③ 死闘、そしてレベルアップ
「マルス……まるで人が変わったみたいだったわ」
アメリアは、彼が去っていった方向に視線を向けながら悲しそうに耳を伏せた。
まあ、アメリアがそう感じるのも当然だよな。実際、あいつの中身は別人だし。
あれ? でも、俺は別人みたいだなんて思われてないぞ? どういうことだ?
………………はっ!
もしかして、俺の性格や立ち居振る舞いが元々のエリックに似てるってことか!?
マジかよ。それってつまり、俺がモブっぽいってことじゃないか。ちょっとショックだな。
「どうしたのエリック? マルスに殴られたところが痛むの?」
顔をしかめていると、アメリアが俺の頭上から心配そうな声を出した。
なぜ俺より背の低いアメリアの声が上から聞こえてくるのかというと、俺がアメリアに膝枕されているからだ。
マルスに殴られたダメージが思いのほか大きかったせいで【ダウン状態―――死ぬ一歩手前の行動不能な状態】になってしまった俺を介抱してくれているのだ。
「あ、ああ、まだちょっとな。でも、だいぶ楽になったよ」
後頭部に受ける柔らかい太ももの感触が幸せすぎて痛みなんてとっくにどこかへ飛んでいってしまっていたが、俺が渋い表情をした本当の理由を説明するのも面倒なので適当に返答しておいた。
「ごめんなさい。私を庇ったせいでエリックに大ケガをさせてしまって」
「べつに、謝ることないだろ。アメリアは悪くないんだから」
「エリック……ありがとう」
ありがとうだなんて言われる筋合いはないんだよなぁ。だって悪いのは、たった一発のパンチで瀕死になった俺だし。まったく、我ながら弱すぎて草生えるわ。ハハハハハハ!
………………いや、笑いごとじゃなくね?
弱すぎるのは問題だぞ。だって、弱いってことは死にやすいってことだろ?
ここは人間を無条件で襲ってくる魔物がいる世界だ。弱いと生き抜けないだろ。せっかく死にイベントを潰したのに、意味がないよな。つーことは、強くならなきゃいけないだろ。
とりあえず、それが当面の目標だな。
よし、そうと決まれば、さっそく現状確認をするか。今の俺、エリックの強さがどんなものなのかを見てみよう。
えっと……ステータスオープン?
異世界転生ものの小説とかでよく目にするキーワードを念じてみる。すると、俺の脳内にゲームで見慣れたシステムウィンドウが浮かんできた。
※ ※ ※
エリック
クラス:村人
種 族:ヒューマン
レベル:5
H P:1/8
T P:5/5
M P:3/3
攻撃力:5
守備力:4
魔 攻:3
魔 防:3
素早さ:3
幸 運:3
装 備:木の槍
麻の服
革の靴
技 :『刺突』(消費TP:0)
→敵単体に攻撃力✕1.0の物理ダメージ
魔 法:なし
※ ※ ※
うわっ、低っ! 能力値が引くほど低いわ! クソ雑魚すぎるにもほどがある! すべて
パンチ一発で瀕死になるくらいだから、かなり低そうだとは思っていたけれど、これはヤバい。しかも、技は通常攻撃の
……こうしちゃいられないぞ。一刻も早く強くならないと。
「アメリア、お願いがあるんだけど」
「なに?」
「回復薬を探してきてほしいんだ。村中メチャクチャにされているけれど、もしかしたらどこかに無事なものがあるかもしれないから」
実際ゲームでは、村長の家があった辺りで薬草を拾えるんだよな。
「たしかに、そうね。分かった。探してくる。ちょっとまってて」
「うん、頼んだよ」
ややあって、アメリアが持ち帰ってきてくれた薬草のおかげで無事、俺のHPは全快した。
◆ ◇ ◆
強くなるという目的ができたので、俺はアメリアとともに森を抜け、最寄りの街を通り過ぎ、なだらかな山を一つ越えた。
強くなるために、まずやるべきことはレベル上げだ。しかし、俺たちが住んでいた辺境は、現時点ではまだ魔物の生息領域じゃない。魔物を倒さないと効率よく経験値を取得できないから、当然レベルも上がらない。
イノシシなどの獣を狩っても、得られる経験値はスズメの涙だ。だから、早くレベルアップしたいなら魔物が出現するところまで進まなきゃならない。
ということで今ようやく、魔物とエンカウントする草原に到着したところだ。
「いよいよだぞ、アメリア。ここからは魔物が出てくる。注意を怠るなよ」
「うん、分かってる」
「あー、それとだな」
「うん? なに?」
「えっと……そろそろ離れてくれないか?」
この子ったら、村からここに来るまでの道中、ずっと俺の左腕にしがみついてたからな。豊満な胸を押しつけられて、うれしいやら気持ちいいやら恥ずかしいやらでドキドキしっぱなしだった。
「あ、そうよね。腕を組んだままだと魔物と戦えないわよね」
そうつぶやくと、アメリアは名残惜しそうに離れていった。
分かってる。またいつ魔王軍に襲われるかもしれないから怖いんだよな。それで俺みたいな雑魚モブにでもすがりついてなきゃ不安でしょうがなかったんだろ?
でも、俺だって不安なんだよ。ゲーム本編でたびたび語られていたが、さっきみたいな魔王軍による襲撃は、この世界の色々な場所で発生してるらしいからな。
さっきは襲われるタイミングが分かっていたし、地の利があったから逃げられたけれど、今度はそうはいかないだろう。
だからこそ、強くなる必要があるんだ。ヤツらが来ても返り討ちにできるくらいになれば、何も問題はなくなるからな。
と、村を出るときに説明したことを改めて語っていると、アメリアが魔物の接近を感知した。
俺は槍を構えて、彼女が指さす方を注視する。
すると向こうから、ポヨンポヨンと跳ねながら近づいてくるものを発見した。それはプルプルと体を揺らす水色の球体―――スライムだ。
む? 敵の頭上にHPやレベルの表示がない。う~ん、そういうところはさすがに現実だな。
「エリック、気をつけて!」
アメリアが焦った口調で叫ぶ。まあ、それも当然か。俺たちのような【村人】っていうクラスは
それに、彼女は生まれてこのかた、スライムなんて見たことがなかったんだ。旅商人から存在を聞いたことがあるくらいだろう。そんなアメリアの目には、スライムが得体の知れない圧倒的な強敵に映ってるだろうからな。
けど、こんな反応はゲーム本編じゃ見たことなかったから新鮮でいいな。
「ピキィッ!」
「っ!? おっと!」
スライムが、まるで砲弾かと思えるほどの勢いで飛びかかってきた。俺はサッと横に身を投げ出す。
スライムが左腕をかすめた。服が破け、皮膚が裂け、血がにじみ出る。
あ、あぶねぇ! なんだよこいつ!? ゲームとは動きがぜんぜん違うじゃねぇか! 速すぎんだろ!
……いや、俺が弱いからそう感じているだけか? ゲームが現実になると、こんな風に能力値の差がハッキリと動きに表れるもんなのか?
くそっ! だとしたら、気を引き締めてかからないと命がいくつあっても足りないぞ!
「ピキィッ!」
「むっ!?」
次にスライムは大きくジャンプした。地面に倒れている俺を目がけてダイブしてくる。間一髪、俺は横転してそれを回避した。頭のすぐそばで、ドシンという鈍重な音がした。
うわっ、ギリギリだった。もう少しで頭を潰されるところだった。かなり肝が冷えたぜ。
「ちっ、やってくれるじゃねぇか! 今度は俺の番だ!」
反撃開始。俺は瞬時に起き上がると、【刺突】という技を使いたいと念じた。
「てりゃあ!」
「ピギィィィィィィ!」
俺の体が勝手に動いて槍を突き出していた。ゲームと同じ攻撃モーションだった。やはり、技や魔法は使用したいと念じれば発動するらしい。ステータスも念じれば表示されたからやってみたが、思った通りだった。
と、そんなことを思考している間に、俺の槍がスライムを貫いていた。グミをフォークで刺したような感触が手に伝わってくる。が―――
「ピッキィィィ!!!」
「なに!?」
なんとスライムは、体を貫かれたまま槍の
「がはぁっ!」
腹部に体当たりされた。衝撃で肺から空気が抜ける。重くて鈍い痛みが胴体のすみずみまで広がっていく。カクンと膝が折れそうになる。
「うぅ、うおおおおおお!」
しかし、俺は必死に足を踏ん張ってこらえた。同時に、スライムから槍を引き抜くと、
「ていっ、ていっ、ていっ、ていっ、ていっ、ていっ!」
がむしゃらに技を出しまくってやった。防御は考えない。攻撃こそ最大の防御だ。攻めて攻めて攻めまくった。
俺の手足にいくつもの傷が刻まれていく。一方、スライムの体にも無数の穴があいていった。
そんな命のやりとりを続けていると、徐々にスライムの動きが遅くなってきた。
「ピ……ピキ……キ……」
やがてスライムは、へにゃりと地面に溶けるように広がった。かと思うと、光の粒子になってサーッと消えていった。
≪スライムを倒しました≫
≪レベルが上がりました≫
≪攻撃力が1アップしました≫
≪素早さが1アップしました≫
≪幸運が1アップしました≫
≪HPが全快しました≫
※ ※ ※
エリック
クラス:村人
種 族:ヒューマン
レベル:6 ←【UP】
H P:8/8
T P:5/5
M P:3/3
攻撃力:6 ←【UP】
守備力:4
魔 攻:3
魔 防:3
素早さ:4 ←【UP】
幸 運:4 ←【UP】
装 備:木の槍
麻の服
革の靴
技 :『刺突』(消費TP:0)
→敵単体に攻撃力✕1.0の物理ダメージ
魔 法:なし
※ ※ ※
脳内に、ゲームで聞き慣れた女性の声でアナウンスが流れ、ステータス画面が自動的に表示された。
「や……やった。……はっ、ははっ! やった! やってやったぜ!」
じわじわと自分がスライムを倒したという実感が湧いてきて、喜びと達成感が溢れてきた。俺はガラにもなく大声を出し、その場でぴょんぴょん飛び跳ねた。
【アメリア視点】
「す、すごい……」
私は、目の前で繰り広げられた光景に
エリックが魔物を倒してしまったから。
相手の方が強かったのは見ていて分かった。
なのに、エリックはまったく怯むことなく立ち向かっていって、激闘の末に勝ってしまった。
信じられない。
マルスに比べたら勇敢ではないし、弱々しくて頼りない男の子だと思っていたのに……。
「なんだろう……すごくドキドキする」
エリックが輝いて見える。
どうしよう、目が離せない。
ほっぺたが熱くなるのを自覚しながら、私は胸を押さえた。
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