⑪ 黄牙団を一網打尽


 それからややあって、ついに目当てのヤツらが姿を現した。


「あれって……パラズバタフライ?」

「そうだよ」


 パラズバタフライはこの地域に生息しているEランクの魔物で、蝶々を大きくしたような外見をしている。


「あいつらは花の蜜が主食なんだよ。だからハチミツの香りに誘われて集まってきたのさ」

「花の蜜が主食なのに、どうしてハチミツの匂いに誘われてくるのよ?」

「ハチミツって、もともと花の蜜だからさ」

「え? そうなの?」

「ミツバチが花の蜜を採集し、巣の中で加工したものをハチミツっていうんだよ」

「へぇ〜、物知りね」


 これも設定資料集に書いてあったことだ。


「じゃあハチミツをお湯で溶かしたのは、広範囲に香りを届けるためと、パラズバタフライが吸いやすくするため?」

「そういうこと」


 匂いのもととなる物質は、液体を熱すると空気中に気化して遠くまで広がっていくんだ。それに、ハチミツはそのままだと粘度が高すぎてパラズバタフライたちには吸いづらいから、お湯でサラサラにする必要があった。一石二鳥だったよ。


「でも、どうしてパラズバタフライなんかをおびき寄せたの?」


 シエラがアゴに人差し指を当てて小首をかしげる。その仕草が可愛いすぎた。あざとさがないから破壊力が半端じゃない。思わず見惚みとれてしまった。


「……オッホン!」


 けれど、すぐ我に返って質問に答えた。


「それは、こいつらを利用して盗賊たちを無力化するためさ」

「どうやって?」


 俺はニヤリと口端をつり上げた。


「パラズバタフライの鱗粉りんぷんには人を麻痺させる効果があるだろ?」

「あ」


 どうやらシエラも、俺がやろうとしていることに気がついたらしい。


「その鱗粉で盗賊たちを麻痺させてやろうってこと?」

「そうさ。痺れて動けなくなったところを一網打尽にしようって作戦だよ」

「……すごいわね、あなた。魔物の特性に詳しいだけでなく、それを利用しようって柔軟な発想ができるだなんて」


 シエラが感心したような声色を出す。


「(顔は好みじゃないけど、強くて賢いってところは悪くないわ。それに、困ってる人を見過ごさない優しさと思いやりもある。……う~ん、及第点ってところかしら? あたしの旦那にしてあげないこともないわね)」

「ん? なんか言った?」

「べっつにぃ~。空耳じゃな~い?」

「ふむ、そうか」


 隣ではシエラが長い耳をピョコピョコと上下に動かしている。これは喜んでいるときとか嬉しいときとか楽しいときとか興奮してるときとかのサインなんだよな。


 たぶん、ペンダントを取り戻せる見通しが立って嬉しいんだろう。よし、なら早いとこやっちゃいますか。


「それっ」


 俺は離れた場所からパラズバタフライの群れに向かって【ウィンド】と念じた。ビュウッと勢いよく風が巻き起こる。間をおかず、何度も風を吹きかけた。


 パラズバタフライたちは風属性攻撃に耐性があるので全く動じない。しかし、俺が発生させた風に乗ってその鱗粉は、すり鉢状の地形の底にいる盗賊たちの頭上へと大量に降り注いだ。




◆ ◇ ◆




「あ、あがが……」

「か、体が……動かねぇ」

「ぢぐじょう……やっでぐれだな……」


 ふっ、作戦成功。見事に盗賊たちは体が痺れてしまっているようだな。アジトをくまなく見て回ったが、全員もれなく地面に倒れてピクピクしてることを確認した。立ち上がることはおろか、指一本まともに動かせないらしい。


「皮肉なもんだな」


 たぶん、盗賊たちの中には逃げようとしたヤツもいたはずだ。けれど、このアリジゴクみたいな地形に手間取っているうちにパラズバタフライの鱗粉にやられたんだろう。拐った人たちを逃がさないためにこのすり鉢状の場所をアジトにしたのに、それが逆に自分たちの首を絞める結果になるとは、皮肉だよな。


 っと、麻痺の効果が効いているうちにヒモで縛っておかなきゃな。


 俺は盗賊たちをうつ伏せにし、全員の親指を背中でつなげて縛っていく。こうすると足まで縛らなくても逃げられる心配はない。人間は親指を封じられると、かなり行動が制限されるからだ。


 親指が使えないと物を握ったり、つかんだり、つまんだりすることができなくなる。加えて、みんなの親指同士もつなげる。こうしておくと、移動するためには全員の息を合わせる必要がある。


 二、三人ならまだしも、こんな大所帯じゃ逃走は無理だろ。ヒモを切ることもできないし、このアリジゴクから抜け出すのは不可能ってことだ。


「あった! あたしのペンダント!」


 しばらくすると、盗賊たちの戦利品と思われる荷袋を漁っていたシエラが歓声を上げた。喜びの舞なんかを踊っている。プロダンサー顔負けの上手さだ。美しい容姿も相まって、視線が釘付けになった。


 それからシエラは、ひとしきり踊ると俺に駆け寄ってきた。ギュッと両手を握られる。彼女の手の柔らかい感触と、髪の毛から漂ってくるハチミツより甘い香りにクラクラしてしまう。


「ありがとう! あなたのおかげで取り戻せたわ! 本当にありがとう!」

「は、ははは。た、たいしたことはしてないさ」


 なんとか気を強く持って倒れないように踏ん張った。


 その後、エルキナの衛兵を呼んできて黄牙団を引き渡したり盗品を回収したりと、色々な後始末をつけていたら日が暮れてしまった。


 なので俺は、その日はもうレベル上げをせず帰路についた。




 家にシエラ・オフィーリア・リンが訪ねてきたのは、それから少し経ってからのことだった。







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