⑧ マルス、驚愕する

【マルス視点】


「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……」


 ったく、えらい目にあったぜ。


 けど、今度はどうにか毒を喰らわずに済んだ。


 土壇場で【疾突しっとつ】って技があることを思い出してよかったぜ。この技には【必中】って効果がついてんだ。この効果のある技は敵に必ず当たるからな。


 だが、だいぶTPが減っちまった。


 それに、女どもを見失っちまったしよぉ。


 ……くそっ、どうしてこんな面倒なことになってんだ!?


 出現するはずのねぇ魔物は出るわ、女どもからは一方的にパーティ解消されて置いてきぼりにされるわ! 踏んだり蹴ったりじゃねぇか! ああイライラするぜ!


 俺は、たまりにたまった鬱憤うっぷんを森の木々にぶつけた。殴って殴って殴り倒した。


 おかげで、だいぶ気がまぎれた。疑問と怒りで占められていた脳内がクリアになる。


「ふぅ~。やっぱ、ストレス発散には何かを殴るのが一番だぜ」


 ようやくスッキリした。


 すげぇいい気分だ。


 こんなに爽快な気持ちは久しぶりだぜ。


 転生してからこれまで、俺の思い通りになったことがなかったもんな。


 まったく、一体全体どうなって……っと、あぶねぇ。また負のスパイラルにハマるところだったぜ。


 うじうじ悩んだり考えたりすんのは性に合わねぇ。今までのことはいったん、キレイさっぱり忘れよう。これからのことを考えるんだ。


「……そうだな。とりあえず、ヴァンパイアを片付けねぇと。そうしねぇとストーリーが進まねぇもんな」


 ゲームだと、ヴァンパイアどもを倒して連れ去られたヤツらを助け出すと次のイベントが発生する。


 救出したヤツらの中に王国の役人がいるんだ。地方巡察で辺境に来たときに捕まったらしい。そいつを助けたのがきっかけで主人公は王城へ招待されるんだ。


 そこで王様に謁見した主人公は一発で気に入られ、魔王を倒したあかつきには第一王女の婿に迎えると約束される。


 この第一王女ってのが次に出会うことになるヒロイン―――【ダリア】だ。


 キメの細かい白い肌をしていて、星みたいに煌めくプラチナブロンドの髪を腰まで伸ばした、整った顔立ちのお姫様だ。栄養のある物を食ってるからか発育が良くて、パリコレモデルみてぇなんだよな。しかも、地位の高いヤツら特有の傲慢ごうまんさは一切なく、物腰が柔らかくて清楚なんだ。


 男の理想を詰めこみましたって感じでたまらねぇ。


「ああいう清純な女を荒々しく攻めて乱れさせてみるのも面白そうだな」


 想像してみる。


 俺の腕の中であえぎ、快楽で表情を歪める王女を。


「……くっ、くっくっくっ! 最高じゃあねぇか!」


 うおおおおおお! 俄然がぜん、やる気が湧いてきたぜ! 色んな意味でなぁ!


 さっさとヴァンパイアどもを倒して会いに行かねぇと。まってろよ、ダリア。すぐに押し倒してやるからよぉ。


 なぁに、俺はいずれ魔王を倒す男なんだ。ちぃっとばかしフライングお手付きしても問題ねぇだろ。


 そればかりか、俺様の優秀な遺伝子を王家に取り込めて幸せだろうよ。


 くっくっくっ、はーっはっはっは!


「……しかし、悔しいが、いったん戻るしかねぇかな」


 どういうわけか知らねぇが、この森に出現する魔物の強さや種類が変わってるのかもしれねぇ。


 毒や麻痺なんかの状態異常攻撃をしかけてくる魔物ばかりなら、いま持ってるアイテムじゃ対応できねぇからな。


 うっし、そうと決まれば善は急げだ。


 俺は、ダリアを手籠てごめにする算段さんだんをあれこれと思い浮かべながらエルキナを目指して走った。







 うっし、アイテムはたっぷりと用意してきた。装備もあらかじめ、ヴァンパイアに有効な銀製品を身につけてる。TPは残り少ねぇけど、技を使わなくてもなんとかなんだろ。


 ただ、あの三人がいねぇってのはキツイけどな。


 成長すれば、オフィーリアはヴァンパイアに効く光属性の強力な魔法を使えるようになった。シエラは、コウモリに変身して空中を飛び回る厄介なヴァンパイアに弓矢で攻撃できた。リンは素早くて攻撃力も高い優秀なアタッカーになるはずだった。


「……けっ。いねぇもんのことをうだうだ考えててもしょうがねぇだろ」


 俺は首を左右に振って三人のことを頭から追い出した。


「しょせん、ヴァンパイアどもはDランク。レベル20の俺様の敵じゃねぇっつの」


 心配ねぇ。俺は一人でもやれる。それだけの強さがある。なんたって俺は勇者だからな。




◆ ◇ ◆




「はぁ、はぁ……どうにか抜けたぜ」


 Eランクの魔物しかいないはずの森でDランクの魔物ばかり出現したことは、まあこの際どうでもいい。


 考えてもイラつくだけだ。どうせ答えなんて出ねぇだろ。


 さあ、ちゃっちゃとヴァンパイア狩りを始めちまおう。


 俺は原作知識を頼りに歩く。


「この先の、今は鉱物が採れなくなって捨てられた廃鉱山を根城にしてんだったよな。たしかこの辺りに坑道の入り口が……おっ、あれだな」


 まもなくして、俺は岩山にポッカリと開いた穴を発見した。


 喜び勇んで内部に侵入する。


 坑道内は真っ暗だ。なんで、松明たいまつで照らしながら進む。


 坑道は長い。鉱脈に沿って掘り進められているため、迷路のように複雑に入り組んでいる。


 だが、俺はゲームを一度クリアしてる。どの道を通ればいいかは把握してんだ。


 ためらいも迷いもなく、余計な寄り道をすることもなく、ずんずん奥へと歩いていく。


 道中、まったくヴァンパイアと出くわさなかったのはおかしいと思ったが、俺が転生してからおかしなことだらけだったし、とくに気にしなかった。


 結局そのあとも、一度も戦闘することはなかった。


 俺は、あっという間に目的地へと到着した。


 そこは大きな広間だ。何本もの燭台しょくだいが立ち並び、ロウソクが淡い黄橙色おうとうしょくの光を放っている。


 周りには、爬虫類をかたどった置物や家畜の骨で出来たイスなどの悪趣味な調度品が置かれていた。


 うへぇ。リアルだと、ゲームで見るより気色悪いぜ。おえっぷ。


 俺は、吐き気をもよおした。だが、どうにかグッと飲み込み、それらの奥の壁へと目を向けた。


 そちらには鉄格子がハメられた閉鎖空間があり、内側には複数の若い娘たちが囚われていた。


「こいつらを解放すればイベントクリアだな。だが……」


 ここにもヴァンパイアの姿がねぇってのは妙だな。


 坑道だったら、偶然うまいこと出くわさなかったとしてもまだ納得できるが、捕らえた女どもを見張ってるヤツがいねぇってのは不自然だぜ。


「ほう。客人とは珍しい」

「!?」

 

 俺が首をかしげていると、ふいに背後から声が聞こえてきてドキリとした。


 慌てて振り返る。


 そこには、背の高いイケメンが立っていた。中世ヨーロッパの上級貴族みてぇな服装をしてやがる。薄暗い部屋でパッと見ただけなら、ただの高貴な人間だと思うだろう。


 だが、そいつの肌は青白く、まったく生気を感じられない。しかも、瞳の色はルビーみてぇに真紅だ。


 こいつは人間じゃねぇ。


 ……いや、


 ただのヴァンパイアとは服装や言葉づかいが違う。それに壮年だ。


 人型をした吸血鬼系の魔物は、着てるものの品質や言動、見た目の年齢なんかでランクを判別できる。こいつは、【ノーブルヴァンパイア】。Cランクの魔物だ。







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※果たして、マルスはどうなってしまうのか!? 次回、乞うご期待!

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