第13話

ノックの音がした。

こっちが返事をするより先に、オレ専用の控え室のドアが大きく開く。


「せっかちだな」とひとりでにボヤキながら、レーベルの社長にもらったばかりの二代目レスポールを膝からおろし、ソファの傍らにそっと置いた。


初代の相棒は、3か月前、バンドの練習帰りに地下鉄に乗ったとき、車両に置き忘れてしまって以来、行方不明だ。


実際、あの晩は悪い風邪でもひいてアタマがモウロウとしていたようで、スタジオを出てからの記憶がまったくなかった。

その翌朝も、高い熱にうなされて丸1日、自分のベッドから起き上がないアリサマだったから……。



「あら、ラスティ。ロックバンドのコンサートって、鉄の鎖をジャラジャラぶら下げた革のジャケットとかを着るものじゃなくって? そんな地味なシャツが衣装なの?」

開口一番、カミラは言った。


弟の口から言うのもナンだが、カミラは、モナコの王様にみそめられて結婚した昔のハリウッド女優をホウフツとする、とびきりのクールビューティーだ。

Wi-Fiの電波もあやしいような田舎でずっと生まれ育ったからイマドキの世俗にうといところがあるけど、そこがかえって浮き世離れしたノーブルな外見をいっそう引き立たせる。


オレは、だが、姉の素朴な質問を軽い苦笑いでスルーして、対面のソファにうながしながら、聞き返した。

「来てくれるとは思わなかったよ、カミラ。……で、まだ、ニックは見つからないのか?」


「ええ。先週もまた、FBIの鑑識とやらが何人も家に押しかけてきて、絨毯までひっくり返して調べていったらしいけど。手掛かりは見つからなかったようね」

と、カミラは、ソファにゆっくり腰を掛けながら、小さく肩をすくめた。


「家って、……アッパーイーストサイドのコンドミニアム?」


「いいえ。こっちの新居は、ニックは内見すらもしてなかったそうだから」


「じゃあ、田舎の家のほうに捜査が? そりゃ災難だったな」

オレは、思いっきり眉をしかめた。


遠い昔に渡米してきた先祖代々の古い屋敷をこれまでカタクナに守り続けてきたカミラだったから。

野蛮な捜査官どもに大事な聖域を蹂躙されて、さぞ不快だったろう。


そのうえ、有名な作家でセレブの夫ニックは、滞在していた市内のホテルで突然姿をくらまして以来ずっと消息不明ときている。

くしくもオレの初代レスポールが紛失したのと同じ夜を境にニックの行方もわからなくなったというのは、まあ、たんなる偶然の因果だろうが。


「それにしても、ニックが、極秘に取材をしていた麻薬組織に拉致されたってウワサは、あれは本当なのか? 姿を消したホテルの部屋で、銃の薬莢と血痕も発見されたらしいって聞いたけど……」

オレは、思い切ってそう尋ねた。


カミラは、存外ケロッとして答えた。

「さあ、どうなのかしら。FBIにもさんざん聞かれたけど、見当もつかないのよ。ニックは仕事の話は家ではいっさいしなかったし。黙って急に出張に出かけることも多かったけど、気にもしてなかったから、わたし」


ヒンヤリとした質感を感じさせる大理石めいた白い顔に、少しの感傷も見えない。

いくらなんでもサッパリしすぎじゃなかろうかと、オレは、かえって心配になった。


いや、あるいは、ショックのあまり、感情のスイッチがどうにかなってしまったのかも……。


そう考えて、乏しいナグサメのボキャブラリーの中からどうにか気のきいた言葉をヒネリ出そうと口を開きかけたとき、またノックの音がした。



今度は礼儀正しく静かに開かれたドアのかげから、新たな2人のゲストが姿を現した。

「よお、コナー! 元気そうだな。それから、……」

と、オレは、小さいほうのゲストに声をかけてから、その背後の紳士に目をやった。


トラディショナルな英国風の仕立てのスーツが素晴らしくサマになる、姿勢のいい長身痩躯と漆黒の髪。


記憶の中の古いアルバムを急速にさかのぼって照らし合わせるうちに、オレは、思わずハッとして立ち上がった。

「もしかして、……オズワルド先生? ハイスクールの鬼軍曹!」


「そういうキミは、ハイスクールの居残り敗走兵だったかな?」

昔と少しも面影の変わらない哲学者めいた理知的な白皙をニコリともさせずに、オズワルドは静かに言った。


オレは、思わずふき出した。

「相変わらずキツいね、先生。でも、まさか先生が来てくれるなんて、……最高のサプライズだけど」


「わたしがお誘いしたのよ。先生を悩ませた一番の問題児が、ニューヨークで2万人を集めてメジャーデビューするんですもの」

そう言ってからカミラは、コナーを呼んでオレの隣に座らせた。


それから、わざわざ立ち上がってオズワルドのそばまで行くと、こちらはダンスでも誘うように手をとって招き寄せ、対面のソファに並んで座った。


アステアとロジャースの映画のワンシーン気取りだ、まるで。

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