8P 『AIと現実』

「――で、みんなは今日晩ご飯とか何食べたぁ? 私はねぇ! チーズハンバーグだよ!」

〈いいなあチーズハンバーグ〉

〈魚食べました〉

〈うどんです〉

〈おこちゃまw〉

 私はカップ麺片手にノートPCのディスプレイへ向かって語り掛ける。 ディスプレイの中には私とは似ても似つかないロリキャラが視聴者へ愛嬌を振りまいていた。


「じゃあねぇ……みんなの今ハマってる事教えて!」

〈ゲーム!〉

〈お金〉

〈勉強……じゃなくて部活〉

〈ハスミン! はぁ……はぁ……〉


「ちなみにハスミンはねえ……おままごと!」

〈は? うざ〉

〈安定のあざとさw〉

〈じゃあ一緒にお医者さんごっこしよ〉

〈ww〉

 私はディスプレイの前で一人ほくそ笑む。 


 今、この世は様々な仮想現実が入り乱れている。 存在しないキャラクターや架空のキャラクター、自分に似せて作られたアバター等、虚構と仮想現実が交差している世界。

 そんな仮想現実の中で、人々は心の空白を埋めるかのようにのめり込んでいるのだ。


 私の名前は蓮乃レン。 都内の学園に通う一年生だ。

 私の最近の趣味はコレ。 VR配信アプリだ。

 利用者は好きなアバターを作りそのアバターでライブ配信をすることが出来る。 

 アバターも容姿を自分に似せたり全く違う外見にすることも可能だ。 

 さらに、前まで肉声での配信だったのだが、最近はAIによるVRボイスを採用していたりして、子供の声はもちろん性別をまったく変えての発声も可能になっている。 まさに仮想現実、いや……もう一つの別世界といってもいい。


 私は『ハスミン』というアバターで配信をしているのだが、これが中々によくできた傀儡(くぐつ)だ。

 視聴者は本当の私を知らないが、私が動かすこのアバターへ絶大なファンコールを送る。

 一見して自然界には不自然な構図が完成しているわけだが、我々人間としてみれば実に合理的なシステムだ。 現実には存在しないキャラが人々に影響を与えている。 

 それを見た人たちは自らの心の空白を埋めていく。 仮想世界の精神は、現実へと侵食していく。

 これは面白い現象だ。


〈ハスミンのイラスト描いたよ!〉


 配信を続けていると、『ダヴィンチ』という視聴者からある画像ファイルが送られてくる。

いつも配信に来てくれる視聴者さんだった。 表示してみると、それは私のアバターの『ハスミン』を描いたものだ。


「わあ! ありがとう~!」

 中々よく描けているイラストだ。 何で描いたのかな? アナログ? デジタル? どっちか分からない。 私は実は写真にも詳しいが絵にも詳しい。

 最近ではAIによる自動イラスト生成も盛んだ。

 AIに描かせたイラストや写真はこの世に蔓延り、今や情報世界の中で混乱の元となる事もしばしばだ。 時代を経るごとにAI技術は進化していき、その完成品は人間が作り上げたものと寸分違わぬクオリティとなっている。

 ……このイラストはAIか? それとも人か?



 私はその晩眠ることが出来なかった。 原因はあのイラスト。

 虚構と現実が入り混じる世界。 私はどちらかというと現実が好きだ。

 仮想の世界で作られた作品に興味はない。 でも、あのイラストが本物かどうかが分からない。


 奇妙なものだ。 私は現実が好きだ。 でもファインダーから覗く世界は完全なる現実ではない。 写真もまたそう。 現実を象ったものだ。 でも私はたまらなく好きなもの。


 不思議だな。 結局のところ、人は非現実が好きなのだ。 だからネットが発展する。 作品、物語が生まれる。 人々はそれに魅了され、影響される。 仮想の世界、現実とは違うもう一つの世界に夢を馳せる。

あのイラストが本物か、それとも偽物か……それを考えると、とても眠りにはつけなかった。



「そんなのどっちでも良くない?」


 翌日、私は学校の休み時間によく話す友達へ昨日のイラストを見せた。 帰ってきた答えは私の求めていたものではなかった。


「どっちにしたって、そのイラストはハスミンていうキャラを思って作られたんだから、根本的には同じものなんじゃないの?」

 確かに、彼女のいうことも一理ある。

 手書きかAIに任せたかなんて、もはや出来上がった作品に対しては関係がない。 

 大事なのは、その人がどういう気持ちでその作品を作ろうとしたか、どういう気持ちで相手に見せようとしたかなのだ。

 その答えに至った時、眠れずに考えていた私が愚かしく思えてきた。



「良くはないんじゃない?」


 夕方、私の所属する雑誌部の部員で三年の先輩でもある新田先輩へ例のイラストを見せた。

 だが新田先輩は友達とは違う考えのようだ。


「例えば好きな男子にバレンタインの本命チョコをプレゼントするとするでしょ?」

「は、はい」

「他の男子には義理チョコでお店で買ってきた安いものでも良いけど、本命にはそんなチョコは選ばないわよね?」

「まあ、できれば手作りとか? の方が良いのかな?」

 私は男子にチョコをあげたことは無いが、きっと本命が居れば手作りないし高級なものを選ぶはずだ。

「それと同じよ。 本命の子に渡すイラストに手作りか、AIに描かせたものかを選ぶとしたらどっちがいいと思う?」

 ふむ、新田先輩がいうことも一理ある。 確かに出来上がった作品に対しての気持ちはもう変動はない。 でもそのイラストを作成するまでのプロセスに手間を掛けるか掛けないかでだいぶ印象が変わることも事実。 私はまた思考のスパイラルに陥る。


「レン、そのハスミンてキャラクター……なに? 新手のVR配信者か?」

横で見ていた私と同じ一年で雑誌部の部員である河野カズヤが聞いてくる。

 私はスマホの画面を閉じる。


「さあて何かな。 教えないよ」

 私が配信をしているのはみんなには内緒だ。 普段は大人しくて口数少ない私が実は配信ではめちゃくちゃ饒舌にしゃべり倒していて幼児キャラをしていることなんてバレた日には恥ずかしくて外も歩けなくなるだろう。

 カズヤは納得のいかない顔をしながらも言う。

「そのイラストがAIだとしたらさ、もしかしたら作成するまでは新田先輩みたいな考えだったかもな? んで、あまりにもAIの作成したイラストの出来が良かったからハスミンてキャラクターに見せたくなったとか」

「ならこれはAIですけどって前置きして渡さない? 普通」

私が反論すると、カズヤはバツが悪そうに頭をポリポリ書きながら。

「まあ、そうだよなあ」

と、ひとことだけ言ってトボトボと部室から出て行った。


「でもレンちゃん」

「はい?」

「レンちゃんはこれを受け取った時、どう思ったの?」

「あ、いや……受け取ったのは私じゃなくて――」

「ああ、そうだったわね。 その、受け取った人はどう思ったのかな?」

「……うれしかったと、思います」

「それが全てでいいじゃない? 結局のところ今のAIの技術は人間の作るそれとほぼ同じで見抜くことはできないんだから、あれこれ考えても仕方ない事よ」

「そう、ですね」



 その晩、私は再び配信で『ハスミン』となりライブをした。

 視聴者数は二十一人。 ぼちぼちだな。 その中にあの『ダヴィンチ』さんも居た。

〈ハスミンごめんね〉

「ん? 何が?」

 ダヴィンチさんはライブに入って来るやいきなり謝ってきた。

〈昨日のイラストね、言い忘れてたけどアレ自作だよ。 AIとかでは描いてないよ〉

 驚いた。 まさか本人からこの話題を持ち出してくるとは。

「うん! ありがとね! 大丈夫だよ! 別にそんなAIで描いたとか思ってないよ!」

 私は盛大に嘘をつく。

〈最近AIのイラストが増えてるから一応と思って!〉

「うん、大丈夫! ありがとね!」



私はその晩再び眠れなかった。 あのダヴィンチさんの言葉で目が覚めた。 ダヴィンチさんに対しての罪悪感。 そして今のこの世界の悲しい成り立ちも分かってしまった。

あのイラストが自作であっても、AIであったとしてもそれを確かめる術はない。 そして悪い見方をすればあのダヴィンチさんの言ったことも信用できるかも分からない。

そう、今この世界に確かな真実など存在しない。 あるのは結果として残った事象と自分で見た真実のみ。 でもそれは他人と共有できる真実ではない。 私の中だけの真実だ。

 そして自分が信じた真実ですらそれを真実だと確信できるほど確かな証拠もない。

 そう、この世界は仮想現実となんら変わりない。 それこそが真実であり、また虚構なのだ。


「はあ……」

 そして、それを深く考えることは……そう、新田先輩が言っていたように仕方がないし、愚かなことでもある。

 全ての真実を追求することなどできない。 ならば、私が真実だと思うことを信じればいいだけの話なのだ。

 ダヴィンチさんがどういう気持ちであのイラストを描いたかは分からないし、どうして翌日弁明してきたかも真意は分からない。 そこから先は私の想像に全てゆだねられる。

だから私は、それが分かって眠れないのだ。


 私はベッドから起きると、枕元に置いてあるカメラを手に取りレンズを私の顔に向けてシャッターを押してみる。

 パシャリ。

 ディスプレイを確認して私の今撮った写真を確認してみる。 画面いっぱいに私の顔が広がる。

それを見て、ちょっとだけ安堵する。 今のこの私の顔は、限りない私にとっての真実なのだから。

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