僕の前に立った。
≪ありがとうございます。 止められるのはあなた達しか居ません。 侵入者を見つけたら至急排除してください≫
「あ? ああ。 というか、警察とか関係者はこのこと知ってるの? Aiさん」
≪事態を知っているものはこの街に二名居ますが、その他で今回の件を知っているのはあなた達だけです≫
「どうして助けを呼ばないんだ?」
≪この街の人間以外は敵だからです≫
ちょっと意味が分からなかった。 この街の人間以外全員敵? 何を言っているんだ。
「それってどういうこと?」
ゼロ先輩が聞く。
≪間もなく百階に到着します。 話している時間はあまり無いように思います。 エレベータを降りたら目の前の扉を開けてください。 扉のロックはすべて開錠済みです。 まっすぐ通路を進むと管制室があります。 その中に当該侵入者二名が居ます。 二人を排除してください≫
「とにかく、今はその二人を何とかするしかなさそうだな」
二人って事は、もしかしたらメデューサは二人居るってことなのか? それだとかなりヤバいな。
間もなくすると、エレベータの扉が開いた。
僕たちは足早にエレベータを降りる。 室内は薄明りで、あまり光源がなく目の前が見えづらい。
慎重に目の前を確認すると、自動ドアらしきものが開け放たれている。
恐らくAiが開けたのだろう。
僕たちは目の前を注意深く伺いながら慎重に進んでいった。
暗がりの通路をしばらく進むと、開け放たれた扉があった。
恐らくこの部屋が管制室だろう。 空間が広がっているように感じる。
佐竹は一足先にその中へと入る。 僕たちも続いた。
「!?」
これは……!?
部屋の中は機械だらけで、正面には大きなモニターがあった。
モニターに映し出されているのは『ゲオルギウス』と思われる全景フレームと、その横には海上に建てられている『ヴィータ』の全景フレーム?
ゲオルギウスの全景フレームの下方側が赤く点滅しており、ヴィータの方はフレーム全てが赤く点滅していた。
そして……管制室の中には役七人ほどの人影があった。
エンジニアやオペレーターだろうか?
「彼らを見て? まったく動かない。 たぶん石にされてるんだ」
ゼロ先輩は小声で言う。
確かに見ると、不自然な姿勢で椅子に座る人や恐怖の表情で立っている人がいた。 その人たちが動く気配はない。
「おい、あれ!」
人に紛れて気づかなかった。
管制室のモニターの目の前に、フード付きのコートを着た人影がスクリーン前のパネルの前で、キーボードをカチカチと打っていた!
まさかメデューサ!? メデューサはこの機械も扱えるのか?
≪無駄です。 操作を中断してください≫
「黙れ。 Aiめ」
どうやらアイツ……メデューサはゲオルギウスのAiと喋っているようだ。
初めて声を聴いたが、どうやら人語は喋れるらしい。 そして女性の声に思える。
「おい……今なら後ろから近づいて、奴を捕まえることが出来るぞ」
佐竹が僕たちに言う。 ゼロ先輩は黙って頷いた。
「お前たちはここで待ってろ。 俺が奴を捕まえたら、一斉に出てきて飛び掛かれ」
「OK」
ゼロ先輩は親指を立てる。
佐竹はゆっくりと機械の物陰から出ていき、メデューサへ接近していく。
メデューサはまだAiと話しながらもキーボードをカチャカチャと打っている。
≪分かっているはずです。 もうすべてが終わったんです。 あなたも楽になったらどうですか?≫
「楽になるのはお前だゲオルギウス。 もうじきすべてが終わる。 この街の、私が求めていた世界がようやく……」
≪それはあなたの思い違いです。 あなたが居なくても、この世界は回り続けている。 ずっとこの先も、永遠に。 あなたの好きなようにはさせません。 私は全力であなたを止めます≫
「できるものならやってみろ」
≪できますよ。 この街の救世主が四人。 あなたの首を狙っています≫
「なに――」
メデューサは後ろを振り返る。 まずい――!
「うおおおお!」
佐竹が猛烈なタックルをかます。
――だが、メデューサはそれを直前で避け、佐竹はパネルに激突した。
「佐竹!」
ゼロ先輩が飛び出していく。
あ、くそ! 何悠長に見てるんだ僕は! 僕も物陰から飛び出した!
「馬鹿な……」
メデューサはそうひとこと言うと、管制室の奥の扉へと走って出ていく。
「逃がすか!」
角に頭をぶつけたのか、佐竹は頭から血を流しながらも立ち上がってメデューサの後を追いかけ扉の方へと入っていった。
※
逃がすか! 逃がすか! 逃がすかッ!
あいつに新聞部の仲間は! あいつにこの街の人間は!
奴の好きにはさせねえ! 絶対捕まえてやる!
俺は階段を登る! メデューサはすぐ上に居る! ここで逃がしたらもう後はねえ!
階段を登る! 登る! 登る!
……そして――追い詰めた!
俺が踊り場まで来た時、階段の最上階に、奴は居た!
後ろに扉が見えるが、出ていく気はなさそうだ。
「おい! もう観念しろ! 俺の仲間や街のみんなをよくもやってくれたな! テメエには色々聞きたいことがあったんだ!」
俺は奴へと歩み寄るため階段を一段上がる。 その時――。
「馬鹿な男」
「……?」
メデューサは俺にそう言った。
「お前たちはいつまで夢を見る?」
メデューサはフードに手を掛けた。
そして徐々にその顔を晒していき、フードは目元まで露わになる。
――その時、言い知れぬ恐怖を体全体で感じた……!
怖い……怖い……足が急に動かなくなる!
ああ怖い! 俺はその先を見たくない。
奴の顔を見たくない。 でも目も逸らせない! なぜだ!?
体がまるで石のように動かない! なぜだ! まだ見られていないはずなのに!
なんでこんなにも俺の体は動かないんだ!?
「でも安心して……佐竹拓也?」
俺の名前を……なぜ!?
「すぐにその魂を開放してあげるから……!」
そう言うと、メデューサは一気にフードを上げる。
動け! 動け! 俺の体! あ、あぁ……ああぁあ!
※
「この階段どこまで続いてるんでしょう!?」
「さあ!? とにかく今はタクヤくんを! アイツ……無茶するんじゃないよッ!」
僕たちは階段を一通り登り終え、上階へ目をやる。
明かりが差していた。 もうじき最上階らしい。
「タクヤ! タクヤ!」
ゼロ先輩は叫びながら階段を登り、やがて――。
「タクヤぁあああ!?」
階段の最上段へと昇る途中の踊り場に佐竹は居た。
目を見開き、恐怖で顔を引きつらせた表情。 そして、体はピクリとも動かない。
「佐竹……!?」
もう手遅れであると悟るのに、それほど時間は掛からなかった。
「畜生おお! メデューサぁあああ!」
ゼロ先輩は叫びながら上階の開け放たれた扉へと走っていく。
僕とナナミさんも後へ続く。
階段を登り、目の前の光の先へと飛び出した!
……開けた空間が現れる。 どうやら屋外のようだ。
そこは広間のようになっており、端っこには上へと続く通路が伸びている。
その通路は空中廊下といった表現が正しいか。
ドーム状になっており、廊下はゲオルギウスを取り囲むような設計で曲がりくねった曲線をしている。
左右を柵で囲まれており、その柵から外は夕陽で照らされる街が広がっていた。
廊下は上り坂になっており、ここから千メートル先の頂上へと続いていると見られる。
目の前には、メデューサが居た……。
「おい! お前!」
ゼロ先輩はメデューサに呼びかけると、持っていたカメラで写真を撮る。
パシャリ。 フラッシュが焚かれたが、メデューサは微動だにせず通路の端っこで僕たちを見ている。 フードを被っているので目元はよく分からない。
「お前、何者だ? 街のみんなを石にして、何が目的なんだ?」
「……」
「なんとか言え!?」
「ゼ、ゼロ先輩! ちょっと落ち着いてください! ここは僕が!」
僕は緊張しながらも一歩前に出る。 ここはまず全人類の基本から行こう。
「……Hello? My name is Ryuji!」
バシ! 頭に衝撃が走る。
「バカ! なに自己紹介してんの! てかさっき普通にこいつ日本語喋ってたよね!?」
「いてて……いや、話し合いにはまず自己紹介からだと思って……」
「話し合える相手か甚だ疑問だけどね! おいお前!」
ゼロ先輩はメデューサを指さす。
「私たちはお前の事をメデューサと呼んでる! 街の人々を石にしてるからだ! なぜそんなことをする? お前の目的はなんだ!?」
「……」
メデューサは沈黙を貫いている。
「リュウジ君。 ここに居て! あいつ捕まえる!」
ゼロ先輩は身を乗り出し、飛び掛かる体勢に入る。
「ゼロ先輩! ちょっと待ってください! 危険です!」
「いいから! 私が石にされたら、後は頼んだよ!」
「ゼロ先輩!」
「うぉおおおお!」
ゼロ先輩はメデューサへ突進していく!
メデューサとゼロ先輩の距離が縮まっていく!
間もなく二人が接触すると思った瞬間……メデューサから閃光が発して視界が眩んだ。
「うわ!?」
ゼロ先輩はそのフラッシュのような光にたじろぎ、突進を中断する。
「なんだ!?」
眩んだ視界が徐々に元に戻りかける途中、メデューサが後ずさり……その身を柵の向こう側へと投げ出す。
「やめろ!?」
僕たちは柵へと駆け寄り、その下を見る。 下には地上から二千メートルを落ちていくメデューサの姿があり、その姿は下降と共にどんどん小さくなっていった。
「馬鹿な!?」
呆気に取られて僕たちはその場で身動きを取れないでいると、後ろから気配がした。
「奴はパラシュートを付けてる。 大丈夫だ」
「!?」
男の声。 僕たちは驚いて振り返る。
後ろに立っていたのはコートを着た男だった。 髪はポニーテールで、顔の表面を目と口だけ露出した黒いマスクで覆っていた。
「だれ!?」
僕たちは身構えた。
まさか、こいつがもう一人のメデューサ!?
男は両手をあげる。
「私は敵じゃない。 むしろ、君たちの味方だ」
「味方? どういうこと?」
もちろん、そんな話をすぐに信用するほど僕たちはめでたくない。
「君たちが追っている存在。 ああ、メデューサだったか? 私も彼女を追っているんだ」
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