第2話 君は土下座する猫を見たことがあるか


「は」

「え」

「わお」

 アタシたちは、初めて顔を合わせた。

 上下左右、すべてが星空の空間で。

「何で「アタシが」「俺が」「僕が」もう二人居る!?」

 三人とも、当たり前だけど、そう叫んだ。

 アタシ……? 俺……? 僕……?

 叫んだあとに、聞き慣れない自分の一人称に、同じように首を傾げる。

 自分の顔と声で、絶対言わない一人称を言われるって何か変な感じだ。

 お尻のあたりが、もぞもぞする。

「良かった、皆さん、お目覚めになったんですね!」

 まったく別の声がした。

 三人そろって、そちらを見る。

 そこには、二足歩行のにゃんこが居た。

 嘘では無い。

 三歳児くらいの大きさの、でかいにゃんこが、二本足で立っていたのだ。

 ちなみに三毛猫さんで、赤い長靴を履いている。

「初めまして、私の名前はキノ。皆さんの案内人を務めさせて頂きます」

 にゃんこ改め、キノはそう言うと深々とお辞儀をした。

「どうぞよろしくお願いしま」

「どういうことだ!」

 そんなにゃんこに食って掛かる執事娘。

「俺は、お嬢様の退路を守るため、地下通路の入り口にいたはずだ!」

 ぴえっと猫が怯えたように一歩下がった。しっぽがブワッと広がっている。可哀想可愛い。

「何故、こんな変てこなところにいる!」

 彼女は、大声で言うとブンッと手を振ってあたりを指し示した。

 改めて、私ともう一人は周辺に視線を巡らせた。

 あたり一面、見渡す限り、星が散らばる夜の空。

 上だけじゃない。

 下も、横も、本当に、すべて。

 ちゃんと地面を踏んでいる感触なのに、足の下には星空が広がっている。

「確かに、ヘンテコだねー」

「これって浮いてるのかな?」

 もう一人も、冷静にアタシに応えた。

「しかも、俺と同じ顔してる奴らと!」

 ビシッと指を差され、流石にムッとした。

「それはこっちの科白でもあります~」

 アタシはそう言うと、同じように指を差し返す。

「何その恰好。執事のコスプレか~?」

「コスプレじゃない! 執事だ!」

「何だー? 執事喫茶にでも勤めてんの?」

「ホ・ン・モ・ノ・だ!」

「失礼な、執事喫茶の執事も本物だよ多分。てか執事喫茶知ってんのね」

 言い合うアタシたちの後ろから「あの、その」という気弱な声がした。

「君たち、その子が困ってるから、とりあえず話を聞かない?」

 もう一人の子が、見かねたように口を出す。

 彼女の傍で、可哀想に、キノが耳を垂れて小さくしょぼくれていた。

「そうだねー。ごめんね」

 申し訳なくて、アタシはちゃんとかがんで謝る。

「チッ」

 執事娘は、極まり悪げにそっぽを向いた。

 いや、ちゃんと謝りな?

「……じゃあ、ご説明しますね」

 けれど、キノは気にした風も無く、こほんと咳払いすると話し始めた。

「ここは、『地下魔法世界』に侵蝕された『成和日本』に繋がる亜空間です」

「「「『成和日本』?」」」

 アタシたちの声がハモッた。

「元号が『成和』の『日本』ということです」

「え? 『令和れいな』じゃなくて?」

「今は『和寛わかん』だろう?」

「……『開和かいわ』じゃ?」

 三人の視線が、合わさった。

「「「?」」」

 全員、頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。

「順を追って、ご説明しますね」

 キノが言った。

「世界は多次元に連なり、ちょっとずつ違う歴史を紡いでいます。

 そんなそれぞれの世界に同じ名前、身体を持つ『自分』が存在する。

というお話を聞いたことは?」

 アタシは、手を上げて言った。

「パラレルワールドってやつね」

「そうです」

「皆さんは、それぞれ違う世界の違う『日本』に存在する『同じ人間』です」

「「「!」」」

 またも、視線が合う。

「だから、同じ顔なのねー」

「しかし、性格はだいぶ違いそうだぞ」

「それは、育った環境がまったく違いますから」

 キノが、肯きながら言った。

「似た環境の方同士だったら、殆ど同じになるんですけどね」

「そんな全然違う『自分』三人を、どうして別世界に連れて来たのさ?」

 ため息吐きながら、青いマフラーの彼女が言った。

「それは……この魔法息づく『成和日本』を助けて頂くためです」

 キノが、目に涙をためてこちらを見上げる。

 おお、にゃんこって泣くのだな。

「お願いです、『地下魔法世界』の魔王を倒し、この『成和日本』を救ってはくれませんか?」

「断る!!」

「はっや!」

 切ない願いの声を、執事娘は一刀両断した。

 思わず叫んじゃったよ。

「いや、即答し過ぎじゃない? もうちょっとお話聞いてあげようよ」

「そんな暇など無い! おい、猫! 俺を早く元の世界に戻せ!」

 低い声で叫ぶ執事娘に、キノは申し訳なさそうに身を竦める。

「ごめんなさい、それは私の力では無理なんです……」

「何だと!?」

 すごい剣幕でキノに詰め寄ろうとするから、

「はーいはい、詰め寄らなーい。猫ちゃん怖がってるじゃん」

「首根っこを掴むな!」

 ついつい、首根っこをひっつかんでしまった。

「じゃあ僕たちは元の世界には戻れないのかい?」

 こちらは冷静に問うマフラー娘。

「いえ! そんなことはありません!」

 キノは、ぶんぶんと両手(両前足?)を横へ振った。

「魔王の侵略の影響で、私たちの魔力量は少なくなってしまいました」

 そういや、魔法息づくって言ってたから、この『成和日本』は、剣と魔法の世界なのかしらん。

「ですから、今の私に、あなた方を元の世界へ戻す魔力量はありません」

「なるほど。だから、魔王を倒せば必然的に」

 アタシが言えば、

「はい。私たちの魔力量が戻り、あなた方を元の世界に戻すことが可能になります」

 キノは頷いた。

「ゆえに、まことに勝手だとはわかっておりますが、どうか、どうか魔王を!」

 倒して下さいお願いします~~~!

 土下座する猫を、アタシは初めて見た。

 他の二人も、流石に可哀想に思ったのだろう。

 また、他にそうする以外方法が無かったこともあり。

 結局三人とも、魔王討伐を引き受けたのだった。

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