7P『痴漢逮捕の瞬間!』

「聞いてくださいよタミさん!」

 部室へ入るなり、ユウちゃんは声を大にして部長に言う。

「ど、どうした坂本? 何かあったのか?」

「昨日私、買い物でちょっと電車に乗ってたんですけど! くぅ~! やられました!」

「やられた? 何を?」

「痴漢ですよ! チ・カ・ン!」

「痴漢だって!? 大丈夫かよ?」

「初めてやられたんですけど、触られた瞬間ムカッと来てそいつの腕掴んで通報します! って叫んだんです!」

「おお、ユウちゃん勇気あるわね」

「だってムカついたんですもん! んでそいつと次の駅で下りて駅員さんを探そうと思った瞬間ですよ! そいつ急に走り出して線路へ飛び降りて走って逃げていったんです!」

「マジか! めっちゃ大胆だな! それでどうした?」

「線路なんか下りれないじゃないですか? だから痴漢です! あいつを捕まえてください! って叫んだんですけど、誰も追いかけなくて! 取り逃がしてしまいました……」

 まあしょうがない。 見ず知らずの人のためにわざわざ線路へ飛び降りてまで追ってくれる熱い人はそうそう居ないものだ。


「もうマジであり得ない! しかも何かみんな見て見ぬふりで、一人で叫んでる私が馬鹿みたいでしたよ! なんでこんな屈辱を受けなきゃいけないんですかって!」

「それは災難だったな坂本」

「ホントですよ! その後の買い物もずっと後引いてて全然楽しめなかったんですもん! 最悪の日でした!」

「そいつの顔とかは見てないの? 警察には通報した?」

「駅員さんに言いました! んで来てくれた警察にも言いました! 犯人の顔はサングラスに帽子にマスクです。 人相なんか分かりませんでしたよ~!」

 それはだいぶあからさまだな……。

「監視カメラとかも見て捜査しますって言われましたけど、現行犯じゃないと逮捕は難しいらしいです……」

「いつも同じ服装とは限らないしねえ。 そうやって泣き寝入りする女性たちは多いわ」

「そこで私! 考えました!」

「え?」

「次の号の記事に、痴漢逮捕の瞬間を載せましょう!」

 !?


「それは中々……危険じゃないのか? 確かにそんなスクープ記事を作れたら読者からの反響も凄そうだが」

「私にいい考えがあるんです!」

 ユウちゃんは私の顔を見る。

「え、なに?」

「ミナさん! 今回の記事はミナさんに主役になってもらいたいんです!」

「わ、私が?」

「そうです! ミナさんしかいません! ミナさん、綺麗だしスタイルも良いし、きっと打ってつけだと思うんですよ!」

「あ、ありがとうだけど……ちょっと待ってちょっと待って。 私が何をするって?」

「決まってるじゃないですか! 痴漢おびき出し作戦ですよ! ミナさんのその美貌で痴漢をおびき出して捕まえるんですよ」


 ぶっ飛ばすぞこのガキ。 


 はい? 私がなんでそんな事しなくちゃいけないわけ!?


「あ~ユウちゃん。 ちょっとそれはあまり気乗りがしないなあ? 要するに現行犯逮捕するってことでしょ? 触られるって事でしょ?」

「当たり前じゃないですか! 触られなきゃ現行犯逮捕出来ません!」

 ぶん殴ったろかこのガキ。 さも堂々となに!? 私を囮に使わせろって言っているようなもんだ!

「ユウちゃんがやればいいじゃない。 私はちょっと――」

「もし同じやつが来たら私は顔バレしてるし、気の強い女だって事も理解してると思います! もう私に触ってきたりはしないでしょうね! そこでミナさんなんです!」

「いやだから、なんで私がそんな危険な事をしなくちゃいけないのかな!?」

「大事な後輩が危険な目にあったんですよ! 犯罪にあったんですよ! 屈辱的な事をされたんですよ!? ミナさんはそれでも黙っていられるんですか!?」

 自分で言うことではない。 うん。


「あのさ、それはそうだけど、もうちょっと冷静に――」

「私、怖かったんです……」

 ユウちゃんは怒りの表情から一変して今にも泣き出しそうな顔をする。

「男の人に……知らない男の人に、変なところ触られて……泣きたくなりました。 もうずっとあの時の体験が頭の中から離れないんです……夢にも、出てきて、ヒック」

「ああユウちゃん……ごめんごめん。 泣かないで?」

 私は懐からハンカチを取り出すとそっとユウちゃんの顔に差し出す。 ユウちゃんはハンカチを受け取ると涙を拭く。

「だから……ヒック。 こんな事を頼めるのはミナさんしか居ないって……ヒック」

「あ~もう、分かったから。 私がそいつを捕まえて恨みを晴らしてあげる! だからもう泣かないで?」

「え! 本当ですか!」

 ユウちゃんは突然満面の笑顔になったかと思うと、私に抱きついてきた。


「あ、ハンカチありがとうございます! じゃ! さっそく作戦会議と行きましょう! 私ジュース買ってきまーす!」

 ユウちゃんはハンカチを私に返すと、勢いよく部室から飛び出していく。 

 ハンカチを指で触ってみる。 一切湿っていなかった。 おい?



「さて! 痴漢被害の最も多い時間帯はズバリ何時でしょうか!?」

 ユウちゃんはホワイトボードを使って説明をはじめる。


「朝の通勤時間とか夕方とか、とにかく人が混みやすい時間帯?」

「そう! その通りですミナさん! 特に警視庁の調べによると朝の通勤時間、ラッシュアワーの時間帯が最も多いみたいですね! んで! 電車内のどこが一番痴漢に遭う可能性が高い危険ゾーンだと思いますか!?」

「ドアの付近?」

「ズバリ正解です! あとあと、電車の連結部とか端っことかも要注意らしいですよ!」

「何でドアの付近がヤバいんだ?」

 部長が聞く。

「ドアの付近は逃げ場が無くて、特に混雑時はだいたい被害者も窓の方を向いているから死角からの犯行も容易なんです。 痴漢にとっては絶好のポイントですね!」

「ちなみにユウちゃんはどの場所でやられたの?」

「私もドア付近でした!」

「やっぱそこが一番多いのね……あ、ちょっと待って? 平日はさすがに行けないから、通勤時は狙えないわよ?」

「分かってますって! 私たち学生ですからね! 私の場合は日曜日の午前十時頃に被害に逢いました。 今回の取材も同曜日同時刻で行おうと思います! ミナさん日曜日空けといてくださいね!」

 取材というより囮捜査だろ……。 はあ……『あ! 日曜日外せない予定が入ってた!てへ!』とか出来たらどんなにこの暗い気持ちが晴れる事か……。


「安心してくださいミナさん! 当日は雑誌部『めくりた』部員全員で参戦するんで! 痴漢を確認次第、即刻捉えて警察に通報します! 私もそばにいるので、何かあればすぐに対処しますからね!」

 それは頼もしい……が、敢えて痴漢される場面を見られると思うと恥ずかしい気もする。


「あの……出来れば男子には遠くで見ててほしいな。 ほら、あんまり近くで見られていい気分ではないし」

「あ、そうですね。 部長! 河野くんにも言っておきますけど、電車に乗ったらミナさんの居ない反対側を向いてください! いいですか!?」

「あ、ああ」

「各々連絡はLA・IN通話で行います! 全員マイク付きのイヤホンを装備してくださいね!」

「それで痴漢に遭ったら教えれば良いのね」

「ミナさんは喋っちゃダメです!」

「なんでよ」

「痴漢にバレるじゃないですか! 何か少しでもおかしな素振りを見せたら警戒されますから、ミナさんは喋らずイヤホンで音楽を聞いてるフリをしてください。 ちょうどイヤホンで音楽を聞いてる行為も痴漢に遭いやすい行動の一つですしね!」

「まってまって? そしたらどうやってみんなに合図するの?」

「心配ご無用です! ミナさんはLA・INのトークルームにこのスタンプを送るんです! それが痴漢に遭った時の合図です!」

 ピロン! 私と部長のスマホに通知音が鳴る。 開いて見てみると、雑誌部のグループトークにユウちゃんからの「ヤバス!」という吹き出しが付いた猫のキャラクタースタンプが表示されている。

「そっか。 これなら気付かれることはないわね」

「それが表示されたらその痴漢を一斉に取り囲みましょう! まず私が腕を掴んで、次に部長がもう一つの腕を掴みます! これで犯人は逃げられません!」

「本当に成功するかなあ……」

「大丈夫ですよ! 大船に乗ったつもりでいてください! わっはっは!」

 痴漢されるのに大船に乗ったつもりでいろとはこれ如何に。

 


    【日曜日:午前九時五十分:駅ホーム】


「新田……なんか、いつもの雰囲気と違うな!」

 部長は驚いた顔をして私を見る。


「そうでしょうタミさん! ミナさんいつもは地味ですけど、着飾るとこんなに美人になるんですよぉ~!」

「ひとこと余計! まったく……こ、こんな服着た事ないから何か違和感……」

「大丈夫ですよ! どっからどう見ても美人でっす! Beautiful Womanでっす!」

「この丈の短いスカートはどうにかならなかったのかなあ?」

「お色気ムンムンじゃないですかぁ! でも主張しすぎてもかえって逆効果らしいので、上は落ち着いたピンクのレザージャケットでバランスを取ってます!」

「バランス……いいのかしら……」

「そして……嗅いでみてくださいこの香り! 私のお姉ちゃんの香水を拝借してきました! まるで花畑の中にポツンと置かれたような蜜の香り……たまりませんねぇ。 甘く、そしてエレガントな香りで卑しい男の鼻をピンポイントで突いてきますよ!」

「はいはい、解説はそこまでにしてくれる? 早く済ませましょう?」


「新田さん……」

 レンちゃんが不意にカメラを向けてくる。

「な、なに? どうかした?」

「髪を降ろした姿も素敵です」

 パシャリ。 一枚撮られる。

「ね! ハーシーもそう思うよね!? ミナさんいつも髪下ろしてたら学園の男子共も釘付けになるんで……どうです? これから下ろしてみたら?」

「だから、そういうの本当興味ないから! もう電車が来るわよ? 行きましょう」

 これ以上男子の前で公開処刑を食らうのは勘弁してほしい。 はあ……なんでこんなことに……。


日曜日なので会社員の姿はほとんど見かけない。 その代わり家族連れや観光の人たちが目立つ。

「じゃ、ミナさん私たちは離れて乗りますから。 車内に乗ったらまず私が近くまで行きますから、安心してくださいね」

「頼むわよ」

 部員たちは全員散り散りになる。 そして電車が来た。


『こちら坂本……ミナさん良いですか? イヤホンの音声よく聞いててくださいね。 あと、スマホでいつでもスタンプ送れるようにしといてください』

 イヤホンからユウちゃんの声が聞こえる。 私は軽く頷くと、スマホを片手で持って画面を見た。 スタンプはばっちり準備している。 ポンと押せばすぐさまみんなに合図できるはずだ。


『ミナさん、電車が止まりました。 良いですか? なるべく男性が多くいる列……ほら、あの三両目のあそこに乗ってください……!』

 私は指示されたとおりに三両目のドアへと移動する。 流れ込むように電車から下りてくる人たち。

『それで、確実にドア付近に陣取れるように入ってくださいね!』

 はあ……。 私は列の最後尾で入っていく人を見守る。 そして一番最後に、私が入る。


『上出来です! 良いポジションですよ!』

 全然良かないわい! 私は駅のホームを見ながらため息を吐いた。

『みんな乗ってるね……? 乗れなかったやつ居ないよね?』

『『乗ってまーす』』

 グループ通話に全員の声が聞こえてくる。

『オッケーイ……そのままStandby……お?』

 なんだ? どうした?

 私はふとホームを見ると、遠くから家族連れが走ってくる。


「急げ! ドアが閉まるぞ!」

 先頭を走る父親らしき人が家族と共に全力で三両目のドアへ向かって走ってくる。

 ちょ、待って待って……!?


「とう!」


 家族連れは車内に突進してきて、衝撃で私はドア付近から奥の方へと押しやられる。

 そして閉まるドア……発進する電車。

「ふう~! 危機一髪だったなあ! よかったよかった!」


 よかねえよ! おかげでドアからだいぶ離されちまったじゃねえかよぉぉおお!? お前たちのせいで……お前たちのせいでぇ……ありがとう?


 あれ? もしかしてこれ、ラッキーなんじゃない? おかげで危険ゾーンから離れられた! 痴漢に遭わなくて済む! ありがとう……ありがとう名も知らぬ家族よッ! 


 うわー残念だなあ~今回の取材は失敗だね! ユウちゃんには悪いけど、仕方ないね!


 そう、そうよ! わざわざ自分から痴漢に遭おうなんて頭おかしい! 私もようやく目が覚めたよ! ありがとう名も知らぬ家族――。


「ハア……ハア……」

「……?」

 私の目と鼻の先から物凄い勢いでフガフガしている人に気付く。 さりげなく、目の前のその人を見てみる。

「ハア……ハア……」

「……」

 帽子に、サングラスに……マスク。

「ハア……ハア……」


 ごめん、さっき家族へ感謝の気持ちを送ったな? あれは嘘だ。

 こいつ、絶対痴漢だ……! しかもユウちゃんの言ってた男だ間違いない!


「ハア……ハア……」

 めっちゃ息遣い荒いじゃんなに!? こんなのもう触られなくてもアウトでしょ!?


 スマホ! スマホでみんなにスタンプを……ぐ、ぐぬぬぬ!?

 スマホを持つ手が……人だかりで挟まれて……! 画面を見られない! ええい! 私は指先の感覚を頼りに画面をポンポンとタップしてみる。


 しかしスタンプが送れたかどうかが分からない。 みんな声を潜めてるのか、誰も何も言わない。 ど、どうしよう……。


 てかユウちゃん近くに居るよね!? ええ!? まさかあの名もなき家族連れの辺りに居るとかそういうオチじゃないよねえ!?


『こちら坂本……ミナさんごめんなさい見失いましたぁ……』

 ふざけろユウ坊ぉおおお!? 見失いましたぁ……じゃねえよぉおおお!? 私の目の前に奴が居るんだぞぉおお!?


 と、その時――電車が揺れる。


「きゃ!?」

 私は目の前の男に突進してしまう!

「あ……」

 ちょうど男の胸に飛び込んで抱きつく形になってしまう。 私はすぐさま態勢を整えて男から離れる。 そしてチラッと男の顔を見ると――。

「ハア……ハア……ブフゥ……」

 ヤバい。 さらに興奮させてしまった……。 ヤバいヤバい……! こいつ絶対触ってくるでしょ!?

『ミナさん? 大丈夫ですか……? 大丈夫なら何か別のスタンプ送ってくださいぃ……』

 大丈夫じゃねえよ!? 一大事だわ! ていうかやっぱりスタンプ送れてない!? 衝撃でトークルーム消えちゃったかなぁ? 私は改めて指先の感覚だけで画面をタップしてみるが、やはり何も反応はない。 はあ……頼む気付いてユウちゃん!


『ミナさんから返事無し……何か予期せぬ事が起こったようです……みんな、動けたらミナさんを探してくださいぃ……ドアの付近に居ると思いますぅ……』

「ハア……ハア……ヘァ……」

「!?」

 男の両肩が目の前へグッと押し出される。 私の体の後ろへ両腕が回され……。

「……!」


 触られていない……まだ触られていない、けど! 触られる一歩手前ッ! 助けてユウちゃん! ここに居るから! 早く来て!


「フゥ……フウ~ウ……」

 男はもぞもぞと両腕を動かしている……。 あぁ……ダメだ触られる……! もう終わりだ……! 触られたら、声を出せば良いのかな!? でも、声なんか出したら捕獲出来ない。 あ、そうだ! 手をつかんで警察に通報します! って言えば! 


でも、手が動かせない……! ああどうしようどうしよう!? こんな状況になるなんて思ってなかったから頭がどんどん真っ白になっていく……! もう誰でも良いからたすけてぇえええ!


「こいつ痴漢です! 今触ってましたッ!」


 突然私の背後から車内に響くほどの大声がした。 この声……!

 私が顔を後ろへ向けると、私のすぐ後ろに居たのは――。

「ヨ、ヨシミ!?」

 部長だった。 部長が目の前の男の両腕をがっつり掴んで天井へ上げている。

 車内が一瞬にしてざわめく。


「観念しろ! 次の駅に下りたら駅員に言って警察を呼んでもらうからな!」

「ブブ! 僕は触ってなんかいないぞ! かか、勘違いだ!」

「黙れ! 次の駅までおとなしくしてろ!」

 た、助かった……。 ありがとう部長……! まさかすぐ後ろに居たなんて。

 でもまだ触られていないのに、何故?


 その後すぐに次の駅に電車が停車した。 すぐに部員全員が下りる。 もちろん痴漢も一緒に。 部員たちは痴漢を取り囲んで、駅員が来るまで監視し、やがてそのあと警察が来た。 そこで部長はそれまで掴んでいた痴漢の腕をようやく離す。

 痴漢は何やら喚き散らしていたが、警察と駅員に連れられて行く。


「部長……ありがとう。 助かった……」

「ああ、いいんだ。 それより大丈夫か?」

「え、ええ。 大丈夫……ていうか、私、実は触られてないんだけど……いいのかな」

「いいや、お前は触られたんだ。 いいか?」

「え?」

「警察にはおしりをこう、両手でおしりを鷲掴みで触られたって言うんだ。 いいな?」

「う、うん……でも――」

 それって冤罪にしろってことか? 確かに今にも触られそうな雰囲気だったけど、実際の所触られてないわけで……。

「……奴が触ってたの、俺の尻だったんだよ」

 部長は気恥ずかしそうに言う。

「あ……ぷ、ふふふ」

 私はたまらず笑ってしまう。

「笑うな! ていうか他のみんなには内緒だぞ! お前が触られたことにしてくれ……」

「はいはい、仰せのままに」


 私は警察に呼ばれて事情聴取を受けに行く。 近くで見ていた部長も一緒に。

「でも部長。 どうして私がすぐ近くに居るって分かったの? 部長は反対側を向いてたはずじゃ?」

「匂いだ」

「匂い?」

「あ、いや香水の匂いだ。 すぐ後ろに居るなって思った。 んで、LA・INのグループトークの応答も無かったから何かあったと思って新田の居る方へ体を向けたんだ。 そしたら……やられた」

「ああ、そういうこと。 ふふふ」

「だから笑うなって」


 その後、事情聴取は三時間ほど続いた。 繊維鑑定とかをやられたらまずいなと聴取の途中で思っていたが、犯人も概ね痴漢したことを認めており、それは免れた。

 これまでも何件も痴漢行為をしていることを認めており、防犯カメラの映像からやはりこの前ユウちゃんに痴漢行為をした男だということも証明できた。

 これで男も逮捕一直線だろう。

 もちろん、これが雑誌部の取材で囮捜査というのは伏せてある。 たまたま取材で部員みんなで電車に乗って目的地へ行く途中に被害に遭った……ということにした。 記事でももちろんその旨で紹介するつもりだ。

 警察は被害件数が大きい事から、示談などの話はなく即刻事件として起訴する事にしたみたいだ。 これからちょっと面倒だけど、まあ被害女性たちのためにも私も一肌脱いでやろうと思っている。


「ミナさん! 改めてごめんなさい! 部長がたまたま近くに居たからとはいえ、私がもうちょっとしっかりしてれば……!」

 私たちは警察から出ると近くのファミレスで遅めの昼食を取ることにした。 ユウちゃんは申し訳なさそうに頭を下げている。


「いいのよユウちゃん、結果オーライって感じ?」

「でも、怖かったですよね!? 私がそばに居るからって言ったのに……」

「だから、そんな事考えてたらキリがないって。 元々危険な取材だった訳だから、不測の事態もあるって」

 うん、終わってみれば後吹く風というやつだ。 まあ、もし部長が居なかったらと考えるとそれはそれで寒気がするが、でももうすっきりしている。 


「でもタミさんも凄いですね! 益々見直しちゃいました!」

「ま、まあたまたまだな。 あの家族連れにも一応感謝しないとな」

「ですね!」


 私たちはしばしファミレスで今後の記事の流れの会議をして、一人一人流れで解散していった。 そして残ったのは私と部長だけ。


「新田そういえばお前、あの時俺の名前呼んだよな?」

「ん? あの時?」

「ああ、電車で振り返って俺を見たとき」

「ああ……」

 あの時は混乱していたせいか咄嗟に普段呼ばない部長の名前が出てしまった。

「呼んだわね。 それが?」

「なんか、懐かしかったなああの呼び方」

「ふふ、どういう意味?」

「いや、俺が部長になった途端に新田は俺の事『部長』って呼び出しただろ? 最初はなんか違和感があったが、最近は慣れてしまった。 でも改めて名前で呼ばれた時、なんだろうな……昔を思い出して、懐かしくなった」

「はっは、そんな昔でもないでしょうに」

「それはそうだけどな、はは……でもまだ聞いてなかったと思って。 どうして部長って呼ぶようになったんだ?」

「そんなの決まってるでしょ? 部長の顔を立てるため。 ユウちゃんは前からタミさんだけど、これから入る子たちには、ちゃんとこの人が部長だって認識させないと。 部長ってば肝心な所で頼りない所もあるしね。 そんなんじゃ下の子にナメられるでしょ?」

「ああ、そうだな。 新田なりの優しさだったんだな」

「そうよ? だからこれからもよろしくね? 『部長』」

「ああ! 任せておけ! しっかりした部長になってやる!」

「逆に部長は……私の事下の名前で呼んだこと無いのよね……」

「ん? 何か言ったか?」

「ううん! さ! そろそろ私たちも帰りましょうか!」

「ああ、そうだな」

「電車、隣に居てね? こんな服だとまた痴漢に遭うかもしれないし」

「ああ、もちろんだゾ? てか、今度は何かあったら大声で叫ぶんだ。 黙ってたら分からないからな?」

「その前に気付いてくれると助かるわ! ボディガードさん!」


 私たちはファミレスを後にする。 夕陽で赤く染まった空。 遠くの巨大なタワーが夕陽を覆いかぶせ、シルエットとなって目に飛び込んでくる。 こうして二人で歩いてるとまるで――ううん。

 あと何回、この景色を一緒に見られるかな。




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