第18話 クレルモンのギルドへ

「レックゴーレムの討伐、星三、報酬は二十五万ベラド……ふむ」

 ぱさり、と一枚。

「マインパンサーの群れの撃退、星三、報酬は二十万ベラド……ふむふむ」

 ぱさり、とまた一枚。

「戦争屋『アルルカン』主要メンバーの逮捕……ほ、星五!? 依頼主は政府って……こ、これは無理ですね」

「さっきから何してるのナギぃ~」

「僕らでも受注できるクエストがないか確かめてるんですよ、ステラも手伝ってください。星三の依頼書をここに集めるだけですから」


 二人はクレルモンの冒険者ギルドに立ち寄り、旅費を稼ぐためのクエストを探していた。そこは酒場と併設された活気に溢れたギルドで、新米から熟練者、だらしのない落ちこぼれまで色々な冒険者が通い詰めていた。

「さっきの星五クエストとか駄目? 報酬はなんと、だってさ。 どうせただの犯罪者だし、捕まえるくらいならちょちょいのちょいでしょ」

「はぁ、ステラ、今までどうやってお金稼いでいたんですか……って、まぁ僕と会った時に記憶を失ってるから仕方ないですね」

「なんだそのあわれむような眼は! 何がいけないって言うんだよ~、教えてくれよ~ナギぃ」

「ような、じゃなくて憐れんでいるんですけどね……」

 仕方ないですね、とまんざらでも無さそうに呟きながら、ナギはいくつかの依頼書をテーブルに広げる。

「ご覧の通り、クエストには星の数でその危険度、緊急性などが示されています。星一が最低、星五が最高の難易度です」

「それは何となくわかるけど……その星四とか星五は受けちゃ駄目なのかい? 俺達ならなんとか出来そうなもんだけど」

「全ての依頼を誰でも受けられるようになったら、ギルドの事務処理が大変になってしまいますから……ほら、これです」

 ビシッとナギが指さしたのは、星の下にある注意書きだ。曰く――

『星三からは要ギルド許可証。星四は『英雄』から。星五は『勇者』から……』

 英雄、勇者。見慣れないその文字にステラが首をかしげると、ナギが予想していたかのようにスムーズに解説を始めた。

「字の如く、偉大な功績を残した冒険者に与えられる称号です。基準は曖昧ですが、英雄なら街を救う、勇者なら国やその一帯、あるいは世界を救うくらいしないといけませんね」

「世界を救うって、この世の中ってそんなに物騒なのか……」

「考えてもみてください。火薬の登場から技術は急速に発展し、それに負けじと魔術も発展してきたんですよ。つい二十年ほど前に発見された『スキル』というものも、その魔技競争の産物と言われています。――まぁ知らないと思いますけど……」

 ステラはいまいち要領を得ていなかった。つまり? と続きを促す彼に、ナギが応じる。

「つまり、この世界はってことですよ。競争が闘争を産んで、徐々に苛烈を極めようとしています。一昔前ならヒト対モンスターだった対立構造は、徐々にヒト対ヒトへと完全に変化しつつあるんです。ちなみに僕たちがいる西側はまだ安全ですけど、東や北は常にドンパチやってますからね」

「なるほど! じゃあそれを全部解決させたら勇者ってワケだ!」

 簡単そうに言ってのけるステラだったが、ナギはあながち不可能ではないのかも、と期待にも似た思いを抱く。しかし、国を跨いだ闘争をたった一人や二人の人間が無理矢理収めれば、恐らく向けられるのは賞賛だけではなく、恨みや妬みもあるはずだ。もう一方の国にとっては勇者でも、もう一方の国では悪者にもなる。実際、それにより子供に背中を刺された勇者が居るという事実を、ナギは過去に読んだ魔術教本から知っていた。


 とん、とん、とナギは選び取った依頼書を整理してひとまとめにする。それは厚さにして数センチもある紙の束だ。


「えーっと、これは……?」

「全部星三の依頼です! 僕たち一般冒険者がこなせるギャランティの高い依頼はこれが限界なんですよ」

「これ全部やるつもり!? 二十枚くらいあるじゃん、一日中走ったって終わんないよ~!」

「一日で終わらせるつもりはありません。それなりに稼げるまで何日かここに滞在しますよ。まあ、何かしらの軌跡が起きて、話は別ですけど……」

 ナギはあまりに有り得ない希望的観測に言葉尻を濁しながら、受注のためにカウンターへ向かった。ステラは自由行動をさせるとろくなことが無さそう、という理由でテーブルで待機を命じられる。

 しかし、そんな彼が気まぐれに横を向いてクエストボードを見てみた時、先程のナギの説明にはなかったクエストを目にした。


『<無星>、迷子の子どもスーラント君捜索クエスト、報酬五万ベラド』


「ナギ~、これは?」

「それは……あぁ、星がついてないクエストですか」

 クエストボードの最下に貼られたまるで目立たないその依頼書は、本来クエストタイトルの上にあるはずの星が。代わりとして余白に無星、と目立つように記されている。


「『無星むぼし』とは緊急性が乏しい、例えば民間人から出た依頼に振り分けられる等級です。掲載料が無料になる代わりに、些細な依頼が多いのですが……」

「迷子が些細なのか」

「ぼ、僕に言わないでください! あくまでギルドの判定ですよ。掲載料は馬鹿にならないので、お金をかけられない人はこうするしかないんです」

「ふぅん……」

 ステラはそれ以上何かを言う訳でもなく、ただじっとボードを上から下へと眺めていた。ナギも釣られてその視線の先を注視する。


『星四、クレルモン市長の息子カルティアナ・エルディンの捜索クエスト、報酬額未設定』


 その下には「報酬は言い値で支払う」と赤文字で強調された文言がそえられていた。同じ迷子のクエストなのに、と二人は扱いの差を感じざるを得ない。

「す、ステラ……思う所があるのは分かりますけど、ここはで、なんです。……し、仕方のないことなんですよ」

「まだ何も言ってないだろ。まぁ、俺達が金を稼がなきゃいけないことに変わりはないさ。さっさとこの星三依頼たちを片付けよう」

 ステラは頭では理解していた。考えてみれば当たり前のことだ。どこにいるか明確に分かっているモンスターの討伐と、どこにいるかも分からない迷子の捜索。ステラ達の実力を鑑みれば、前者が短時間で効率よく稼げる最良の手段である。そしてそれは殆どの冒険者にとっても同じだった。

 また、クエストは当然ながら、受注すれば責任が伴う。迷子を見つけることができなければ、クエストを失敗したという事実は自分達の中にずっと残り続ける。その結果を気にしないという選択もできるが、未来ある子どもの命を前に、そんな非情な割り切り方ができるような二人ではなかった。


『そう……自分達の精神衛生的にも、こういう手のかかる依頼は初めからやらない方が吉なんです。残酷な話ですが——』


「……はぁ」


 今度こそ手に持ったおよそ二十枚の依頼書を受付カウンターに……と、ナギが踵を返して振り向いたその先。ふと、視界に一人のくたびれた男が映った。


 その男は黒のぼさぼさ頭に黒のスーツを身に付けていた。崩して緩められたネクタイはだらしなく見えるが、どこか威厳に近い風格が感じられる。目つきは独特の鋭さを持っており、例えるなら獲物を求めるコヨーテのようだった。


「どうしたんすかぁ?」

 ナギがその雰囲気の異様さに怖気づいていると、ステラが横から声を掛ける。この胆力の強さは、いざこのような時にはとても頼りになる、と改めて感じた。

「いやぁ。ここに依頼を張ったものなんですがねぇ、どうも受注してくれる人がいなくて」

 男はクエストボードを指さした。

「無星だから誰も相手にしてくれないんですよね、ハハ……」

「えぇと、もしかして貴方はスーラント君の――」

「あぁ。どうか私のことはお気になさらず。仕事の合間に来たものですから。いつ子どもが帰ってきてもいいように、私も働かないと……」

 それでは、と弱弱しく手を振りながらその男は去っていった。

「あぁ、そっか……そうだよな。居るんだもんな、本当に困ってる人……」

 ステラはそんな言葉を零しながら、去っていく男をずっと見つめていた。

 その背中は哀愁に満ちていて、忘れられていた人情を強くくすぐられる。自分達は先ほど損得勘定で不幸な道を避けたが、先の迷子の親(らしき男)のように、既に不幸を被っている人間がいるのだ。助ける力があり、助ける機会があるのに、それをみすみす手放そうとしていたことを、ステラは強く恥じた。そうして気付けば、クエストボードから無星の依頼は消え、代わりにそれを手に持ったステラが、涙目で受付カウンターに押しかけていたのだった。


「受付さん……ッ!」

「は、はいっ!? えっと、掲載依頼でしょうか、クエスト受注でしょうか? あ、クエストですか――」

「俺がスーラント君を探すよ、絶対、絶対に!」

「え、ええっと……?」

 ステラの突拍子の無い宣言に、受付嬢は困惑の表情を隠せない。しかし、それでもなんとか仕事を遂行しようと懸命に状況を察する。

「あ! 無星のクエストですわね。証明書などは要らないので、そのまま依頼主と連絡をとってください~……」

「ステラ、困ってますよ……」

「関係あるもんか、この世は人情なんだよ! さぁ、早くスーラント君のお父さんを追うよ、ナギ!」

「ちょっと!? 待ってくださーーい!!」

 ナギの冷ややかな目を振り払い、ステラは拳を握り締めながらギルドから飛び出してしまった。その間、受付嬢はぽかんと口を開け、ただ呆気にとられるしかなかった。


「な、なんなんですの。今の人たち」

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