⑰ オフィーリアに褒められる


「そりゃあああ!」


 俺はモスキートエースの群れに対して【乱れ独楽ごま】を繰り出した。体を独楽こまのように回転させながら槍が届く範囲の敵全体を攻撃する技だ。ヤツらは俺の槍に巻き込まれ、一撃で光となって霧散していった。

 

「ふぅ~、いっちょあがり。……よし、ここでいったん休憩しよう」


 ここまでずっと歩きづめで、みんなが疲れていそうだと感じた俺は一休みするよう指示を出した。全員がそれに従って足を止める。俺は背負い袋から人数分の床几しょうぎ(折り畳み式の簡易的なイス)を取り出して配った。みんながそれに腰を下ろす。


 4人からホッとしたような吐息がもれる。けれど、俺の口からは溜め息がこぼれた。


 ゆううつだわ。


 さっき指示を出していたことから察してもらえると思うが、俺はパーティのリーダーを務めることになってしまったからだ。なんか知らんけど。


 たぶん俺、このメンバーの中で一番やる気ないぜ? しかも、クソ雑魚モブ野郎だぜ? どうして俺がリーダーに抜擢されるかなぁ? う~む、せぬ。


 ただまあ、抜擢されたからには精一杯やるけどさ。


「……ん?」


 俺が腕を組んで唸っていると、つと誰かの視線を感じた。そちらへ目を転じる。すると、シエラが俺のことをジッと見つめてきていた。


「どうした? なにか問題でもあったか?」

「いいえ。ただ、あんたは誰かさんとは大違いだなって思ってただけ」

「誰かさん?」

「マルスのことよ」


 シエラはグッと眉間にシワを寄せた。


「あいつ、ホント最悪だったわ。あたしたちが歩きっぱなしでクタクタになってるのに休ませてくれないし。それを指摘したら怒鳴るし。まったく、自分本位のイヤな男だったわ」

「マルス……なんでそんな風になっちゃったんだろう」


 アメリアが耳をシュンと垂れ下げる。


「そういえば、あんたたち二人は幼なじみだったんだっけ?」

「ああ。年も同じだし孤児っていう境遇も同じだから、幼い頃から仲が良かったな」


 っていう設定だった。


「ちょっと前までは、すごく優しくて頼りになる人だったんだけど……なんだか別人の話を聞いてるみたい」


 中身は別人だからな。


 しっかし、あいつもずいぶんと嫌われてるな。マルスの話を始めた途端、あからさまにオフィーリアが顔を曇らせたぞ。あのバブみの塊みたいな大らかな性格の彼女が。


 無表情がデフォルトのリンですら、口をへの字に曲げて嫌悪感を表している。なにをどうしたらここまでうとまれるんだ?


「っ! エリック、右から何かが来るわ!」

「なに!?」


 アメリアの警告に、すぐさま頭を切り替えて立ち上がる。


 右方向へ目を移すと、木々の合間からのそのそと黒い影が3つ這い出てきた。しゃくとり虫のように体を曲げ伸ばししながら移動してきたそいつらは、巨大なヒルみたいな魔物だった。


「うえっ。なによ、あのヌメヌメしてて気持ち悪い生き物は?」

「グリーディーリーチだな。Dランクの魔物だ」


 顔をしかめるシエラに答える。


「こいつら、動きはそれほど素早くないけど、攻撃力とHPがずば抜けて高いんだ。噛みつかれるとすごい勢いで体中の血を吸いつくされてしまうぞ。注意しろ」


 俺は続けて4人に指示を出す。


「シエラは向かって右側のヤツを相手してくれ。つねに一定の距離を保ちつつ狙撃していれば一人でも問題なく倒せるはずだ。アメリアとリンは左側のヤツを交互に攻撃するんだ。攻めまくって、そいつに一瞬たりとも噛みつく隙を与えるな。中央のヤツは俺が引き受ける。オフィーリアは後方へ下がってケガ人をすぐに回復させられるように備えていてくれ」


「OK」

「うん!」

「(コクリ)」

「了解しました」


 さて、そんじゃあいっちょやったるか。


「ギュイイイ!」


 俺が歩み寄ると、真ん中のグリーディーリーチが奇声を上げた。鎌首をもたげ、口の周りにびっしり生えたノコギリ状の歯を自慢げに見せつけてくる。「これからこの歯でお前に噛みついて血を吸いまくってやるぞ」と宣言しているかのようだ。


「ふんっ、やれるもんならやってみな」


 俺は余裕の笑みを顔に貼りつけて挑発した。


「ギュイッ!? ギュイイイ!」


 ナメられていることを理解したのか、そいつは心なしか速度を上げて俺に迫ってきた。吸盤と歯しかない頭を振りかぶる。それは噛みつき攻撃が繰り出される前の予備動作だった。


「今だ!」


 そいつの頭が振り下ろされる寸前、俺はヤツの側面に回り込んだ。


「おりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!」


 ここぞとばかりに刺突をお見舞いし続ける。


「ギュイイイイイイイイイイイイ!」


 無数の風穴をあけられたグリーディーリーチは、まもなく光の粒子となって空へ昇っていった。


「お前は、相手に嚙みつき攻撃をしかけた後、しばらく体が硬直するからな。その隙をつけば通常攻撃だけで楽に倒せる」


 よし。この調子で、なるべく技や魔法を使わないように立ち回っていこう。ノーブルヴァンパイアとの戦闘が控えているから、TPとMPはできるだけ温存しておきたいもんな。


 まあ、本当はボス以外とは戦わずに逃げるのが一番なんだけどな。そうすれば、だいぶ時間を短縮できるもの。


 でも、もう少しレベルを上げておきたいからな。なんせ、ノーブルヴァンパイアはCランクの魔物だ。討伐推奨レベルは30。だが、これは主人公が一人で挑むときのボーダーラインだ。俺だとレベル50でもギリギリ倒せるかどうかってところだろう。


 かといって、他の4人は実力不足だからノーブルヴァンパイアとの戦闘に参加させられない。俺一人でやるしかない。


 森を抜けるまでに遭遇する魔物を全て倒していくにしても、たいしてレベリングできないと思うが、やらないよりはマシだ。とにかく急ごう。悠長なことをしていたらマルスが死んでしまうかもしれないからな。


 と、それはさておき、みんなの方はどうかな? 苦戦しているようなら助太刀しないと。


 そう考えて周囲を見渡す。


 シエラは……うん。俺の指示通り、ちゃんと距離をとって戦っているな。相手に突き刺さっている矢の数から推測するに、もう少しでHPを削り切れるだろう。


 アメリアとリンのコンビは……見事な連携だな。アメリアが殴ったすぐ後にリンが斬ることで攻撃が途切れないようにしているため、相手は全く反撃できないでいる。


 オフィーリアは、みんなが優勢でも決して目を切らずに観察している。ヒーラーとしての立場の重要性をわきまえているようだな。


 おっ、アメリアとリンが倒した。シエラの方も終わったみたいだな。


「シエラ、アメリア、リン。おつかれ」


 俺は労いの言葉をかけた。三人はだいぶ疲労したらしく、ぜぇぜぇと肩で息をしている。そんな彼女たちを眺めていると、オフィーリアが近づいてきた。


「おつかれさまでした、エリックさん」

「うん、おつかれ」

「素晴らしい腕前ですね。Dランクの魔物を相手にしても顔色一つ変えられないのですから」

「ははっ。自慢じゃないが、けっこう鍛えたからな」

「しかし、実力もさることながら、指示も的確でした」

「ん? そうか?」

「ええ。魔物の特徴と皆の戦闘スタイルをきちんと把握していなければできない、完璧な采配さいはいであったと思います。その証拠に、誰一人ケガを負っていませんもの。やはり、エリックさんにはリーダーとしての素養がおありのようですね。私たちの目に狂いはありませんでした」

「いや、俺はリーダーになんて向いてないと思うけど……」

「またまたご謙遜を」


 謙遜じゃないんだよなぁ。いつパーティを脱退しようかってことばかり考えてる男にリーダーの素養なんてあるわけないんだよなぁ。


 って言ってやりたかったが、しきりに感心してキラキラした瞳を向けてくるオフィーリアを見ていると、俺は口をつぐむしかなかった。







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