2P 『あなたの隣にある虹』

 撮り溜めた写真の整理はいつもしんどい。 だって四六時中撮ってるものだから、一日で溜まる写真のフォルダ数は二百を越える。 でも一日一回は整理しないと翌日にはもっと溜まっていってしまう。 そしたらしんどいが二倍になる。 三日さぼれば三倍だ。

 でも、その中で良い写真を見つけられた時にはその苦労も報われる。

「ふう……」

 私は一旦手を止めて、窓の外を見る。 外は雨模様で、路面へとぴちゃぴちゃと雨音を出しながら地を濡らし続けている。 

 しばらくそんな景色を眺めて、私は再び写真整理に集中する。 すると、その中で気になる写真を見つけた。 よく眺めてみる。 うん、悪くない。 消すにはもったいない写真だ。 保存しておこう。



    【雑誌部『めくりた』部室】


 ここは都内の学園のとある部室。 月刊『めくりた』の記事制作をしている、通称雑誌部だ。 ここには様々な取材から得られた情報をもとに、部員が一から雑誌を制作する。

 取り扱う題材は多岐に渡り、取り扱う内容にあまり縛りは無い。

 私は雑誌部に在籍する学年一年の蓮乃レン。 担当は写真撮影と、誌内では特別に月ごとに決められたテーマの写真集のコーナーを任せられている。

 学園内での雑誌部の知名度はけっこう知られており、人気もある雑誌だ。 主に学園の購買部で販売される雑誌だが、ネットの公式ホームページからも購入をする事が可能だ。

 ページ数は毎回五十ページ弱と少なめだが、学生が作る雑誌ということ、又記事の内容自体も一癖も二癖もある内容が多いので、人気は学園内だけには留まらず、学生ではないその他の一般の人の購入も多く、活動の維持費もすべて売り上げから賄わせて頂いている。


 私はカメラが好きだ。 十歳になった記念に親がデジタル一眼レフカメラをプレゼントしてくれて以来、この雑誌部でも愛用させてもらっている。

 カメラ愛のおかげでこの雑誌部でも写真係を任せられた。 何気ない日常の風景から、ちょっと刺激的な場面まで、色々な所で撮影している。 このカメラは私の愛用の品であり、相棒でもある。


「じゃあ蓮乃、今月のテーマは?」

「はい?」

「いや、今月の写真のテーマは?」

「ああ」

 ああそうか、今は来月刊行予定の『めくりた』の企画会議の最中だった。 カメラのファインダー越しに世界を見ていると、時々現実の進行とファインダーの世界の時間がズレる。

「テーマ、テーマ……」

 私はまるで授業中に居眠りをしていていきなり教師に問題の回答を答えろと言われたような気持ちになる。 うん、この例えは間違ってはいないな。

「ちょ、ちょっと考えます」

「ったくお前はぁ、今大切な企画会議中だぜ? 最中ぐらいカメラから目を離せよ」

 私と同期の河野カズヤが注意してくる。

「まあまあ河野。 蓮乃の写真にはいつも助けられてるんだから、大目に見ようじゃないか。 そうだ、俺たちもテーマを考えてみよう。 何かみんな来月の写真コーナーのテーマ案はあるか?」

 部長の田宮ヨシミさんがフォローを入れてくれる。

「そうっすねえ、今この次期だと外の撮影は厳しいんじゃないっすか?」

「なんでだ?」

「ほら、今は台風の季節っすよ? 昨日もテレビで南から台風十号が明日には上陸してくるっていってましたし、締め切りまでに外での写真を撮るのは無茶じゃないかと?」

 そこから、今回の写真のテーマは室内で撮れるものがいいとか、敢えて台風の風景を撮るのも素敵じゃないかとか色々と案は出たが、むう……私は決めかねていた。 結局いつもテーマは決めるものの、採用されるのはテーマとは全く違う写真で、どちらかというと写真を撮ってからテーマを決めていくスタイルだからだ。 というより、私はテーマを決めて写真を撮るのが苦手なのだ。 何か、色々な可能性をテーマという縛りで潰してしまい、良い写真があったとしてもテーマと違えば不作として捉えられ悲しい。 まったく自由じゃない。 だから私は毎回この企画会議で苦戦する。

 同じように写真コンテストとかもそうだ。 こちらも多くの場合テーマが決まっている。

 日常にはありとあらゆる発見と驚きで満ちている。 決定的瞬間を撮れたとしても、それがテーマと外れていれば驚きはただの規格外。 出来損ないの風景という見方をされるのだ。 私はそれが嫌だから、そういうコンテストの類には写真を投稿しない。

 しかし、この雑誌部には締め切りという言葉がある。 まあ、出版系に限らずどこの部や仕事でも締め切りはあるのだが。

 この雑誌部『めくりた』の締め切りは割と早い。 何せ副部長的な立ち位置である新田さんの記事の下書きがかなり早い段階で必要で、そのためには写真の素材や、取材状況もその早い段階よりさらに早い段階で必要になるのだ。

 そしてその指定された締め切りは、今から三日後。 雑誌の企画の中にはすでに取材を終えているものがあったり、 大体の構成が決まっているものまである。

 私の担当する写真コーナーも例外ではなく、写真は無くてもテーマが決まっていなくては下書きも何もできないのだ。 私は悩む。

 会議で、みんな色々な案を出してくれた。 でもそのどれもが私の食指を動かすに至らない。 だってもう決められたテーマだから。

 その後は、そのテーマから私が三日以内に選んでどんな写真を撮るのか考えろという結論に達して今日の会議は終わった。


 放課後の帰り、家路に着く前に私は近くの公園に寄ってみる。 何気ない公園の写真をパシャリと一枚撮ってみる。 うーん、無いな。

 台風が上陸するという予報もあり、天気はどんより最悪で、写真を撮るという気にさえならない。

 ベンチに座り、私はカメラのフォルダを整理してみる。 過去の写真で良いものはいくつかある。 その写真にテーマを当てはめて提出することもできるだろう。 でも私はそういうやり方は嫌いだ。 だって、それは『今』じゃない。 みんなが読む頃には過去の写真だが、私はそれでも今の写真が撮りたいのだ。

 中には雑誌に載せる為に撮っていない写真で素敵な写真もある。 でもそれはやっぱり『今』じゃない。 私は『今』フレッシュな写真をみんなに見てほしい。 そしてテーマに縛られない、自由な写真を撮りたいのだ。

 以前カズヤにそんな話をしたことがある。 そしたら、それはワガママだと言われた。

 分かってる。 私がその辺りに関してワガママなのは十分わかってる。 でも私は本質的に、そんなルールに則った写真を撮影するぐらいならワガママに撮った写真が百倍マシだとも思ってる。 変える気は無い。

「はあ……」

 変える気は無いけど、締め切りが……。 

いけない、締め切りの事を考えると急に焦ってきた。 だってそんな事を言ってたら締め切りに間に合わない。 それは写真愛だとか以前の問題で私の担当で役目だ。 それは最低限全うしなければいけない使命というやーつ。

 当然ながら、フォルダを整理しても私の納得する写真はない。

 しょうがない。 ちょっと強引だけど、この三日間のうちに納得できる写真を撮りまくろう。 とにかく撮って撮って撮りまくれば、良いのが出てくるはず。 テーマはそれから決めてもいいだろう!

 私はカメラを構えると、ファインダーを覗く。 とりあえず撮りまくれ!

 天気がどうとか関係ない。 撮りまくれば、きっと……。

「お?」

 ファインダー越しに人……。 カメラを上へ向け、顔を確認する。 その人はまっすぐ私のカメラのレンズを見ていた。

「あ……」

 雑誌部の部長、田宮さんだった。

「ぶ、部長!?」

「やあ蓮乃」

 私はファインダーから目を離すと、直に彼を見る。 私の四メートル先に部長が居た。

「ど、どうも。 どうしてここへ?」

「いや、帰りがけに蓮乃が公園に居るのを見かけたからちょっと寄ってみたんだ」

「そうですか……」

「なんだぁ? やけに深刻そうな顔をしてどうした? まだ写真コーナーのテーマの事で悩んでるのかあ?」

「まあそりゃ、私だって悩みますよ……だって締め切りがあと三日後なんですもん」

「はっは! そりゃ悩むよナ」

「笑い事じゃないです」

「ごめんごめん、何かお前いつも冷静な顔をしてるから、初めて深刻そうな顔をしてるお前を見たらついおかしくなってしまってナ? ははは」

「もう、他人事だと思って……」

「そんな事ないゾ? 蓮乃の写真にはいつも期待してるし、実際反響も良いんだ。 ホラ、この間もメールで写真コーナーの事褒められてただろ? 俺も蓮乃の写真は好きだ。 なんていうかそうだな……いつも写真からフレッシュな感じというか、どんな写真でも生な感じがする。 リアリティっていうのか、臨場感ていうのかな?」

「まあ、その心意気で撮ってますからね」

「へえ、やっぱりそうなんだナ。 だからまあ、お前が悩んでたら俺も悩んじまう。 大事な優等生だからな、はっはっは」

 全然悩んでいる風には見えないわけだが。


 ぽつ、ぽつ。


 急に手の甲に水が当たる感触がした。 え?

「お? 雨か」

「雨!? やば!」

 カメラが濡れてしまう!

「なんだ傘持ってないのか?」

 部長はそう言うと傘を差してくれた。 

「あ……」

「お前、この台風が迫ってる中傘を持ってないのか? かさばるなら折り畳み傘とか持ってた方がいいぞ? あとむき出しでカメラをいつも持ってるから、カメラ収納バッグとかもあった方が良い」

「あ、ありがとうございます。 そうします……」

 そして次の一呼吸後にはさらに雨の勢いは強まる。

「私、あんまり雨好きじゃないんです」

「まあ、好きな奴はあんま居ないと思うが」

「そうじゃなくて、雨の日の写真を撮る気になれないんです。 だって空はどよどよしてるし、何にも映えないし、カメラは濡れるし。 私がカメラを持たず外に出る時は雨の日ぐらいです」

「そうなのか。 雨の写真もいいと思うけどな」

「部長も言ってくれましたけど、私フレッシュを感じる写真が好きなんです。 写真は生き物。 ほら、よく猫の動画見て可愛いとか言って癒されてる人とか居るじゃないですか。 そんな感覚です」

「ほう」

「そこには被写体が居て、そして写真には写らないですけど撮影者も居るんです。 また猫の動画を例えに出しちゃいますけど。 猫の動画ってアレ、撮影者も込みなんですよ」

「どゆこと?」

「撮影者はその猫の姿や言動が可愛いから撮ってて、なんだろう。 そんな事を考えて撮影者も視聴者と同じく癒されてるんだなあって思うと、それもなんだか楽しいし、癒されるっていうか」

「撮影者に共感するわけか」

「そうです。 写真も同じで、自然の雄大な景色を撮ってる時に撮影者は何を感じてるんだろうなとか考えるんです。 楽しい写真なら私も楽しく、悲しい写真なら私も悲しくなります。 だから雨の写真て、見てる人は美しいなあと思って見る人も居ると思いますけど、撮影者の事を考えると私はそんなに楽しいと思いません。 だって、雨ですよ? 濡れるしじめじめしてるし、実際カメラに気を使いながら撮影してるだろうから神経使って苦労して撮ってるんだろうなって気持ちで見ちゃうんです」

「そうか、なるほど。 自分がいいなって思った瞬間をカメラに収めたい。 そういうこと?」

「そうです。 まあでも、感じるのは結局人それぞれで自由ですけどね。 ただ私はプロでもアマチュアのつもりもありません。 だから写真を所謂作品として見てもいません。 だからこれは私の個人的なワガママと言われてもしょうがないですけど、せめて私の写真を見る読者には、私と同じ気持ちになってもらいたいんです。 雨の写真を撮らないのは、私が雨が嫌いだからですけど、見てる人にもそんな感情を共感してほしくないのもあります」

「お前さ……」

「はい?」

「もうその時点でプロじゃん」

 その言葉にドキッと、心臓をわしづかみにされた感覚になる。

「そこまで考えて写真を撮るやつって、素人にもプロにも中々いないゾ? だいたい、あぁこれは良い景色だなあとか、映える! って思って撮ってる奴しかいないんじゃないか?」

「まあ、そうですね」

「中には人への共感を考えずに賞を撮ったりするプロやアマチュアもいるだろうけど、もしそれで蓮乃みたいな事を考えてさらに共感も得られるような写真を撮る奴が居たとしたら、そいつはもうプロだ。 自分自身が認めていなくてもな。 でさ――」

 雨足がそこでさらに強くなる。 風も非常に強く傘一本では雨を防ぎきれなくなった。

 台風のせいもあるが、完全にゲリラ豪雨レベルだ。

「これはヤバいな! ちょっとあそこの中入るぞ!」

 部長が指さしたのは公園の中にある土管遊具だ。 私たちはその土管遊具へ向かって全力疾走した。 部長はカメラが濡れないよう、なるべく私の方へ向けて傘を差してくれている。

「部長! 濡れちゃいますよ! カメラは私の服で隠しますから、自分の方へ向けてください!」

「良いから! お前もカメラも大事だ!」

 ……え? この人、今何気に凄い事言わなかった?


 私たちは土管遊具の中に入る。 中は外から見た大きそうなスケールとは違い意外に小さく、筒も長くないので入り口付近に居ると濡れてしまう。

 私と部長は肩と肩が触れ合う距離でお互い雨風から身を守るために体を寄せ合う。 こんなに部長と接近したことがないのでちょっと心臓がドキドキしてしまう。

「凄い降りだな。 すぐ止んでくれればいいが……」

「部長……頭、濡れちゃってます。 もう……」

 私はポケットからハンカチを取り出すと、部長の頭と顔を拭いてあげる。

「すまん」

「もっと自分に傘を向けてくださいよ。 部長の傘なんですから……」

「はっは……」

 またさっきみたいな言葉を言うかなと思ったが、部長は言わなかった。

「まあ何だ。 写真のテーマに困ってるなら蓮乃のやり方でやってみろよ? 楽しい感覚とかも大事だけどさ、共感を求めたいならさ、悲しい感覚とかも共感してもらったら?」

「悲しい感覚とかですか?」

「ああ。 だってさァ。 生きてれば楽しい事ばかりじゃないじゃん? 辛いこともあれば、悲しい事や怒りに震えることもあるだろ? 確かに見てる人にとって楽しんでもらいたいって気持ちも分かるけど、撮影者の素の感情もまた写してもいいと思うんだよなあ」

「素の感情……」

「それが百人見て百人に伝わるとは思わないけどさ。 だけど撮影者の感情まで共感してくれる人が居るなら、俺はもっとその撮影者の事を知りたいと思うね。 この人はこんなに楽しい写真を撮るけど、何か悩みとか、悲しい事とかは無いのかなあってな? 少なくとも――」

 雨から身を遠ざけるように、肩と肩がぶつかり、慌てて少しだけ離れる。

「少なくとも俺は、もっと撮影者の感情が知りたい」

「――!」

「楽しい写真……感情ばかりじゃなくて、色々な素の感情が見てみたいな、俺は」

 なんだろう、部長の顔がまともに見れない。 まあさっきから見れないわけだけど。

「そういえばさ、ずっと聞きたかったんだけど」

「な、何ですか」

「昔からずっと写真撮ってるんだろ? そうすると必然的に撮影者って写らないじゃん? 自分の姿もアルバムに残しておきたいって思ったことはないのか」

「お、思います……けど私は写ってなくても、写真は撮影者もセットだと考えてますから、写りたいなあって思った事はないです」

「そうなのか。 ところでお前いま素だろ?」

「え? な、なんですか急に」

「ちょっと自撮りしてみ」

「な、なんでですか!」

「部長命令だ。 自撮りしてみろ」

「い、嫌ですよ! こんな濡れた姿で!」

「だからだよ。 今お前は素の感情を俺に出してくれてる。 チャンスは今だ!」

「なんですかそれ! 素の感情が出てるからって素が出てる私を撮って何になるっていうんですか!」

「自分で自分の正確な今を理解できる」

「なんですかそれ……」

「わかった。 自撮りが嫌っていうなら、俺が撮ってやる。 貸してくれるか?」

「え?」

「もしかして他人にカメラを触られるの抵抗ある?」

「いや、特には」

 いや、ある。 でも部長になら……いいと思った。 そして私は部長にカメラを貸してしまった……。

「お前ほどじゃないけどな。 扱いは分かるから安心しろ。 ほら、撮るぞ」

「え、あ――」


 パシャリ。


 一瞬の一呼吸もなく写真を撮られる私。

「せめて掛け声ぐらい掛けてください! 間抜けな顔になっちゃったかもしれないじゃないですか!」

「はは、悪い悪い! でもほら、見てみろ」

 部長はカメラを返す。 ディスプレイに今撮った写真を表示させる。 その中には、少しドキドキしていて、困惑していてる私が写っていた。

「よく撮れてる」

「全然よく撮れてません。 この写真は消します!」

「そうか? でも、今のお前の感情がめっちゃ伝わってくるゾ」

 な、何を言ってるんだこの人は! 私の、どんな感情が伝わってくるっていうんだ!?

「一人で雨の中土管の中に入って悲しいって感情が伝わってくるねェ」

「な、なんですかそれは……。 そんなの見て何が楽しいんですか」

「ほら、俺たち雑誌部だろ? エンターテインメントってさ、楽しい事ばかりを写すんじゃなくて、人々の喜怒哀楽も引き出さなくちゃいけないんだ。 例えばホラー映画とかが良い典型だな。 本来絶対経験したくない出来事を、視聴者は面白がって見てる。 めっちゃ怖いと感じてても、映画の中の主人公に共感してるんだ。 主人公からしたらもう勘弁してくれって感じだけど、それを見て面白いと感じる人も居る。 ジェットコースターとかもそうだな。 あんな怖い乗り物なのにみんな面白がって乗るだろ? スリルは日々の退屈な日常のスパイスなんだ。 感動系の話もそんな感じだな」

「その理屈で言えば、恋愛映画とかもそうなんですか? 私は全然見たことないけど」

 って、なんでこの状況で恋愛映画という単語が出てくるんだ! 空気を読め私!

「そうだな。 そうそう。 その映画を見て、ああ僕も私もこんな恋がしたい~って主人公やヒロインに共感して悶える? みたいな! みんなそんな非日常だけど、隣にあるかもしれない何かドキッとする感覚を求めてる。 そう、刺激をな」

「刺激……」

「この今撮った写真もそう。 みんな台風が来ると分かってれば外になんか出ないで家とか室内で過ごしてるさ。 でもこうして非日常的に土管の中に入って雨宿りをして悲しそうな顔をしてる奴がいる。 これって凄く非日常的だと思わないか?」

「まあ、思いますね。 そんな頭のおかしい奴は滅多にいませんからね」

「はっは! でもお前だって好きでこんな土管の中にいないだろ? 読者はきっと、そんなお前の写真を見たら気になってしょうがないはずだ。 なんでこの子は雨の中土管の中に居るんだろう? 何かあったのかなって。 この写真一枚で、読者の心をわしづかみにするぞ」

「って部長……こんな私の写真雑誌に載せようとしてます!?」

「ああ、これ十分最高の写真だ。 これで行こうと思う」

「勘弁してくださいよ~! 私自分の写真はあんまり……」

「それは今まで撮った事が無いからだ。 ホラ、他の部員はけっこう写真載るけど、撮影者ってまず載らないだろ。 ここでバンと撮影者が雑誌に載ったら、みんなびっくりするゾ。 こんな可愛い子が撮影者だったの!? って」

「か……かわ!?」

 いやだから、なんであんたそんな恥ずかしいセリフをそうスラスラ言えるん!?

「じゃ、じゃあ……!」

「ん?」

「部長も一緒に写ってください」

「え、俺も?」

「撮影者の感情を読者に見せるんです。 私を撮った部長も写真に写らないと!」

「ああ、そうか。 それもありだな! いいゾ」

 私はカメラのレンズを自分たちに向ける。 肩を寄せ合い、レンズの中に入るようにする。 

「良いですか? 撮影する時は顎をちょっとだけ引くんです。 そうすると写りが良いですから」

「ん? それって俺がカメラ写り悪いって言いたいのか?」

「ふふ、いきますよ」

 そしてシャッターを押した。


 パシャリ。


 そのあと、私と部長とで写真を沢山撮った。 土管の中でだけど。

 外はもうすっかり雨が止んでいた。

 私たちは土管の中から出る。 遠くの景色には夕陽と、その横には綺麗な虹が出来ていた。

「うわ、めっちゃ綺麗……」

「ヤバいなコレは」

 私はその虹をカメラに収める。 何度も、何度もシャッターを押す。

雨も……良いもんだなあ。

「この写真も載せよう。 うん、『台風の後の虹』今回のテーマはこれだな」

「台風まだ上陸してないですけどね」

「細かいことは気にするな」

 ああ、撮りたい。 でも、ちょっと言うのに気が引けてしまう。 でも、散々この人も言いたい放題言ってきたんだから、私もちょっとぐらい……良いよね?

「部長」

「ん?」

「じゃあ、虹をバックに一緒に写りましょう」

「お? いいなそれ!」

 私は土管の中でそうしたように、レンズを私と部長に向ける。 しかし手が少し震えてうまく狙いが定まらない。 土管の中は狭かったし足で固定できたから良かったけど、広い場所で立ったまま自撮りするのはちょっと難しいな。

 そんな事を考えていると、部長が片方の手でカメラの側面を持ち、私と部長で片方ずつカメラを持つ形となった。

「これで安定するだろ?」

「は、はい」

 私はシャッターのボタンに指を乗せる。 でも、しばらく押せないでいた。

「ん? 難しいか?」

「うまく虹を背景にするのが難しくて……」

 本当は、もう少しこのままでいたいから。 シャッターを押してしまったら、この瞬間も過去のものとなってしまう。 今この瞬間のフレッシュな気持ちをずっと感じていたい。

 でも、そう多くの時間は無いわけで……。


 パシャリ。


 撮ってしまった。 そして私の素敵な時間は過去のものとなる。



    ※


 私はこの前撮った写真を眺めていた。

 自分が写るのも、悪くないかな。 だって、その写真を見ればいつでも過去は『今』となる。

 そっか……。 そういうことか。

 私はまた発見をした。 たぶん、とても大切な発見だ。

「この写真、良いなあ。 現像しようかなあ」

 私は声に出してみる。 そうすると気分も楽しくなってきた。 とても素敵な写真だ。

 たぶんみんなこの写真を見て色々感じるだろう。

 でもそれは人それぞれな訳で、私の感想は私の中にだけしまっておこう。

 そう、撮影者しか感じない感情もあるんだ。 それが、撮影者の得ってやつかな。 

 ちなみに写真コーナーのタイトルは後でこっそり下書きの新田さんに変更してもらった。

 タイトルは『あなたの隣にある虹』だ。

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