第3話 ここに来るまで何してた

「……しかし半強制的に魔王討伐を引き受けたわけだけど」

 アタシは、ため息を吐いた。

 ちなみに今は、階段室にいる。

上まで続く非常階段を、延々上っているところだ。

 残念ながら、表のエスカレーターや階段は、三階までしかなく、あとはエレベーターで昇るような仕様だったのだ。

 エレベーターだと敵の襲撃があった場合、色々詰むということで、こちらを選んだ。

 敵が居ないのは助かるが、しかしあの高さを上るのかと思うと、ちょっと気が滅入る。

 一番上が、確か四十階とか書いてあったぞ。

「まさか、呼ばれてすぐ魔王のアジトに飛ばされるなんてねー」

 正しくは、魔王のアジトになってしまった高層ビルの真ん前だ。そこから既に敵さん(魔物)がうじゃうじゃアタシたちを待ち構えていた。

 時刻は夜ではなく、昼。

薄曇りの午後だった。

あの星空空間は一体何だったのか。

「しかも、勇者が魔王に倒されたから、その補充っていうのが、何ともね」

 青さんが言った。アタシはうなずいた。

「ゲームとか漫画だと、もっとこう、徐々に魔王の城に近付く感じじゃない? それで、仲間の信頼度も上がってくみたいな?」

 道々話しながら知ったけど、二人の世界とアタシの世界はそこまでめちゃくちゃ変わってはいなくて、漫画やゲーム、建築物の感じなどは似通っているらしかった。

「ふん、くだらん」

 お藤さんが、鼻を鳴らした。

「俺にとっては、この時間も無駄だ。早々にお嬢様のところに帰りたい」

「お藤さんは、そればっかりだねー」

 ちなみにみんな同じ顔、同じ名前なので、身に付けている服から色で呼び合うことにした。

 お藤さん→藤色のネッカチーフから(お嬢様の好きな花の色だと誇らしげに語られたが、逆に私と青さんは引いてしまった)。

 青さん→青いマフラーから。

 アタシは、白。白いネクタイから。

「とっても大事な人なんだね?」

 青さんが、お藤さんに言った。

「当たり前だ!」

 お藤さんが、大きく頷く。

「お嬢様は、俺の命の恩人だからな」

 今までの声とは違う、静かな声で彼女は続けた。

「幼い俺が野垂れ死にしそうになったところを見付けて、救って下さったのが、お嬢様だ。それだけではなく、俺を世話役として抜擢して、仕事もお与え下さった。ひ弱だった俺を鍛え、一から剣術を仕込んで下さったのも、お嬢様だった」

「……お嬢様のお家って、その、裏稼業的な……?」

 普通のお嬢様は、あのレベルの剣術を誰かに仕込んだりしない。

「失礼な。ギリギリ違う」

 ギリギリって何だ。そして、失礼と言う方がそちら方面に失礼では。

「とにかく。以来ずっと俺は、お傍でお守りさせて頂いている」

 静かな声だが、そこには確かな温もりが込められていた。

 絶対的な信頼、思慕……そのようなものが。

「そりゃあ大事な人だ」

 アタシは言った。

 お藤さんはまた頷いて、それから。

「……今、お嬢様は命を狙われている」

 沈んだ声で言った。

「不埒な輩から御身をお守りするため、地下通路へお逃がしし、自分はその入り口を守っていたのだが……」

「ここへ来てしまったと」

 青さんが言った。

「……僕も似たようなタイミングでこっちに連れて来られたな」

 アタシは、そちらを見た。

「そうなの?」

「うん。僕はちょうど逃げる仲間のために殿しんがりを守っていて……気付いたら、ここに」

 逃げる仲間ねえ。

「何? テロリストとでも戦ってたの?」

「うーん。たぶん向こうからしたら、僕らの方がテロリストかもね」

 青さんが肩をすくめた。

「僕らの『開和日本』では、文化芸術そして学問は民間に不要って断じる政府派閥があるんだ」

 それはもう政府じゃないのよ。蛮族よ。

「そこと僕らの『文化死守機構』が日夜闘ってる。僕は、その組織の駒の一つさ」

今回も、博物館を壊そうとする奴らの動きを止めるために動いてた、と青さんは淡々と語った。

「政府のくせに、やってることテロリストじゃん」

 この前倒したテロリストが、そんなことをしようとしていた。

「でもそっかー。二人もそんな感じなのね」

「じゃあ白もか」

 お藤さんが問う。

「そ。アタシの場合は、テロリストとのドンパチ中」

 マガジンを装填して顔を上げたら、もうあそこに居た。

「アタシ、スパイとかテロリスト専門のお巡りさんだから」

「はあ? 未成年の警察官が居るか」

「アタシの世界だと、しかるべき試験を受けたら入れるんですぅ。おら見ろ、警察手帳だ!」

 まあ、うちの部署限定だけど。

「しかし、異世界転移も、もっと考えて欲しいものだな」

 お藤さんが、またもため息を吐きつつ言う。

「こっちもこっちで、ピンチで余裕なかったんでしょ」

 青さんが仕方なさげに応えた。

「しっかしなー。せっかくの異世界転移なのに色々味気ないわ。魔王のアジトが、うちの世界にもあるビルだし」

 何で天空ビルヂングなのよ。

 アタシは言った。

「ああ、そちらにもあるのか。うちにもある」

「僕のとこにも、これあるね」

 どうやら、多次元世界共通の建物らしかった。

 U字を逆さにして、地面に突き刺したみたいな形のビル。ガラス張りで、青々としたビル。

「味気ないわ~」

 アタシがそう言うのと、

「味気なくとも、敵さんには関係ないみたいだよ!」

 バシュバシュバシュンッ

 ドドドドッ

 上からの攻撃に、青さんが応酬するのは同時だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る