第19話 無星に願いを
「いやぁなんとお礼を言ったらいいか! 無星の依頼なのに受注してくださるなんて、本当に有難い限りです……!」
「ナギ、なんかこの人……」
「さ、さっき会った人と違いますね……」
ステラは駆け足で無星の依頼を受注した後、大急ぎで依頼者である男のあとを追った。しかしそこでは男を見つけることはできず、仕方なく依頼書にある住所に訊ねてみたところ、そこに出てきたのはギルドで出会ったのとは別人の男だったのだ。
スーラントの父であるその男に招かれて、二人は少し小さな石壁作りの家へとお邪魔する。そうして今は座るだけでギィ、と軋む椅子に遠慮がちに腰かけて依頼主の男と対面している、という状況だった。
「あ、あの……何か問題でもありましたでしょうか……? も、もしかしてやはり報酬額が――」
「いいえ! 報酬のことは考えなくて構いません。貴方が払えるだけの金を払っていただければいいのです」
「ちゃっかりしてますね、ステラ……」
「まずは息子さんの……スーラント君の情報を確認します。二日前から行方不明で、遊びに行くなどの一言もなく家からいなくなってしまったと……」
「えぇ。最近は友達と遊ぶために外出することもよくあるのですが、居なくなったその日は何の前触れもなく……」
「本当にただの迷子ですかね? 目撃情報などあってもいいものですけど、それも全くないと……」
ナギが真っ当な意見を挟む。目撃情報があればギルドの方で詳細が追記されるが、今回の依頼書にはそれすら無かったのだ。
「この街はデカいからね。人も多いし、最悪な自体というのも考えられる」
スーラントの父含め、三人の脳裏に浮かんだのは『誘拐』の二文字。父である男が、弾むようにして立ち上がった。
「まさか、息子は、誰かに攫われて……!」
「落ち着いてください。まず心当たりのある連絡先はありますか? 息子さんがそこに行っている可能性もあるかもしれません」
いつになく丁寧な調子で、ステラは引き続き質問を投げる。あまりにこなれた様子なので、ナギは彼が記憶を失う前は冒険者だったのではと、現状とあまり関係のない憶測を立てていた。
「そ、そうですね……親戚などは遠くの地方にいるので考えられないですが、それ以外だと病院にいる妻でしょうか」
「奥さんは今病院にいらっしゃるんですか」
「えぇ、かなり重い心臓の病気でして……。中央のコンデラルタから良い医者を呼ぶしかないということで、それまで暫く入院しているのです」
コンデラルタ。その言葉に耳を傾けたステラに、ナギが捕捉する。
「この世界の中央にある巨大な国ですね。現在ヴィットーリオ三世という王様が統治している大国ですよ」
「へえ……」
捕捉の際中、ステラは部屋中をじろじろと眺めていた。その素振りから、ナギはイヤな予感を察する。
「ちなみに――そのコンデラルタまで名医を呼ぶようなお金はあるのですか」
「ちょ、ちょっとステラ! いきなり失礼なことを!」
「あ、あっはは……いやぁ、ご明察です」
確かに改めて見渡すと、その部屋の内装はこまごまとした物が多いもののよく整理されている。しかし逆に言えばこれといって目立つものが少なく、――例えば箪笥や食卓と言えるような大きなテーブル、椅子など――端的に言えば家具と呼べるものが足りていなかった。
「働くだけではどうしても足りないので、家具を売っていましてね……。入院代を支払うだけでもご覧の有様です。医者が来てくれれば妻の命は助かるでしょうが、その時には家具だけでなく家さえも売るハメになるでしょうね……」
「すいません、うちのステラが不躾なことを……ほら、ステラ! ちゃんと謝りなさい!」
「うぐぐっ、いや、そうだけどさ……! でもこういうのってハッキリしとかないと……」
頭を掴まれ、こうべを無理矢理下げさせられそうになるのを、ステラは必死で抵抗した。こればかりは彼にも譲れないところがあるようだ。
「提示した報酬、五万ベラドは必ず払います。しかしそれ以上の額は払うことは、とてもとても……」
男は膝に手を置き、ステラよりも先に大きく頭を垂れていた。
がたり、とステラがその場を立つ。真剣そのものの表情をして、そのまま家の戸口へと歩き出したので、思わずナギが呼び止めようとする。
「ちょっとステラ、どこ行くんですか!」
「どこって、さっそく探しに行くんだよ。ただその前にサングラスを買わないと……この前ブッ壊れてそれっきりだからね」
「う、受けてくださるんですか、息子の捜索依頼を……!」
「当たり前だろー。既に受注は終わってるんだ、後はやるだけだよ。えぇっと、この街の見晴らしのいい場所は~……」
ステラは振り向かず、いつものぶっきらぼうな調子で返しながら街の地図を眺める。後に続き、ナギが彼の片腕に引っ付くようにして駆け寄った。
「お待ちくださいお二人とも! 言い忘れていたのですが、この街の外れにある大渓谷には決して近づかないでください」
どうして、とステラの疑問の表情。
「昔からモンスターの巣窟なのです。私は冒険者でもないので詳しくは分かりませんが、仕事仲間からもよく危険な場所だと聞くので……」
「ふぅん、そっか。ならそこも探さないとだね」
「分かりました、スーラント君がそこにいないか気にかけてみます。それじゃあいきましょうかステラ」
「ちょ、ちょっと!?」
しかし男の忠告とは裏腹に、二人してそれを意に介さず、あまつさえ捜索すべきエリアとして認知してしまった。はした金しか出せない立場として「せめて身の安全だけは」と発した一言が大きく裏目に出てしまい、男は焦って立ち上がる。
「本当に危険なんですよ!? そんなノリで良いんですか! こ、こんな大した報酬も払えない人間に――」
バッ
「ン!」
言葉を遮ってステラが突き出したのは、人差し指と中指を立てたハンドサイン。
スーラントの父は困惑しながらその意図を汲み取ろうとした。
「えっ、えっと……Vサイン、でしょうか?」
「ピースだ。ただのモンスターやそこいらのゴロツキ程度に負けるような俺達じゃない」
「し、しかし……」
「スーラント君はきっと、今も不安な気持ちでいるはずだ。お父さんのアンタまでそんな顔してちゃ駄目だよ。だから――」
バッ
再び、ステラはVサインを見せつけた。今度は自身も笑顔で。
「セイ・ピース! 笑って待っててくれ」
「わ、分かりました……! 本当に、本当にありがとうございます……ッ!」
男は再び深々と頭を下げて、謝意を全身で示した。その表情が笑顔かどうかは分からなかったが、彼が
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