⑤ マルス、孤立する


【マルス視点】



「ああああああ、かゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆい!」


 くそがっ! どうにかヤツらを倒せたが、あちこち刺されちまった! かゆすぎて気が狂いそうだぜ!


「お、おい! シエラ、オフィーリア、リン! ボケッと突っ立ってんじゃねぇ! さっさと俺を治せ!」

「「え?」」


 は!? なにキョトンとしてんだ!?


 三人は不思議そうに首をかしげていやがる。ちっとも動こうとしねぇ。


 その様子にイラついて怒声を上げようとした。だが、その前にシエラが口を挟んできた。


「あんた、まさか毒消しを持ってないわけ?」

「あん!? だったらどうだってんだ!?」

 

 シエラは、地面に倒れ、のたうち回っている俺を見下しながらあきれたような軽蔑したような眼差しを向けてくる。


 なんだそのムカつく視線は!? それが必死に戦って名誉の負傷をした俺に向ける目か!?


 そんな俺のいきどおりなんてお構いなしに、シエラは言葉を続ける。


「この森って広いから、どんな魔物が生息してるか分からないじゃない? なら、毒を持った魔物がいるかもしれないから、それに備えて毒消しを用意してくるのが常識でしょう? ねぇ、あなたもそう思うわよね、オフィーリア?」


 シエラは横にいるオフィーリアへ同意を求める。


「その通りです。これからおもむこうとするところに生息している魔物の種類や特徴が判明していない場合、あらゆる可能性を考慮して不測の事態に対応できるように色々なアイテムを準備しておくべきなのです。なぜなら、アイテム一つが生死を左右することもあるからです。ですのでパーティのリーダーなら、アイテム管理にはとくに気を配っておかなければならないと思いますが」


 うるせぇ! んなこたぁ今さら説明されるまでもねぇんだよ! このゲームを一度クリアしてるからな! それに、俺はどんな魔物が出現するかも知ってたんだよ! 


 ここにゃあEランクの魔物しかいねぇから瞬殺できるのが分かってたんだ! だから、毒を受ける心配もねぇと思って毒消しを持ってこなかったんだ!


 ああ、くそがっ! なんで、いるはずのねぇDランクの魔物が出てくんだよ!? おかしいだろうが!


 いや、おかしいのは今回だけに限ったことじゃねぇ! 最初っからだ! 全滅するはずの村人は生きてやがったし、アメリアもミネルバも仲間にならなかった!


 一体なんなんだよ!? わけ分かんねぇことばかり起きやがって! つーか、俺は主人公だぞ!? どうして俺が活躍できるように物事が進まねぇんだ!? こんなの、ちっとも楽しくねぇ! くそっ、くそくそくそっ、くそがっ!


 ぐっ、あああ! か、かゆみとイライラで頭が変になりそうだぜ。


 と、とりあえず、毒をどうにかしねぇと。


御託ごたくはいい! とにかく俺を回復させろ!」


 俺は三人に対して命令した。すると―――


「あんたバカ? なんであたしたちが、あんたを助けなきゃならないのよ」

「はぁ!?」


 シエラがそっぽを向いて告げた。


 その言葉に、俺は耳を疑った。


「しょ、正気かテメェ!? このままだと俺は毒にやられて死ぬんだぞ!? 見殺しにするってのか!?」

「人聞きの悪いこと言わないでよ」


 シエラは一度そこで言葉を切ると、冷たい瞳を俺に向けながら続けた。


「そもそも、あんたがそうなってるのはなぜ? 自分一人で魔物を倒すから、あたしたちには手を出すなって豪語して挑んでいったからじゃない。自業自得でしょ? 自分でいたタネなんだから、あたしたちに頼らず自力でなんとかすれば?」


 こ、こいつマジか!? 人が生きるか死ぬかの瀬戸際にいるときに、よくもそんな血も涙もないことを言えたな!?


「よしなさい、シエラさん。冗談でも言って良いことと悪いことがあります」


 俺が絶句していると、オフィーリアが眉根にシワを寄せてシエラをたしなめた。


 それから、俺のかたわらにしゃがんで背負い袋から毒消しを取り出した。


 俺は奪うように差し出された小瓶を手にする。


「もっと早くよこせよ、このノロマ! リーダーに命令されたらすぐ動け!」

「っ!?」


 俺は使えないオフィーリアを叱りつけてから素早くコルク栓を抜き、薄紫色の液体を大急ぎで飲み込む。すると、またたく間にスーッと腫れが引き、かゆみが消えていった。


「ふぅ……」


 安堵の息を吐く。それから、魔法の【ヒール】を使い自身のHPを回復させた。


 万全な状態になった俺は、おもむろに立ち上がると、シエラへ視線を移した。


「なによ? あたしになにか言いたいことでもあるわけ?」


 このアマ、ずいぶんと性根が腐ってんな。主人公であるこの俺にナメた口をききやがってよぉ。しかも、自分はなにも間違ったことを言ってませんよって顔してやがる。


 ムカつくぜ。ツンデレのツンのレベルを超えてんじゃねぇかよ。


 覚えてろよ。ヴァンパイアどもを倒したら、テメェのそのネジ曲がった根性を叩き直してやる。


 二度と俺様に生意気な口をきけなくしてやるからな。どっちが格上か、ベッドの上でイヤというほど分からせてやるぜ。けっ。


「……お前ら、先に進むぞ」


 俺は、煮えたぎっている本音を心の中に留め、三人に命じると身をひるがえした。


 しかし、俺が何歩も進まねぇうちに、オフィーリアがありえねぇことを口走った。


「いえ、ここはいったん引き返しましょう」


 その言葉に、俺の足が止まる。


 ピキッとこめかみに青筋が立つ感覚を味わいつつ、俺はゆっくりと振り返った。


「なんだと? よく聞こえなかったぜ。もういっぺん言ってみろ」


 俺は、はらわたが煮えくり返るような怒りを言外げんがいにじませる。だが、オフィーリアは涼しい表情だ。


「ですから、引き返しましょうと進言したのです」


 こいつ……大概たいがいにしろよ。


 リーダーの俺が進むっつったら黙ってついてこいよ。なに意見してんだよ。


「はぁ? なぜ戻らなけりゃならねぇんだ? あぁん?」


 オフィーリアの真正面へ歩み寄ると、表情筋が怒りで引きつるのを感じながら、なるべく穏やかに質問した。


「所持しているアイテムの数や魔法の使用回数には限度があります。さきほどのような魔物たちとの戦闘が続くようであるなら、あっという間に立ち行かなくなるでしょう。このまま前進するのは危険です。もし無理をして強行しても、きっと私たちは目的を成し遂げることができません。少なくとも、私はそう判断しました」


 オフィーリアがトゲのある視線で俺を射抜く。ゲーム本編では一度も主人公に向けたことがない目だった。


 こ、こいつ、あのときのアメリアみてぇな目ぇしやがって……。


 少しばかり気圧けおされる。


「オフィーリアの言う通りね」


 俺が冷や汗を垂れ流していると、シエラがオフィーリアに同調した。


「これ以上は先に進むべきじゃないわ。毒消しを用意してこないような間抜けな人と一緒じゃ命がいくつあっても足りないもの。ねぇ、リンはどう思う?」

「……無能なリーダーには、これ以上ついてゆけぬ。引き返そう」


 リンが目を閉じ、肩をすくめ、突き放すように吐き捨てた。


 この4人でパーティを結成してから初めて発したその言葉には、俺への侮蔑ぶべつと嫌悪がありありと含まれていた。


 は?


 はぁ?


 意味が分からねぇ。


 なんで主人公の俺が無能呼ばわりされなきゃなんねぇんだ?


「みんなの意見が一致しました。決まりですね」


 俺が唖然あぜんとしていると、さらに信じられねぇことが起きた。あろうことか、三人はスタスタと来た道を引き返し始めやがった。


 俺を無視して。


 俺を置き去りにして。


 まるで、俺なんて最初からいなかったかのように。


「ああ、そうそう。一つ言い忘れてたわ」


 三人の暴挙に開いた口が塞がらずにいると、シエラが唐突にクルッと振り返った。


「あたし、たった今あんたとのパーティを解消させてもらうから」

「……は?」

「右に同じく」

「では、私も」

「なっ……」


 シエラの宣言に、他の二人も便乗した。


 なぜ?


 なぜだ?


 なぜなんだ?


 頭の中が疑問符で埋まる。


 いくら考えても、三行半みくだりはんを突きつけられる理由が思い浮かばねぇ。


 俺は頭を抱えてうめく。


 三人は、そんな俺を無視してきびすを返すと、スタスタ足早に去っていった。


「ちょ、ちょっと待ちやがれ! なに勝手に話を進めてやがるんだ! 戻れ! 戻ってこぉぉぉい!!!」


 制止しようとするが、効果はなかった。


 三人の後姿がどんどん小さくなっていく。


 それに反比例して、俺の怒りは膨れ上がっていき、全身がわなわなと震えだした。


 やがて、我慢の限界を超え、俺はブチギレた。


「う、うおおおおおお!!! 待ちやがれぇ!!!」


 俺は猛然と三人を追いかけて行った。もちろん、ぶん殴ってやるためだ。


 俺に従わねぇヤツがどうなるか存分に思い知らせてやる。



 ブゥゥゥゥゥゥン



「なっ!?」


 だが、息巻いて走っていた俺の前に、再びモスキートエースどもが現れやがった。


「こ、このクソ虫がぁあああ!!!」


 俺はまたそいつらと激闘を繰り広げる羽目はめになった。







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