第8話 お告げって本当にあるんだね


「俺と浅葱と、あと二人いた仲間は、お告げによって選ばれた魔王討伐隊だ」

 彼の話は、傷の手当てを行いながら聞くことにした。

 ボロボロの怪我人に、ただ話をさせるなんてあんまり気分が良くないから。

 包帯と薬は、少しならアタシの楽器ケースに入っていた。

 これはアタシのじゃなくて、青さんが持っていたものをこのケースに保管して、魔法で補充したものだ。

「お告げ?」

 お藤さんが問う。

 彼女は立ったまま、辺りを警戒して柄に手を当てている。

 全員が手当てをしていたら、隙が出来てしまうから、と。

「ああ。この世界では、重大な危機の際にお告げを受ける。

 そのお告げに定められた者が、世界を救うことになっている」

 青さんが、腕に薬をかける。

 彼は顔を歪めながらも(「これ相当沁みるからね」と青さん)話を続けた。

「だから俺たちはそのお告げの通り、この魔王の根城に乗り込んで……」

 ふ、と彼が息を吐いた。

「……最初は上手く行っていた。順調に魔王の元へ上りつめた。

 誰もが、勝利を確信していた」

 彼の顔がまたも歪められたけれど、これは多分、傷の痛みでは無い。

「だが、魔王は予想以上に強かった。初めに仲間の二人があっさりと殺された」

 喪失の痛みだ。

 彼の声は低く、後悔に満ちていた。

「俺と浅葱は、何とかそのあとも戦い続けたが……」

 声が、震える。

「魔王が、浅葱の胸を貫いた」

 見開いた彼の眼から、ぼろぼろっと涙の粒が零れた。

「その瞬間、浅葱は最期の力を振り絞って俺を屋上から吹き飛ばした」

 彼は一度、ギュッと強く眼を瞑った。自分の見たものを拒絶するように。

「俺は咄嗟に転移魔法を使い、この階へと避難したんだが……」

 それから開いた眼には、もう涙は滲んでいなかった。

 代わりに深い絶望が、アタシたちにも見て取れるくらいくらく湛えられていた。

「魔力を使い果たし、今まで気を失っていたようだ」

「……もしかしてアタシたちが異世界召喚されたのって」

 アタシは聞いた。

「恐らく、お告げの通り『浅葱』に魔王を討ち取らせるため。

 違う世界の『浅葱』であるあなたたちを呼んだのだろう」

「ふん。無理矢理な筋通しだな」

 お藤さんが、つまらなさそうに言った。

「ねえ、あなたのさっきの言い方だと、まだ浅葱さんは生きている可能性がありそうだったけど?」

 青さんの問いに、彼は眉を切なげに寄せる。

「俺が吹き飛ぶ瞬間、浅葱の胸が淡く緑に光った。

 あれは治癒魔法の光だ」

「なるほど。治癒魔法を使って、間一髪助かってるかもって思ったのね」

 アタシは言った。

「ああ。

 しかし、あなた方がここに呼ばれたということはもう、死んでいるのかも知れない……」

 彼の眼がまた一段と深く昏くなる。

「でも、まだ分からないからさ。一緒に上に行かない?」

 だから、つい誘ってしまった。

 決戦の場なんて、本当は誘うべきではないのだろうけど。

「白」

 案の定、お藤さんが渋い顔になる。

「だぁって、こういうのって自分の目で確かめたいものじゃない?

 それに、上への案内人も居たら安心だし」

 どう? と彼を見る。

 彼の瞳に、一筋チラリと光が射した。

「俺で良ければ、是非連れて行って欲しい。

 魔物探査も出来るから、守りの手薄なところを案内出来る」

 アタシは、お藤さんを振り返った。

「ほら♪」

「まあ、悪くは無いね」

 青さんも賛同してくれた。

「どうする、藤さん」

「……仕方あるまい」

 青さんに聞かれ、お藤さんはため息を吐きつつ了承した。

「おい、付いて来るのは構わんが、自分の身は出来る限り自分で守れ」

「! ありがとう! もちろんそうする」

 出来る限り、というところに、彼女の人の好さを感じる。

 たぶん、彼が自分の身を守れないときは、面倒くさそうにしながらも助けてあげるのだろう。

 とんでもなく短い付き合いだけど、何となくそう察せられた。

 素直じゃない奴め、とこっそり笑うと見咎められ、「何を笑っている」と訝しがられたので慌てて誤魔化した。


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