6P 『将来なりたい職業ランキング~後編~』
俺は既にぬるくなったお茶を一口啜る。 ふむ、ぬるくなっても一流のお茶だけある。 口に広がるまろやかなお茶の香、まるで大草原を思わせるような壮大かつ享楽的なのど越しは口に含んでから容易に感じる事ができ――。
「タミさん、やっぱり言う時は言ってくれますね!」
俺の茶の時間を楽しむのを邪魔するのは誰だ。 ああ、坂本か。
「私、最初はタミさん泣き寝入りするのかと思ってましたけど、機会を伺ってたんですね! 最後のあのやり取り……くぅ~! シビれました!」
「やっぱり部長は俺たちの部長ってことっすね! あの女マジわけわかんないっすね!」
「頭おかしいよ」
「そうだよなあレン? 話全然通じなかったもんな!」
「うんうん! まるで宇宙人と話してるみたいだったね!」
日がもうじき暮れる。 部室内も暗くなりかけてきたな。 俺はもう一度茶を啜る。
ふむ、二口目はこれまた別の世界を感じさせてくれる。 二度のどを通るお茶の香は鼻腔に直接届き、茶畑を連想させるような新緑の景色が眼前に浮かび上が――。
「部長、どうするの? ここまで言っておいてもう引き下がれないわよ」
新田が俺に聞く。 ちょっと黙っててくれ! 俺はお茶と高尚な交わりをしているんだ! ちょっとでもこの現実という世界から抜け出したいの!
「う、うん」
仕方なく俺はお茶のカップを置くと、みんなの顔を見た。
「あぁ……」
なんだろう。 うまく言葉が出てこない。
「とりあえずみんな、お茶飲もうぜ! 美味しいゾ!」
新田が部室の電気を付ける。 部屋がパッと明るくなり、一気に現実に引き戻される。
「あ~やっちゃった~やっちゃった~! どうすりゃいいんだよぉおお!」
「た、タミさん! どうしたんですか!」
「まんまとあの女の口車に乗せられたぜ! 畜生! 俺としたことが!」
「良いじゃないですかタミさん! あの女に! 新聞部の奴らに、私たちの力を見せつけてやりましょうよ! そして二度とたてつかないようにコテンパンに叩きのめしてやりましょう!」
「だいたい、私たちにそんな余裕ないでしょ。 締め切りまであと三日よ? あの女の道楽に付き合ってやる必要なんてなかったのよ」
「そんなことないですよミナさん! 私はいま燃えていますッ! それも超ド級に! 締め切り間近の編集者ほど窮鼠猫を噛むという言葉が相応しいものはありません!」
「それはけっこうだけど、もしも負けたらどうなると思う? 頑張って書いた原稿は水の泡よ」
「それは向こうだって同じですよ! それに新聞部は毎月二回刊行だから、負けた時のダメージは向こうの方が遥かにデカい! 雑誌部の真の力も知らずにあの女! あの長い鼻をへし折ってやりましょうよ!」
「簡単に言うけどねえ……それより、審査員が気になるわね。 あっちの片棒を担ぐような奴に審査をされたら終わりだわ。 公正な審査ができるよう、審査員選びは考えておく必要があるわね。 誰かの紹介とかのレベルじゃだめ。 確実に関係のない、新聞部とも雑誌部とも間接的にも関わりのない人間を選ばなくちゃ」
「それはそうっすね。 そこは考えておきましょう」
「で! 部長! さっきから黙ってるけど、何か策はあるんでしょうね!?」
「うう! いきなり大きな声を出すな新田!」
「まさかノープランとか、言わないでしょうね!?」
「ば、バカを言え! そんなわけないだろ」
ノープランです、はい。
「タミさん、これはタミさんが雑誌部の新部長に就任して初の大型企画です! 記事の構成も力を入れてやりますよ! 勝敗が掛かってるなら尚更です! なんでも言ってください!」
「た、頼もしいな坂本。 さすが部のエースだナ」
「伊達に二年もやってませんからねえ! へっへ!」
さて困った。 だがやるからには確実に勝たねばならない。 どうする? 考えろ。
そうだな……。 まずは状況を整理するところからはじめよう。 頭が混乱している時の基本だ、うん。
「ええと、ではみんな……今日のアンケートの結果から聞こうか? どうだった?」
一通り聞き終えて、アンケートの結果からランキングを出すことが出来た。
「じゃあ五位から発表するわね。 五位、『弁護士』」
「手堅いな」
「あれっすよ部長。 先月までやってた特命弁護士只奈仁江」
「なにそれ」
「ドラマですよタミさん! 知らないんですか!」
「ああ、ユウちゃん見てたの? 私も見てた」
「ドラマか。 有名なのか?」
「総理大臣直属の超天才弁護士只奈仁江が国家規模の裁判に立ち向かい、ゆくゆくは世界規模で活躍していくドラマです! 最後はすっきりしましたぁ!」
「合言葉は……」
「「目には目を! 歯には歯を!」」
坂本と新田がハモる。 盛り上がっているところ悪いが早く次へ行ってほしいものだ。
「まあ、ドラマの影響っすね。 でも弁護士とかマジで勝ち組っすよね」
「そうだな。 で、四位は?」
「行くわね。 四位は……『フリーランスのプログラマー』」
「フリーランス?」
「最近は企業に所属していなくてもネットで簡単に仕事が受けられる時代ですからねえ。 ほら、有名なフリーランスアプリで『ココダネ』っていうアプリがあるじゃないですか。 あれが火付け役になって、それを模倣したアプリも一杯ありますし、この時代になってもWEBやIT関係はまだまだ成長し続けてますから」
「それにフリーランスという会社に属さず自分のマイペースでできるって所も魅力に感じる人が多かったっす」
「ほお、時代だなあ。 で、次は?」
「三位……『ライバー』」
「ライバー?」
「動画配信者の事です」
蓮乃が久々に話し出す。
「ああ、動画配信てあれか? TikTakとかChutuberとかか?」
「それもありますけど、今はアプリで様々な動画配信アプリが出ていて、有名な配信者なんかは何個ものアプリで同時配信してそれぞれのアプリのファンから課金してもらって収入を得ているとか。 年収億越えの人もザラに居るそうですから、ライバードリームですよね」
「すごいなそれ。 俺もやってみようかな」
「部長は口下手だからファンなんかつかないわよ」
「地味に傷つくこと言うなよ新田」
新田は俺の言葉を無視して続きのランキングを発表する。
「じゃあいよいよ二位ね。 二位は……『介護士』」
「なんか今までのランキングに比べて現実的なのが来たな」
「昔は少子高齢化の影響で介護が必要な人が沢山居たんだけど、それに比べて介護士は年収も少ないし、中々なりたいって人が居なかったみたい。 でも半世紀前に国が総力をあげて介護士特別奨励法を作り上げてからはだいぶ改善されたらしいわね。 今では介護ロボットも普及してるし、介護士の負担も昔に比べればだいぶ軽減されてるから、なりたいって人はけっこう居るんじゃない?」
「介護士特別奨励法というのは?」
「終身医療費無料。 加えて一定の基準を満たす世帯に年三回の特別給付金。 まあ国からのボーナスみたいなものね。 かなり好条件が揃ってるから、これからの時代は家族に一人は介護士って時代が来るって誰かが言ってたわ」
「凄いなそれ」
「一応私も介護士の道は考えてるけどね」
「そうなんですかミナさん! 出版関係じゃないんですか!」
「揺れ動いてるところ」
「俺は合ってると思うな、介護士。 新田は器量も良いし、良い介護士になれると思うゾ」
「そ、そうかな? そう思う?」
「ああ、家事関係も得意だし、そういうの向いてると思う」
「マジで言ってる?」
「ああ」
「えーやだやだ! ミナさん一緒に出版関係の道に進みましょうよー」
「考えとくわ」
新田はコホンと咳ばらいを一つ。
いよいよ一位か……。
「行くわよ。 一位は……『タワー技師』」
「来たか」
「分かってましたけどね」
皆、うんうんと頷く。
「ええと、わかってると思うけど説明するわね。 この街の中心に位置するあのタワー。 かの有名なあのゲオルタワーね。 あの設備関係に就職すると非常にリッチな生活ができるわ」
「知ってる。 給料、ボーナス、福利厚生、全てにおいて現存する職業のトップクラスに君臨する。 この街に住む学生たちの大多数はあそこに就職することを夢見てここにいるようなものだからな。 あのタワーに就職できれば、人生で困ることは何一つないとまで言われてる。 しかも労働体制も残業は無いし一人での作業が中心だから人付き合いにおいても心配がない。 まさに夢の職業だな」
俺は窓から街の中心を見る。 ああ、ここからでもよく見える。
大きなタワー。 地上高……何千メートルだっけ? とにかくバカでかいタワーだ。
てっぺんは雲の上まで続いており、ここからではてっぺんの全貌すら把握することもできない。
あのタワーの目的は、太陽光エネルギーを収集しエネルギーに変えて都市に電力を供給すること。 建造されたのは俺がまだ子供の頃だ。
今では東京二十四区の中で、そして日本で一番のシンボルとして世界中で有名なタワーとなっている。 この街は、都心を支える力の根源であり、又観光名所としても世界ではトップクラスだ。 たぶん、この街が一番栄えている街なんじゃないだろうか。
そんなわけで、あのタワーで仕事をする人間たちは皆特別だ。 就職なんかとてもじゃないが手が届かない……とは思うが、それでも人々の心に夢を与える存在であることは間違いない。 あのタワーの発展と共に、この日本もかつてあったとされる氷河期を乗り越えたのだから。
「もちろんこれが一位になるのは分かっていた事ですのでタワーのアポは既に取っときました!」
「でかした坂本! 明日……だったっけ?」
「はい! 明日のですねえ……」
坂本はメモをぺらぺらと確認しながら答える。
「明日の午前十時から行けますよ!」
アポ、というのはタワーの見学許可の事だ。 『タワー技師』が一位確定と見込んで実際にタワーの仕事をしている人や中を撮影して記事に組み入れたいという話になり、坂本に頼んでおいたのだ。
普段はタワーに登るには観光料金が掛かるが、学生の見学目的なら無料でタワーを登ることができる。 案内人も付いてるらしいし、非常に魅力的な資料となるだろう。
「この街に住んでると中々タワーを登ろうとか考えないっすからね」
「灯台下暗し」
「そうね、近場だと案外行かないものよね」
「うむ、俺も子供の頃に親と一緒に行ったことがあるぐらいだ。 なんだか楽しみになってきたゾ!」
「タミさん、実際のタワーの取材もしたとなれば非常に貴重な記事になります! 永久保存版です! これなら新聞部の奴らをぎゃふんと言わせられますよ!」
「そうだな! よーし、じゃあ明日は十時にタワーだから、九時半頃にはタワー駅前に集合だ! 時間厳守だからな!」
「そうと決まれば、今日はこのくらいにして早く帰りましょう。 明日休みだからって夜更かししないように! 特にレンちゃん」
「は、はい?」
「カメラや夜のネットサーフィンはほどほどにね」
「う……了解、です」
「よし! じゃあ今日はとりあえず解散だ! その前に、お前たちお茶飲んでくれよ? せっかく買ってきたんだから」
【翌日午前九時五十分:タワー前】
「すごい人だかりっすね……」
「みんなはぐれないように固まって行動して! ……特にレンちゃん! 撮影に気を取られてはぐれないようにね!」
「は、はい!」
さすが休日だ。 タワー前は観光客でごった返している。 一般の観光客が入れるようになるには十時からだ。 開門と同時に観光客は中に入れる。
といっても、上階へ登るには予約が必須だ。 その予約も普通に取るとなると三カ月は先になるらしいが……。
だがこの街の市民であれば市民特別優待券を所持していれば予約が無くても優先で通してくれるらしい。 まあ、今回は『見学』が目的なのでそれすらも必要ないわけだ。 まさに学生の特権というやつだな。
俺は上を見上げる。 つくづくバカでかいタワーだ。 太さも長さもヤバい。 もちろんてっぺんすら高すぎてここからは見えない。
「ええっと……第三インフォメーションは……こっちです!」
坂本がスマホでタワー外周地図を見ながら俺たちを案内する。
第三インフォメーションという場所で本日案内をしてくれるガイド役が居るらしいので、俺たちはそこを目指していた。
「あ! あったあった! あそこですよ~!」
どうやら見つけたらしい。 坂本が建物へ向かって走っていく。
「こらこらユウちゃん! 走らないで! はぐれるでしょ!?」
新田……なんかお母さんみたいだな。
俺たちは第三インフォメーションの建物に入り、受付に問い合わせて案内人を呼んでもらう。
数分待ち、案内人のおじさんが来てくれた。
「どもども! 今日ガイドを務めます高橋です! 今日見学の学生さんたちだね? 確か雑誌部だとか?」
「雑誌部『めくりた』です! 今日はよろしくお願いします!」
「よろしくね! いやあ今日は雑誌の記事のために見学してくれるんだって? 是非今日はタワーを見学して、みんなに凄さを広めてね!」
「もちろんです!」
「あ、それと今日はスケジュールの関係で他の見学者も参加する合同見学になってるんだけど、同じ学園の生徒さんたちだから特にそこは大丈夫かな?」
「え? 俺たちと同じ学園の生徒ですか?」
これは驚いた。 他にも同じ日同じ時間に見学をしに来た生徒たちが居るのか。 まあタワーだしな。 そりゃあんまり驚くことでもないか。
「待合室はこっち。 あと数分したら案内するからちょっとそこで待っててね」
俺たちは待合室の扉の前に案内されると、高橋さんは扉のドアを開けてくれた。
「失礼します」
中に入る。 中には数人の他の見学者たちも居た。 静かな室内で誰が入ってきたのかと、見学者たちは一斉に俺たちを見る。
「え」
その中の一人は、見知った顔だった。 というか、昨日見たばかりの――。
「お前たち……!?」
「あ、あんたは……!?」
伴坂マコトだった……。
「あ~! 新聞部!? なんでアンタたちがここに居るの!?」
坂本が素っ頓狂な声を上げる。
「それはこっちのセリフだぞ! まさか! もう一組の見学希望者たちっていうのはお前たちの事だったのか!?」
「ん? なんだいやっぱ知り合いだったかい? よかったねえ! そうそう、確かその子たちも新聞部だったかな? 色々なメディアに取り上げられてこのタワーも幸せもんだねえ! あっはっは!」
呑気にガイドの高橋さんは言うが、全然良かないんだこれが!
「またパクったのか!」
「パクってません」
まさか新聞部もこのタワーを見学する予定だったとは……。
しかし、考えられない事ではなかった。 上位のランキングの仕事を詳細に記した記事を作成してみようと考えるのは当然だ。 しかし日時も同じところを見ると本当にパクってるんじゃないかとさえ思えてくる。 念のためこれからの企画会議は機密性を重要視してやっていった方が良いと思った。
俺たちはガイドの高橋さんに案内され、新聞部たちと一緒に一般の観光客とは違う関係者用エレベータでタワー上層へと登っていた。 時々高橋さんがタワーについての蘊蓄を語ってくれるが、それ以外は皆無言だ。
「観光のお客様用のエレベータは耐衝撃ガラスで登っている最中も外の景色が見えるんだけど、関係者用のエレベータにはそれが無いから外の景色は見れないんだよ。 そこは我慢してね。 もし登ってる最中の景色が見たければ実際に今度は観光客として来てみることをおすすめするよ」
景色も無いエレベータ内で高橋さんの声だけが響く。 うーん、かなり気まずい雰囲気だな。
その雰囲気を打ち消すように、河野が口を開く。
「坂本先輩、そのタブレットみたいなの何すか?」
見ると坂本は何やら手のひらサイズのタブレットのようなものを持っていた。
「ああコレ? マルチ電子メモ帳だよ。 最近発売されたんだけど、メモみたいにディスプレイにタッチペンで実際に書くことはもちろん、録音機能、話者の声を個別に音声として拾ってテキストに変換して書き込んでくれる機能がある優れモノだよ」
「凄いっすねソレ」
「でしょ? 河野くんも取材担当ならこれがあるとけっこう便利だよ。 紙のメモ帳は書くことに集中しなくちゃいけないけど、これがあれば例えば対談式のインタビューなんかもより深く考えながら質問できるし、注釈やポイント書きも同時に行えるんだよ。 後で録音音声を聞いて文字に起こす作業もだいぶ軽減されるし、本当便利」
へえ。 かなり良いメモ帳だな。 聞いていたら俺も欲しくなってきたぞ。
「ちなみに我ら新聞部は部員皆にそれを持たせてるがな?」
話に割り込む伴坂。 ああ、これだから嫌なんだ。
「だからなに? 持ってるからナニ? 別に持ってなくても取材はできるよねえ? ねえ河野くん?」
「は、はい! もちろんっす!」
「事実持ってない河野くんは良い取材をしてくれてるよ。 力に頼ってばかりじゃ良い記事は書けないんじゃないかなぁ~あ?」
ああ、早くエレベータ到着してくれないかなあ……。
「はん! それはもうじき分かる。 結論を急ぐなよ?」
「ちょっとやめなさい! 子供じゃないんだからこんな所でもいがみ合わない!」
「だってミナさんこいつが――」
「今日は私たちのする事だけをしなさいユウちゃん。 伴坂さんも、あまりちょっかい出さないでくれますか?」
「ちょっかい? ああ、あまりにも低レベルな会話をしてるもんだからついつい口を出してしまったよ。 これは申し訳ないことをした」
新田は伴坂の更なる挑発には乗らず無視をした。 坂本は悔しそうに顔を歪ませているが、俺の緊張感はそこで少し緩んだ。
その後数分が経ち、エレベータは目的の階へ到着したようだ。
「さあ到着しましたよ展望フロア! ゲオルタワーの四十九階、地上からおよそ千メートルだよ!」
扉が開き、展望フロアが露わになる。
「「おお~!」」
皆が感嘆の声を上げる。 展望フロアはドーム状になっており、窓からは一面真っ青な空が広がる。 ちょうど天気も良く、空の景色が一望できる。
「うわ! 凄い人だかり!」
坂本が驚く。 確かに展望フロアには観光客がごった返している。
「さあ一番良い眺めの場所へ行きましょうね! 人が多いからはぐれないように気を付けてください!」
そう言うと高橋さんは窓の方へ向かって歩いていく。 俺たちも慌てて後を追う。
窓の所まで着くと、足元が絨毯から一面ガラス張りへと変化した。
「うわ! 凄い!」
足元は地上千メートルまで何も無い景色が広がる。
「高! こんなに上まで登ったことないよ」
坂本がはしゃぐ。 蓮乃はカメラでめちゃくちゃ写真を撮影する。
「これは絶景だな……」
「そうでしょう? 現時点で世界で一番高い建物ですからね! まあ、まだ上はあるんだけど、とりあえず小手調べってことで」
「じゃあ、さっそくちょっとここで高橋さんにインタビューを申し込みたいんですけど、良いですか?」
坂本が高橋さんに尋ねる。
「ああ、いいよ。 新聞部の子たちもここで一緒に話聞いてくかい?」
「あ、はい! お願いします!」
新聞部の部員の一人が元気よく答える。
「じゃ、後は任せた。 しっかり取材しろよ。 私はあそこで座って待ってる」
伴坂はそう言うと身を退いて展望ルームの真ん中のソファまで歩いていく。
「はあ? 自分だけ高みの見物?」
坂本が吐き捨てる。 伴坂は特に反応せず歩みを止めない。 どうもさっきまでと様子がおかしい。 新聞部の部員たちはそれには意に介さず、雑誌部と新聞部での交互でのインタビューが始まる。
しばらく俺も取材に協力していたが、ふとさっきの伴坂の様子が気になって後ろを振り返ってみる。 人だかりでソファまでが見えない。
「あいつはぐれたりしてないだろうな」
ぼそりと呟く俺の言葉を聞いたのか、新田が「どうした?」と訪ねてきた。
「あ、いや。 ちょっと伴坂の様子を見てくるよ。 新田たちは引き続き取材を頼む。 俺もすぐ戻るから」
「あ、ちょっと!」
俺は観光客を掻き分けて中央のソファまで行くと、伴坂はそこに座っていた。 浮かない顔をしていたが、俺を見るなり表情を一変させいつものように冷ややかな顔つきに戻る。
「田宮? どうした? インタビューは終わったのか?」
「いや、迷ったんじゃないかと心配になってな? 探しにきたんだ」
「はあ? 心配してくれたのか? 余計なお世話だ。 ナメられたもんだな」
「悪いな」
「ああ、侮辱だ」
「なあ、どうして一緒にインタビューに参加しないんだ?」
「は? そんなの決まってるだろ。 私が参加することに何のメリットがある? 記事を書くのは部員たちだ。 私は原稿を読んでOKを出す。 私が見たら原稿を読む前に先入観が植え付けられてしまうだろ? あーだこーだ言って記事の進行を遅らせたくないからな。 私は参加しないと決めてるんだ」
「言葉を返すようで悪いが、これは部活だぞ? 大手の新聞社で編集長みたいな奴ならそれで良いかもしれないが、みんなで活動していくのが部活の良い所じゃないのか? タワーだってこの街に住んでたら中々来ないんだ。 良い経験になると思うが」
「……良い経験だと? 言葉をまた返させてもらうが、お前たちはどういうつもりで記事を書いてるんだ? 観光気分でか? 小学生の作文のつもりか? 仮にも学園内だけでなく広々と展開してるんだろ。 一般の人間が見る記事を書くんだ。 そんな遠足気分で書いた記事を一般の人が見てるかと思うと、可哀そうになってくるね」
「あ~……まあ見方によってはな? でも楽しんで書く記事と、つまらない気持ちで書く記事には差があると思う。 これは今までの俺の経験だけど」
「楽しい楽しくないの問題じゃない! 良いか、私たちはプロだ。 ネタに対して真摯に向き合って記事を作らなければいけない。 それが読者に対しての敬意だと思うけどねえ?」
「敬意ね……ま、その考えも間違っちゃいないな。 でも部員たちは? どうもアンタたちの部員を見てると、楽しそうに今日の取材をしているようには見えないんだが」
「それはそうだ! これは部活ではない。 プロとしての活動だ。 仕事とまでは言わないが、みんな真剣にやっている。 何故楽しむ必要がある!」
ふむ……初めてまともに会話をしてみたが、やはりこいつとは相容れない気がしてきた。
「ほら、もう行け。 お前もみんなで楽しく取材をしてこい。 そして結果を見て後悔するがいいさ」
「あのさ」
「なんだ」
「どうしてそんなに雑誌部に対抗意識を燃やしてるんだ? 自分の部活。 自分の持てる力で精いっぱい頑張れば良いじゃないか? 他の部活がどうとか関係ないだろ」
「ああどうしてかな! そうだな、同じ物書きとしてどうしてもチラつくんだよ。 雑誌部がな。 私たちは一生懸命やってる傍らでへらへらと活動して人気を得ているお前たちがな!」
「えっと、それってやっかみってやつ?」
「はあ!? どう聞き間違えればそう解釈するんだ!?」
「いや、ごめん。 でもそうとしか解釈できなかったわけで」
「もううるさい! ああ! お前としゃべってるのは時間の無駄だって事がよおく分かった! 私は一足先に下へ降りてるからな!」
伴坂はソファから立ち上がるとエレベータへと向かって歩き出してしまう。
「降りてるって……ええ!? 何のためにここまで来たんだよ!」
「知るか! どうせ私が居なくても取材はできる!」
「ちょっと待て!」
俺は伴坂の腕を掴んで引き留める。
「わ!? なにすんだ離せ!」
「お前、そんな悲しい事言うなよな!」
「なんだ急に!?」
「私がいなくてもなんて、そんな悲しいことを言うな! そんな事を言ったらアンタを慕う部員たちはどうなる!? みんな部長に良いところを見せたいと思ってるんじゃないのか!? 下のもんてのはな、上から見てる者に良いところを見せたいもんなんだよ! うまくできたら褒められたい。 悪かったら真剣になってアドバイスをしてもらいたい! そういうもんなんだよ! 部長が現場に居なくてどうする! それにお前はどうなる!? そんなのが学園三年目の思い出なのかよ!? そんな考え方は悲しすぎるだろ!」
「あ~もう!」
伴坂は俺の腕を振り払う。
「いいかよく聞け愚か者! そんなのが通用するのは学生時代だけだ! 社会に出ればそんな生易しい状況なんて無い! 誰がより多く功績を残せるかの弱肉強食の世界! 今からそんな日和った思想を叩き込んでたら社会に出た時に苦労するのは部員たちだ! もちろん自分自身もな! 私はそれをアイツらに教えてやってるんだ! これも愛の形だ! 分かるかなあ!?」
「それじゃあ下の人間は付いてこないぞ。 それはバカな俺でも分かる」
「一生やってろ!」
伴坂はそう吐き捨てるように言うと今度こそエレベータの方へと歩いていく。
……ちょっと感情的になり過ぎたか俺。 問題はあまり起こしたくないって自分で思ってたんだけどなあ。 でも、仕方ないよなあ。 あんな事言われたら、そりゃひとこと言いたくなるよなあ……。
俺は遠ざかっていく伴坂をじっと見る。
「あれ?」
エレベータの上には『関係者用』と書かれたプレートが掲げられている。 さっき俺たちが乗ってきたものだが――いや待て?
「ちょ、ちょっと待て!」
伴坂はエレベータのボタンを連打する。 俺は走って追いかける。
「来るなよ! もう何も話さないぞ!」
エレベータの扉が開き、伴坂はすぐに中に入り込んで中からボタンを連打する。
「伴坂ちょっとそのエレベータから降りろ!」
何故俺がこんなに慌てているか? それは、『関係者用』と書かれたプレートの横に、『上り専用』と書かれていたからだ。 このままではガイドの案内無しに勝手に上へ上ってしまう、色々と面倒な事になりそうだったので、このまま伴坂を上に上がらせるわけにはいかない。 間に合え俺の足!
閉まるドア! エレベータの中に飛び込む俺!
「え!? はあ!?」
「伴坂! ドア早く開けろ!」
俺はすぐさま立ち上がり中からドアの開くボタンを押しまくる。
カチカチカチ! ……しかし、ドアは一向に開く気配は無く、反応しない。
「おいおいマジかよ」
「なんだよお前! 頭おかしいんじゃないのか!?」
「それはこっちのセリフだぞッ! このエレベータは『上り専用』だ! プレートよく見なかったのか!?」
「……え?」
どこまで上るんだこれ? さっきのエレベータは地上から途中で止まることなく一気に千メートル上の四十九階まで来た。 となると、このエレベータもまさか……。
『このエレベータは上り専用です。 途中の階へ止まることなく百階まで上昇します』
機械アナウンスがエレベータの中で流れる。 そして重力と共に上昇を開始した。
「え、ええ!?」
「おいおい、ヤバいぞ伴坂。 勝手に……しかも関係者用のエレベータで上に行ったのがバレたら……大目玉じゃ済まないかもしれない」
「何が言いたい!」
「無許可で立ち入り禁止エリアに入るってことだよ。 不法侵入って言われてもおかしくない」
「な、なんとか途中で引き返せないか!?」
伴坂は急に慌てだしてボタンを探すが、当然下行きのボタンがあるわけがない。 あるのは上のボタンと開閉ボタン。 そして非常呼び出しボタンだけ。 伴坂もよく見ずに押したのだろう。
「そ、そうだ。 非常呼び出しボタンで――」
「それは絶対押すな! 勝手に上に行ったのがバレるぞ!」
「だが……」
「どうやらこのエレベータ。 上に着くまで止まらないらしい。 なら上に着いてからこっそり下へ戻るエレベータを探した方がいい」
「……」
伴坂はガクッと項垂れる。
「お前のせいだぞ! よく分かんない変な話をしだすから!」
「当たらないでくれるか? もとはと言えばアンタがよく見ないで乗ってよく見ないでボタンを押したからだろ?」
「どうする!? このまま上に行ってどうするんだ!?」
「いや、下りればいいだけだろ?」
「てかお前! なんでそんなに冷静なんだ!?」
「いや、だって仕方ないだろ。 上に行くまでどうしようもない。 とりあえず落ち着け」
「あ~もう! なんでこんなことにぃ!」
伴坂は頭を抱えてうずくまる。 こいつ、なんでこんなに焦ってるんだ? さっきまでの伴坂とは思えないほどの狼狽ぶりだ。
それからしばらく俺たちは上昇するエレベータの中でほぼ無言で過ごす。
『こちらは、ゲオルギウス中枢AIです』
「!?」
突然機械音声が響き心臓が止まるかと思った。
『乗員のIDを確認します』
「――!?」
エレベータの中でピーッという信号音が鳴り響く。
「な、なんだ! 乗員IDってなんだ!?」
伴坂が俺の胸倉を掴んで聞いてくる。
「わ、わからないけど! ちょっとヤバいかもな!」
信号音が消え、機械音声が再開される。
『乗員IDを検索しましたが、当局データベースに存在しない乗員が含まれています。 セキュリティ保護のため、エレベータを強制停止します』
「え……」
ガコンッ! と衝撃と共にエレベータが止まる。
「うわ」
「ひい!?」
エレベータが止まった衝撃で俺たちは体制を崩して尻もちをつく。 そしてエレベータ内の照明が消えた。
「あああ……あぁぁあああ!」
突然伴坂が奇声を発する。
「お、おい大丈夫か!? どこか頭ぶつけたのか!?」
「ダメダメダメ! ムリムリムリ! 出して! ここからだしてぇえええ!」
「おい落ち着け! 大丈夫だ! 止まっただけだ! 大丈夫落ちたりしないさ!」
「落ちる!?」
伴坂はビクッと暗がりの中俺の顔を見たかと思うと――。
「うわあぁあぁぁあああ! 落ちるぅうううう!」
「お、おいだから落ちないっての! ちょっと落ち着け!」
俺は半狂乱の伴坂の頭を両手でガシッと掴む。
「はい、リラックス~リラックス~」
頭を揉み揉みして緊張をほぐしてやることにした。
「はあ……はあ……」
叫び疲れたのか、伴坂はぜぇぜぇと息を切らしながら俺を見る。
「お、落ち着いたか?」
伴坂は首を振る。
ここまでの伴坂の異様な取り乱しようを見て、俺の中である一つの解釈が浮かんだのでそれをそのまま行ってやることにした。
「伴坂、あんたもしかして……」
「へ……?」
「暗い所とかダメな感じか?」
伴坂は何も答えない。 まあ図星だろう。
「わかった、こうしよう」
俺は懐からスマホを取り出すと、ライトを付けて地面に置き天井を照らした。
「ほら、これで少しはマシだろ? どうだ?」
「……」
伴坂は無言で頷く。
「よし。 じゃあいいな? こうなってしまったものはもう仕方ない。 非常呼び出しで助けを呼ぼう。 まあ、間違って入ってしまったっていえば許してくれるさきっと」
俺が非常呼び出しボタンを押そうとしたその時――。
『こちらはゲオルギウス中枢AIによる緊急通信です。 あなたたちの現在の状況を教えてくれますか?』
今度は機械音声ではなく人間の声らしい音が鳴り響く。
「あ、えっと……エレベータに閉じ込められてしまって……じゃなくて、本日タワーの見学をさせていただいていた者なのですが、下りと間違って上り専用のエレベータに乗ってしまって途中で止まってしまったんです。 申し訳ありません」
『そうですか。 セキュリティ上すぐにエレベータを動かすことは出来ませんが、事実確認を取り次第またご連絡します。 何かあればまた聞いてください』
「あの、今日ガイドをしてくれていた高橋さんという方が居ると思うのですが、その方に聞けば分かると思います」
『理解しました。 今しばらくお待ちください』
「あ、あと」
『なんでしょうか?』
「これってAIの音声ですか?」
『そうです。 エレベータ内での受け答えは全てゲオルギウス中枢AIの私を通して行います。 又、セキュリティの関係上電話やネット等の通信機器の電波は全て無効にさせて頂きましたのでご了承ください』
「わ、わかりました」
これは驚いた。 これがAI音声なのか。 まるで肉声と区別が付かない。 さっきまでの機械音声とは全然違う。
「凄いな伴坂? 聞いたか?」
「え? あ、ああ」
「これが機械音声なんて信じられないな」
「そうだな……」
伴坂は隅っこで体育座りをして縮こまっていた。
「大丈夫か?」
「全然」
「安心しろ。 しばらくしたら出れるから、な? ……あ、そうだ」
俺は再びAIに聞いてみる事にした。
「なあAIさん」
『はい、なんでしょう』
「せめて照明を点けてくれないかな? ちょっとここに暗いのがダメな奴がいて」
『それは出来ません。 特別な理由がない限り、セキュリティ上の観点からエレベータ内の全ての機能は停止させて頂きました。 先ほども申し上げた通り、事実確認ができるまで今しばらくこのままで待機していてください』
「そ、そうか……」
俺は伴坂を見る。 小刻みに震えている。 さっきまでの威勢の良さは跡形もなく消え去っていた。
「私、ダメなんだ」
伴坂は震える声で言う。 俺は隣に座った。
「ああ、暗いのがだろ?」
「それだけじゃない。 暗闇もダメだし、高い所もダメだし、狭い所も……ダメなんだ」
パーフェクトに全部揃ったな、うん。
「子供のころ、家族でゴンドラに乗った時に機械の不良で空中で止まってしまって……しかも夜で下は漆黒の闇が広がっていて……結局朝方まで動かなくて……それから狭くて暗くて高い所が……怖くて……」
「ああ、そのトラウマが……?」
「しかもその前からあんなに高い所を通るゴンドラに何か乗りたくなかったんだ。 でも私の兄が馬鹿にしてきて……気付いたら乗ってて、ずっと泣いてた」
「その時お兄ちゃんや親は?」
「居たさ。 でもそんな空間に誰かに頼った所で助かる保証もないし、もしロープが切れてゴンドラごと下へ真っ逆さまに落ちたらと思うと……怖くてたまらなかった」
「それは……辛いな」
「しかも……そのあと毎晩のように夢に見たんだ! その時の出来事を……今でもたまに夢に出てくる。 いつもロープが切れて落ちる寸前に目が覚めるけど……!」
「大丈夫だ伴坂。 ここは日本で一番の技術力を誇るゲオルタワーだ。 まずロープが切れて落ちることはないぞ、安心しろ?」
「はあッ……」
伴坂は大きくため息を吐く。
「ああ、わかった。 それでお前さっきソファに座ってたのか? 展望ルームのガラス張りの床が怖くて?」
「そうだよ! 文句あるか!」
「ないけど。 そうかそういう事か、それ他の部員たちは知ってるのか?」
「知るわけないだろ!」
「じゃあ別にいつもあんな風にしてる訳じゃないってことだな?」
「あんな風にって?」
「ほら、他の部員に任せて自分は見てるだけとか、参加しないとか」
「当たり前だろ! 部長が直に取材現場を見なくてどうする!?」
いや、さっき散々部長は現場を直接見ない方が良いとか力説してたわけだが。 しかしかなりカミングアウトしてるな。 相当今の状況が堪えているらしい。
「それを聞いて安心した」
「なにを?」
「ああ、さっきまでのアンタの発言は俺にとってはけっこう悲しかったからな。 まあ、他の部員と仲良くしてるなら良いんだ」
「仲いいわけないだろ」
「良くないのか?」
「当たり前だ。 前の新聞部の部長は温厚な性格で、部員からの信頼も熱かった。 でも私は新聞部に物足りなさを感じていたんだ。 ライバルの雑誌部との差が激しくて、どうにかして雑誌部を抜きたい。 でも前部長はそれができなかった。 だから私を選んだんだ。 『俺が出来なかった新しい新聞部を作ってくれ』ってね。 でも前までのやり方じゃ雑誌部には勝てない。 そこで部員たちの反対を押し切って……作業量は増えるけど、新しい試みは何でも試さなきゃと思って……」
「それで、部員からの反感を買った?」
「たぶんみんな、私の事をよく思ってないだろう。 前の部長が良かった。 前までの新聞部が良かった。 そう思って退部した奴は大勢いて、今じゃ十二人居た新聞部の部員は私含めて五人……」
「おいおい、もうちょっとポジティブに捉えろよ。 確かにそれ以外の奴らはみんな馴染めずに退部したかもしれないが、残りの四人は居るんだろ? そいつらは伴坂の事を慕って付いてきてくれたんじゃないのか?」
「そんなわけない。 きっと彼らも私の事を――」
「さっき高橋さんのインタビューするとき、けっこう張り切ってたと思うんだけどな? それってやりがい感じてる証拠じゃないか? 伴坂の行動に賛同して、部を盛り上げていこう、変えていこうとしてる表れだと俺は思うけど」
「正直、私にはわからない。 いつ彼らが私を裏切るか……だから――」
伴坂はそこで一旦言葉を区切り、再び口を開く。
「だから、今回の記事で絶対に雑誌部に勝たないといけないんだ。 勝って、私のしている事は間違っていないんだって、彼らに分かってほしかった……」
合点がいった。 それで勝敗に固執しているわけか。
「そういう事だったのか」
「あとごめん」
「ん?」
「パクった」
「は?」
「今回のお前たちの企画パクった」
「やっぱアンタかよ! しかも凄いさらりと言うね!」
「ついでに言うと今日の見学もパクったよ?」
「そんなさも堂々と言わなくてもいいぞ? 逆に清々しいわ」
「これも、バチが当たったんだな……こんな卑怯な手を使ったから」
「ああ、地球上でもっとも高い建造物のこのタワーの頂上には神が居るとかいう都市伝説もある位だしな」
「ちなみにこの一カ月の間お前たちの部室に盗聴器を仕掛けておいた。 それで情報収集してたんだ」
「うん。 それ後で撤去してね」
「はあ……言っちゃった。 これで新聞部も終わりだな。 私はここから下りたら新聞部から去るよ。 もう私が居る場所はない。 いや、居て良い場所は無いかな……」
「なに言ってるんだ?」
「お前にも、お前の部員にも沢山酷いことを言った。 私にはもう何を言う資格もない」
「おいおい。 ここまでやっておいてそれは無いだろ?」
「え?」
「確かにやったことは卑怯だ。 全然フェアじゃない。 でも新聞部の今の現状と、アンタの気持ちは俺にはよくわかる。 俺だってちゃんとした部長の勤めを果たしたいっていつも思ってる。 でも中々それが難しくてなあ。 辛いのは、俺も一緒だ」
「田宮……怒らないのか? 私を」
「怒ってどうにかなるんならとっくに怒ってるよ。 でもどうしようもないだろ? アンタも必死だったんだ。 必死に足掻いてこれしか方法が無いって思って今がある。 俺にも気持ちは痛いほど分かる。 だから俺は、アンタをあんまり責めたくないって思った」
「なんで……」
「そりゃこんな状況でもなきゃアンタは打ち明けもしなかったろうな。 そこはちょっと引っかかる所もあるけど、でももう俺はアンタから話を聞いた。 だからもう終わった」
「お前……ありがとう」
「アンタから礼を言われるとは思わなかったね」
俺は立ち上がる。
「田宮!」
「ど、どうした!?」
「あんまり動くな! 衝撃でエレベータが落ちるぞ!?」
「いや、落ちないから」
俺はしばし今後の事を考えて黙って考え込む。
「今回の勝負。 私たちの方から取り下げる。 今回の企画は雑誌部のものだ。 私たちは身を引くよ。 それで許してほしいとは言わないが」
「いや、その必要はない」
「なに?」
「この企画。 雑誌部と新聞部のコラボ企画にしてしまえば良い。 名案だろ? そうすればどちらか片方が身を引くこともない」
「そんなこと――」
「お互い締め切りもあるしなあ? 今から企画変更だと新聞部、余裕で死ねるだろ?」
「ま、まあ……」
「ホラ、どっちが面白いかは俺も気になるから読者に決めてもらうとしようじゃないか? 刊行した後の読者アンケートを新聞部と雑誌部で合同で発表しあう機会を設けよう。 お茶でも飲みながらな?」
「良いのか?」
「ああ、楽しそうだ。 あ、お茶が嫌なら紅茶でも良いけど?」
「いや、お茶がいい。 あのお茶美味しかったんだ」
「ふ、美味しいって言ってくれたのはアンタだけだ」
「なんだそれ」
「いや? とにかく、身を引く必要は無い。 この件もお前の暴露もここだけの話にしよう」
「で、できれば私が暗闇恐怖症と閉所恐怖症と高所恐怖症の話も――」
「ああ、もちろんだよ。 誰にも言わない。 ココだけの話って事で」
「お前……優しいな……グスン」
伴坂は急に泣き出す。
「お、おいおい泣く事でもないだろ! 俺だってお前の気持ちはよくわかるし! そ、そうだ。 幹部同士の密約的な感じ? お、なんかかっこいいなその表現、うんうん」
しかし伴坂は泣き止まず、終いには大声で大泣きしだす。
『どうしましたか? 何か問題が起きましたか?』
AIも反応してしまう。
「あ! いやいや! 暗いのが怖くて泣き出してしまって! 大丈夫だから!」
『そうですか。 ちょうど今事実確認が終わった所です。 職員に確認したところセキュリティ上の問題は無しとの判断のうえ、私の権限でこのエレベータを四十九階に戻します。 照明も今点灯しますので、お連れ様にご安心なさるようお伝えください』
「ああ、ありがとうございます……」
エレベータ内の照明がパッと付き一瞬目が眩んだ。 エレベータが動き出す。
伴坂はそれでも泣き止まない。
「おいおい、そんなに泣いてたら下にいる奴らに心配されるぞ! ほら! 下に着くまでにハンカチで涙を拭け!」
俺はハンカチを伴坂に渡す。
「う、う、ありが、う、うわぁぁぁああん!」
「わかったから! わかったからしっかりしろ!」
その後、エレベータが四十九階に到着してドアが開いた。 目の前には高橋さんが居て、その後ろには雑誌部の部員と新聞部の部員が心配そうに見ている。
「大丈夫かい!? 間違って乗っちゃったんだって? 私に言ってくれれば下まで案内したのに!」
「す、すいません! ちょっとこいつが気分悪くなってしまって慌ててしまって……」
「そうかい! まあたまにあるんだよ。 ほら、標高が高い山に登ると高山病になるっていうだろ? 一応下りたら念のため医者に行った方が良いかもしれ――」
「その必要はありません!」
後ろからいつもの伴坂の威勢の良い声が響く。
「心配かけたみんな! 私はもう大丈夫だ! それより話したいことがある! 雑誌部、新聞部双方に聞いてもらいたい!」
涙目と若干の涙声だったが、伴坂は堂々とみんなに分かりやすく伝える。
俺とエレベータ内で冷静に話をした結果、双方和解の方向で話を進める事。 そして俺が提案したコラボ企画。 雑誌部と新聞部の合同企画として、このゲオルタワーの双方の取材記事を書くこと。 雑誌部で載せない記事は新聞部で。 新聞部で載せない記事は雑誌部で、という風に記事を作成すること。 もちろん記事の被りは無いように双方で確認を取る。
みんな、それで納得してくれた。
その後俺は新田から間違えてエレベータに乗った事と何も言わずに移動しようとしたことに対して怒られたが、何故かみんな俺があの強情な伴坂を説き伏せた事にされて賞賛をされた。 事実を言うつもりはないが、これはこれでラッキーである。 俺の部員からの株が上がることは悪い事ではない!
ガイドの高橋さんからも特にお咎めは無かったし、面倒な処理は全部タワーのAIがしてくれたのだろう。 改めて凄いタワーだった。
取材もその後順調に終わり、俺たちは帰宅した。
【翌々日:雑誌部部室】
「ねえ教えてくださいよタミさん! あの新聞部の部長をどうやって説き伏せたんですかぁ~?」
坂本はさっきから同じ質問をずっとしてくる。 いい加減うんざりしてきた。
「いや、だから、普通に話してお前それおかしくね? って言ったわけだよ。 そしたらちょっと口論になったけど、すぐ冷静になって伴坂も話を聞き入れてくれたの」
「でもすげー涙目になってましたよね? タミさんバシッと一喝入れたとか! それかシバイたとか!」
「してませんしてません」
「鼻も赤くなってたし、相当シバキ倒したとか」
「してないって!」
「じゃあ泣いたんですか? 絶対泣いてましたよね?」
「それは……暗がりでよく見えなかったから俺はよく分からん」
「あぁ……そうですよねえ……ふふ、あの女が人前で盛大に無く分けないですよね。 いや~しかし見たかったなあタミさんがあの女に一喝入れるとこ!」
「おい」
コンコン。
部室の扉を誰かがノックする。 新田が「どうぞ」と声を掛ける。
扉が開くと、そこには伴坂とその後ろには新聞部の部員たちがいた。 途端に俺以外の雑誌部の部員たちに緊張が走る。
伴坂は「失礼」というと、新聞部の部員たちと共に部室に入ってきた。
「先日はどうも。 中々いい取材だった! 我ら新聞部も確かな手ごたえを感じているよ」
「それは……どうも」
俺は適当な相槌を打つ。
「今日は共にタワーの取材結果を報告し合おうと思ってね? この先のコラボ企画の話もしたい」
「ああ、構わないよな? みんな?」
雑誌部の部員たちは無言で頷く。
「決まりだな! ではさっそくアレが飲みたい!」
「アレ? おお! アレか!」
「そうだ! アレは美味しかったからな! 会議も捗るというものだ!」
俺は坂本にお茶を淹れるよう指示する。
みんなが新聞部の部員たちも座る椅子を準備している間に、伴坂が俺の所に近づいてきて耳打ちする。
「先日はありがとう。 あのあと帰りに、部員たちと話したんだ」
「なんのだ?」
「私の事をどう思ってるのか、新聞部をこれからどうしていきたいかをな。 そしたら、みんな私の考えに賛同してくれていたんだ。 それと、もっと私と話をしていきたいとも言ってくれた。 田宮、お前のおかげだ。 ありがとう。 これからもがんばるよ」
「それはよかったな。 ほら、やっぱアンタの思い込みだった」
「そうだな。 私は今とても楽しい。 全部お前が教えてくれた。 本当に感謝している」
「ああ、これからも仲良くしてこうな」
「もちろんだ。 でもライバルである事に変わりはないからな」
「それはもちろん。 望むところだゾ」
「あとあのハンカチ」
「ハンカチ?」
「お前が貸してくれたハンカチ」
「ああ」
「ちゃんと洗濯して返すからな」
「ああ、お気遣いなく。 てかやるよ。 俺ハンカチいっぱい持ってるし」
「……いいのか?」
「ああ」
「ふふ、ありがとう。 大事に使わせてもらうよ」
「ん? あ、ああ。 そうしてくれ?」
椅子の準備が出来たらしい。 みんなこちらを見ている。
「さあ! 互いに良い記事を書こうじゃないか!」
「と、その前に……!」
坂本が割って入る。
「今日のコラボ会議の題名は? なんかそれが無いとどうも腰が座んないよ」
「そうね……」
「決まってる! 今回は記念すべき第一回! 【雑誌部『めくりた』×新聞部『またたき』合同会議】と名付ける!」
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