② もう一人の転生者
「ちょっとエリック、どうして森の奥へ進むの!? 街の方へ行って誰かに助けを求めた方がいいわ! 引き返しましょうよ!」
「ダメだ! 街までは距離がある! たどり着く前に追いつかれるかもしれない!」
「そうだとしても、こっちに来てどうするの!?」
「いいから、今はとにかく黙って俺についてこい!」
「うっ……うん……分かったわ」
怒鳴ってゴメン。でも、
それからは、しばらく二人とも無言になった。ぬかるんだ土や木の根につまずきそうになりながら、なおも休まず足を動かした。
そうして走り続けること数分、俺はようやく目当てのものを発見した。
「見つけたぞ、あれだ!」
「なに? ……穴?」
これは
「さあ、早く入って!」
「う、うん!」
アメリアが体を潜りこませる。俺は
穴の中はあまり広くなかったが、二人で隠れるには十分だった。俺は肩で息をしながら、となりで同じようにしているアメリアに優しく声をかけた。
「はぁ、はぁ……。ここなら、ヤツらをやり過ごせるはずだ」
アメリアは安堵の表情を浮かべた。けれど、間もなくして呼吸が整うと、不安そうな顔になってつぶやいた。
「みんなは無事かしら?」
「……」
原作通りなら、あそこにいた村人たちは全滅する。
もっとも、俺はそれが分かっていたから、とっさにヤツらが接近してきていることを彼らに知らせ、逃げるように促した。
あれは原作にない行動だった。もしかしたら、助かる人がいるかもしれない。でも、確かなことは分からないからなんとも言えないが。
もう少し時間があったら、確実に助けられる方法を思いついたかもしれないけれど、あんなギリギリの状況じゃあなぁ。アメリアをつれて逃げながら呼びかけるのが精いっぱいだったよ。
俺が返答に困っていると、アメリアがピタッと体を寄せてきた。さらに、横から抱きついてきた。大きな胸をムニュッと押しつけられる。
突然の出来事に心臓が跳ね、ドギマギしてしまう。しかし、すぐに彼女が震えていることに気づいて冷静さを取り戻した。
「ち、近づいてきてる。足音が聞こえる」
「ヤツらか?」
「うん。あきらかに人間じゃない何者かが三体」
アメリアは耳がいい。足音でそいつの正体や数をだいたい把握できる。
「じっとしてろ。声も出すな」
「うぅ、怖いよエリック。お願い、ギュッて抱きしめて」
「っ!?」
アメリアが瞳を潤ませながら見つめてくる。なんとも
これもアメリアのためだ。そう、これは人助けなんだ。などと自分に言い聞かせ、どうにか恥ずかしさを振り切り、俺は彼女の肩に手を回した。
やがて、俺の耳にも草木を踏みにじる何者かの足音が届いてきた。アメリアは目を閉じ、口を引き結んだ。俺を抱きしめる両腕にも力が入る。よっぽど怖いのだろう。
だから俺は、安心しろ、という気持ちを込めて彼女をより強く抱きしめ返した。それから、槍を固く握りしめた。万が一、レッサーデーモンに発見された場合、瞬時に攻撃できるように。
そうこうしているうちに、足音はすぐそこまで迫ってきた。
息がつまる。緊張で口内が渇く。一分一秒が数時間にも感じられた。
頼むぜ、気づかず素通りしてくれよ。
心の中で何度も繰り返し念じた。
……どれくらい経ったころだろうか? ようやくレッサーデーモンたちの足音が遠ざかっていった。ほどなくして、バサバサと大きな鳥が羽ばたくような音も聞こえてきた。どうやらレッサーデーモンたちは飛び立っていったらしい。十分に離れていくまで待ってから、俺は口を開いた。
「行ったようだな」
「そうみたいね」
とりあえず、これで死にイベントは潰れたな。ゲーム本編では、レッサーデーモンたちが飛び去っていけばイベント終了だったからな。ふぅ、よかった。俺は生き抜いたしアメリアも無傷だし。
「もう出ても大丈夫だろう」
「まって、エリック」
「どうした?」
「その……腰が抜けちゃって立てないの」
「お、おう、そうか」
頬を赤らめて申し訳なさそうに
「しょ、しょうがねぇな。手を貸してやるよ」
「えへへ、ありがとうエリック」
俺は、なんとか気持ちを落ち着けて彼女の腰を抱き、穴の外へ出た。
「あっ」
するとふいに、アメリアが耳をぴょこぴょこ動かした。
「この足音、マルスだわ!」
そうか、狩りから戻ってきたのか。
「無事だったのね! エリック、行きましょう!」
「ああ」
俺たちはマルスに会うため村を目指した。
◆ ◇ ◆
村は、原作通りメチャクチャに破壊されていた。まるでイナゴの大群に襲われた小麦畑のような惨状だ。
しかし、さいわいなことに村人は一人も倒れていなかった。俺の呼びかけが功を奏したか?
「あっ、マルス!」
アメリアの声に顔を上げる。すると、森の方から銀の長髪を風になびかせた背の高いイケメンが現れた。すぐに分かった。主人公のマルスだ。
うわぁ、男の俺が見ても息を呑むほどの美形じゃねぇか。これで、性格も良くて勇敢だってんだから、そりゃあヒロインたちにもモテるわな。
あれ? でも、なんか目つきが悪いような……気のせいか?
「……は? お前ら、なんでピンピンしてんだ?」
「「え!?」」
しばらく村を見回したのち、俺たちを目にしてマルスが放った言葉に、アメリアと俺は固まった。
アメリアの場合は、いつものマルスとは180°真逆の乱暴な口調に驚いたのだろう。けれど、俺はそのことに驚いたんじゃない。マルスのセリフがおかしかったからだ。
この村の惨状を見たら、ふつうはまず『村で何があったのか?』と
というかそれ以前に、その言い方だと、俺たちが無事な状態でいることを不思議がっているみたいじゃないか。
まるで、俺たちがどうなるのかをあらかじめ知っていたみたいな……。
「まあ、細けぇこたぁいいか。むしろ、アメリアを街まで運ぶ手間が省けてよかったぜ」
なに!?
たしかに本来なら、村に戻ってきたマルスは虫の息だったアメリアを発見すると、助けるために彼女を背負って街へ向かうムービーが入るんだ。
しかし、それを知ってるってことは……。こいつ、俺と同じ転生者なのか!?
「さてと、そんじゃ早速、魔王退治の旅に出ようぜ」
俺が
「い、痛い! やめて! 離して!」
だが、アメリアは彼の手を強引に振り切ると、そそくさと俺の背後に隠れた。
「助けて、エリック!」
「は? どうなってんだこりゃ? ヒロインは主人公についてくるもんだろうが。どうしてモブ野郎なんかにすがりついてんだ?」
「さっきから何わけの分からないこと言っているの!? マルス、あなた変よ!?」
「あん?」
その言葉にカチンときたのだろう。ただでさえ悪かったマルスの目つきが、さらに鋭く凶悪になった。
「変なのはテメェの方だろうが。いいからこい」
ドスの利いた低い声でそう言うと、再びアメリアへと近づいてくる。
「い、いやよ! 近寄らないで!」
いつもと様子の違うマルスを怖がっているのだろう。アメリアは必死に拒絶する。
「おい、よせ。イヤがってるだろ」
すかさず、俺は一歩踏み出して通せんぼした。
「うるせぇ、邪魔だ!」
「ぐはっ!」
しかし、勇ましくアメリアを
「きゃあ! エリック、大丈夫!?」
すぐさまアメリアが駆け寄ってきてくれた。
「ぐぅ、うぅ」
「ひどい……こんなに
殴られた俺の頬を確認して、アメリアが眉をひそめる。それから、キッとマルスを
「エリックになんてことするのよ、マルス!? あなた、おかしいわ!」
アメリアが八重歯を
「は、はぁ? そいつぁ、こっちのセリフだっつの。ゲームだと、アメリアは主人公に最初っから惚れてるチョロインだったじゃねぇかよ。主人公を怒鳴るなんざ、ありえねぇだろ。どうなってんだ?」
それからも何やらブツブツとつぶやいていたマルスだったが、
「……けっ。なんか知らねぇが、もういい。俺様になびかねぇならいらねぇや。どうせ一度は攻略した女だしな」
そう吐き捨てると、
【マルス視点】
俺は、ゲームの世界に転生した。
ここは俺が一度クリアした【Brave Fantasy ~勇者の起源~】の世界で、俺は主人公のマルスになったんだ。
そのはずだ。
……なのに、どうして俺の知らねぇ展開になってんだ?
アメリアが無傷だったり、モブが生きてたりよぉ。
2周目以降だと序盤のストーリーが変化すんのか?
それとも、なんかのバグか?
………………
…………
……
あー、考えるの面倒くせぇ!
やめだやめだ!
別にどうでもいいことじゃねぇか。
結局、俺が主人公ってことには変わりねぇだろ。
俺がこの世界の中心で、この世界の全ては俺を活躍させるために存在してんだ。
それだけ分かってりゃ十分だぜ。
はんっ、そうさ。あんなメス犬一匹、思い通りにならなかったくらいどうってことねぇよ。
ヒロインは、あと14人もいるんだ。
しかも、とびきりの美人たちがな。
せいぜい、そいつらと楽しくやるさ。
なんせ、ここはゲームが現実になった世界だ。
ゲームではできなかったムフフなことが、ここではできるだろうからな。
……くっ、くっくっくっ、まってろよヒロインども。
俺様が、たっぷりと可愛がってやるぜぇ。
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