第12話
「深追いはやめておこう。月夜は人狼の支配圏だからね……」
ルディは、いまいましげにフンと鼻を鳴らすと、ホテルマンの制服の内ポケットに拳銃を無造作にしまいこんだ。
それから、口の空いたシャンパンボトルをワインクーラーから引っこ抜くと、そのまま行儀悪くラッパ呑みでテイスティングしながら、ソファーの前に歩みより、クッションにドサリと背中を投げ出した。
優雅な美貌の暗殺者には似つかわしくないナゲヤリなイラダチに、オレは戸惑った。
デキのいい人形めいたルディの顔を横からのぞき見ながら、ソファーのコーナーにことさら浅く腰かけて、物理的にも心理的にもいささか居心地の悪さを味わいながら聞く。
「なあ、ルディ。オマエ……なんでさっきオレを撃たなかった?」
「…………?」
「“汝はチリなればチリにかえるべきなり”ってのは、人外相手じゃなく、人間への手向けの祈りだったんだろ? つまり、オレに向けての……」
ルディは、大きく破れた目の前の窓ガラスをサメたマナザシで見やったまま、繊細な白いヒタイに乱れかかったアッシュブロンドを物憂げにカキあげてから、ささやくような声で言った。
「生まれついての悪魔より先に、悪魔に呪われただけの人間を殺すなんてね。そんなのは、そもそもボクの流儀じゃない。ヒキガネをひく寸前、それを思い出しただけさ」
「ルディ……」
「残念ながら、ボクのボスの枢機卿は、疑わしきはあまねくローラー作戦にかけてカタッパシからセン滅するって主義でね。
「1匹の人狼を滅ぼすためには、何人かの人間の命を犠牲にするのも、やむを得ない必要経費……ってか? 神様のオヒザモトってのは、ずいぶんドンブリ勘定なんだな。それとも、人狼ゲームで遊んでるつもりか?」
「たしかに、合理的でムダのない、人狼ゲームのセオリーではある。ただし、それはプレイヤーのスキルによる」
「は?」
「1ペニーの必要経費だって払わずに、確実に人外だけをすべて狙い打ちする自信があるからね、ボクには」
綺麗なクチビルの片端だけをキュッと引き上げ、優雅な美貌になぜかよく似合う不敵な微笑を浮かべたルディは、挑むような横目をオレに流し向けた。
「だから、ボクには、キミを殺す必要がない。……キミが人狼に噛みつかれない限りはね」
「けど、きっと、これからもニックは、オレにしつこく付きまとってくるはずだろ? だったら……」
「だったら、何? どうせ逃げ切れないだろうから、今のうちにボクに殺されておきたいとでも? ボクを見くびらないでよ、ラスティ」
「いや、オマエを見くびってるわけじゃなくて……。この先ずっとあんなバケモノどもに襲われ続けるのかと思うと、どのみちオレの人生お先真っ暗だな、って」
「心配しなくていいよ、ラスティ。キミを襲ってくる人狼はカタッパシからボクが殺す。それでこそ、人外だけを確実にローラーできる」
「なんだよ。それって結局、オレをオトリにするってことじゃねぇの?」
「だとしてもだ、ラスティ。このボクが今後ずっとキミを護衛し続けるってことなんだから。キミの身辺警護はこの国の大統領よりよっぽど強固ってことだよ」
「しゃあしゃあとヌカしやがって。こっちの身にもなってみろよ!」
「ご安心を。バチカン
「はぁ?」
「キミの不安は、ボクが全部とりのぞいてあげる……」
フフッと意味深な含み笑いを漏らすと、ルディは、再びシャンパンのボトルをクイッとあおった。
それから、大事なナイショ話をするように顔を向けてきたから、自然とうながされてオレも顔を突き出した。
とたんに、純白の手袋をはめたままの端正な手がオレの首の後ろにまわって、グイッと前に引き寄せた。
密集する長いまつ毛に囲まれたアーモンド形の優美な目に、夢見るような陰影をゆらめかせて浮かぶ明るいヘイゼルの瞳が、いきなり、オレの視界を埋め尽くす距離に接近した。
いや、接近したのは瞳だけじゃない。
オレのクチビルに、ルディの綺麗な淡桜色のそれが、急接近して……触れ合った。
「…………!?」
驚く声をあげる間もなく、そのまま柔らかな温かい粘膜で強引に割り開かれたスキ間に、冷たいシャンパンが口移しに注ぎ込まれていた。
豊潤な果実の芳香と炭酸の爽快な刺激がゴクリと音をたててシッカリとノドを落ちるまで、なめらかな圧迫は執拗に続いた。
「な、な、な、なに、なにを……っ!?」
クチビルの拘束はとかれたのに、マトモな言葉が飛び出てこなかった。
ルディは、ユックリと顔を離してから、ソファに端然と座りなおすと、赤い舌をチラリとのぞかせながら自分のクチビルをペロリとヒトナメした。
「気にしなくていい。どうせすぐに忘れてしまうんだから……」
謎めいたその言葉が合図のように、急にアタマがクラクラとメマイがして、オレは、カラダを「く」の字に曲げながら、ソファに横ざまに倒れた。
それほど酒に強いほうでもないが、グラス1杯も飲み干してないのに、こんな簡単に酔いつぶれるわけもない。
「テメェ……なにを飲ませやがった?」
オレは、ギリギリと歯がみをしてうめいた。
――さんざん油断させておきながら、結局オレを殺す気だったんだな、コイツ……!
だが、怒りに震える力すらもう残っていない。
全身がイッキに虚脱するとともに、意識も急速に遠のいていく。
もうろうとする視界に、ルディの優雅な美貌が妖しく微笑む。
「おやすみ、ラスティ。……よい夢を」
甘ったるい猫ナデ声が、最後の記憶になった。
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