⑫ 感謝状


「おお、エリック。ちょうどええところに帰ってきたのぅ」


 俺が街へ戻って来るなり、ばったり会った村長が話しかけてきた。


「ついさっき領主様の使いの方が来ての、おぬしを探しておったぞい」

「俺を? なぜです?」

「領主様が、おぬしに仕事を頼みたいそうじゃ」


 仕事? なんだろう?


「どんな内容か聞いてます?」

「いんや。じゃが、たいしたことではないじゃろ」

「そうだとは思いますけど、何も知らないままじゃ引き受けるかどうか判断しようがないじゃないですか」

「なにを言っとるか。領主様には住居の面倒をみてもらった大きな恩があるっちゅうのに、断るわけにいかんじゃろ」

「むぅ」


 恩を引っ張り出してこられたら反論できないな。


 俺は承諾するしかなかった。


「夜がけてから家まで迎えの馬車を出してくれるそうじゃて。そんじゃ、よろしく頼んだぞい」 


 夜が更けてから? おかしくね?


 ここは電気やガスがない世界だぞ。照明器具なんてロウソクや松明たいまつやランプだ。あんまり明るくないから、すげぇ作業しづらいんだよな。


 だから、基本的にこの世界の人々は夜になると行動を控える。衛兵とか旅商人とか、宿屋や酒場で働いている人など、仕事の性質上どうしても夜間に活動しなきゃならない職業についている人たち以外は日没とともに寝るのが普通だ。照明費もバカにならないし。う~ん……。


「お? でも、そうか。領主様なら金持ちだろうし、照明費を気にする心配がないのか。ははぁ、なるほどね」


 領主様の感覚は庶民とはズレてるんだ。そういうことか。納得したわ。


 得心がいった俺は、酒場でアメリアの制服姿をたっぷりと堪能しつつ、夕食を済ませると我が家へ帰宅した。







 ドンドンドンドン―――




 迎えが来るまで家でくつろいでいると、ドアを叩くけたたましい音が耳に届いてきた。


「うるさっ」


 あまりに激しい音にたまらず耳を塞ぐ。


「そんなに強く叩かなくてもいいだろうに。……はいはい、ただいま開けますよっと」


 ずいぶんと乱暴だな。ドアが壊れたら弁償してもらうぞ。と、内心で悪態をつきつつドアのかんぬきを外す。


「どちら様ですか?」


 ドアを少しだけ開けて問いかける。


「あたしよ!」

「え? シエラ?」


 てっきり領主様が寄こした迎えの人だと思っていた俺は意表をつかれる。


「夜分遅くに申し訳ありません」

「オフィーリアに、リンも。どうしたんだ、こんな夜更けに……って、おい!」

「おじゃましま~す!」


 俺が尋ねている途中で、シエラが強引にドアの隙間へ体を入れて家の中に侵入した。


 なんてこった。家に女の子が来たのなんて小学生のとき以来だぞ。こりゃあ赤飯炊いてお祝いしないと……じゃなくて! なに勝手に入ってきてんだよ!


「あ~、長いこと歩きっぱなしで疲れちゃった」


 シエラは、俺の許可もなく家に入っただけでは飽き足らず、部屋の中央に設けられたイスに座った。


「ふぅ、のども乾いたわ。ねぇ、お水ちょうだい」


 さらに、飲み物まで要求してきた。図々しいことこの上ないな。


「ほらよ」


 まあ、出すけどさ。可愛い子にお願いされたら、そりゃあ出しちゃうよ。……変な意味じゃないぞ?


「ぷはぁ~、生き返るわ~! ねぇ、オフィーリアとリンも、そこに突っ立ってないで入ってきなさいよ」


 水を飲み干したシエラが手招きする。


 あの、ここ俺ん家なんだけど? 入っていいかどうかの決定権は俺にあるんだけど?


「すみません、エリックさん。シエラさんにはあとで私の方からキツく言っておきますのでご容赦ください」


 俺がシエラにジト目を向けていると、オフィーリアがペコペコと頭を下げてきた。


 腰を折る度に胸がポヨンポヨンと暴れる。


 スライムか? 胸に二匹のスライムを飼っているのか?


 そう錯覚してしまうほど、オフィーリアの双丘は大きかった。すごいデカい。アメリアを超えている。


 その魔性の魅力に目が磁石のごとく引き寄せられる。……が、社畜時代に培った強固な意志で、胸からそっと視線をそらした。


「き、気にしてないさ。それより、二人も入りなよ」

「ありがとうございます。では、お邪魔させていただきます」

「失礼する」


 俺たちは丸いテーブルを囲むように、イスへ腰を下ろした。







「それで、みんなは何をしにここへ来たんだ?」


 早速、俺は疑問に思っていたことを切り出した。こんな時間にわざわざ訪ねてくるなんて、どういう理由があったんだろう?


 その疑問にオフィーリアが答えた。


「本日、私たちがこちらへお伺いしたのは、エルキナの領主様からお預かりしていたものをお渡しするためです」


 彼女は床に置いてある背負い袋の中へ手を入れた。そこから取り出したのは、蜜蝋みつろうで閉じられた羊皮紙だった。


 読んでみると、どうやらこれは感謝状らしい。黄牙団を壊滅させた功績を称えるといった内容だった。


 最後の方には、俺に褒美を授けたいから近いうちに城まで来るようにと書かれていた。


 ふむ……ああ、なるほど。黄牙団を捕まえたことでサブクエストをクリアしたことになったわけか。そのクリア報酬だな。ゲーム本編ではリザルト画面が表示されて終わりだったけど、現実化したこの世界では受け取るまでの過程がちゃんとあるわけね。


 ……しかし、こんなに仰々しく感謝されると気が引ける。


「俺、全然たいしたことしてないんだけどなぁ」


 ついつい本音がこぼれてしまう。すると、そのつぶやきをオフィーリアに拾われた。


「うふふ、ご謙遜を。シエラさんからお聞きしましたよ。パラズバタフライを利用して盗賊たちを麻痺させて捕らえたそうではありませんか。そのような手段は、生息している魔物の種類や特性、地形、敵の数、己の力量などを多角的に捉えることができなければ思いつかないことです。エリックさんが成したことは、なかなか他の方には真似できない偉業ですわ」


 お、おう。ゲームが好きで、設定資料集まで読み込んでいたおかげでひらめいた作戦だったけど、こんなに評価されるなんてな。


 面と向かってそんなに褒められると照れちゃうじゃないか。ふへへ。


「はいはい、その話はここまで」


 俺が内心、うれしくて小躍りしていると、シエラが唐突に話題を変えてきた。


「あたしたちが来た一番の目的は別にあるんだから、あんまり時間を取らないでくれる?」

「あら、そうでしたわね。すみません」

「ん? 用事はこれだけじゃないのか?」

「そうよ」


 俺の対面に座っていたシエラが身を乗り出す。


「単刀直入に言うわ、エリック。あなた、あたしたちのパーティに加わりなさい」

「え?」







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