第7話
ホームからエスカレーター、改札までイッキに走り抜けると、弾む呼吸を整えながらようやく歩調をゆるめて地上への階段をあがるうちに、後ろめたさがわいてきた。
――ルディは無事だろうか?
アイツを置いて逃げ出してしまって本当によかったんだろうか、オレは?
万が一、オレを逃がすために車両に残ったルディが、……もしも万が一、……バケモノに殺されて命を落としたりしたら?
まあ、バチカン御用達の暗殺者が日頃どんな暗躍を繰り広げているのか知る由もないし、優雅な見かけによらず、どうやらなかなかの猛者のようだということは、あのわずかな時間の立ち居振る舞いだけで十分に察することができたが。
とはいえ、相手はあの規格外のバケモノである。
逃げろと言ってくれたのは、たしかに、ルディのほうだ。
でも、呪われた血を持つ人外の亜種はオレだ。
こんなオレのために、ルディが命をはる必要があったんだろうか、そもそも?
歩道に足を踏みだし、雑踏にまぎれかけたオレは、発作的ともいえるイキオイでクルリと踵をかえした。
今さらどうしようもないとはわかっているが、とにかくさっきのホームに戻りたかった。
なんなら次に発車する地下鉄で、さっきの車両を追いかけてみようとか、……間の抜けた追跡方法をバクゼンと思い描いたりもしながら。
だが、そのとき、派手なクラクションがすぐ後ろから鳴り響いたから、オレは、車道を振り返った。
「よお、ラスティ! やっぱりオマエか」
ライトアップされた夜の街並みにピカピカに映える濃紺のマセラティの車窓から、洒脱な笑顔を屈託なく突き出して朗らかな声を張り上げているのは、義兄のニックだった。
「久しぶりだな。まあ乗れよ、おい」
相手に拒否されることをほとんど知らずに生きてこれたんだろうと知れる、無邪気な強要にイヤオウなく促され、オレは、ナビシートに背中を沈めた。
こっちの予定なんぞヒトコトも顧みられることなく、そのままニックの滞在中のホテルに勝手に連れていかれた。
いわく、
「エージェントに任せてリザーブさせたら、これが、とびきりゴージャスなペントハウスでさ」
なので、誰かに部屋を見せたくて仕方なかったんだそうで。
「カミラとコナーも呼んでやるつもりだったんだが。こっちの雑誌社との契約が思った以上に早く片付いて、もうそろそろ追い出されてしまいそうなんだよ」
手入れの行き届いた筋肉のラインがイヤミのない程度にシッカリとうかがえるナメラカな白いシャツのボタンを胸元近くまでくつろげてから、ニックは、ルームサービスで届いたばかりのワインクーラーから無作為に1本のボトルを引き抜くと、ポンと小気味のいい音をたたせて、吹き抜けの天井に向けてコルクを放った。
それから、
「というわけだから、ラスティ、今夜はここに泊っていけよ。まだ寝心地を試していないベッドが、ちょうど2つ残っているんだ」
そう言いながら、2つのグラスにナミナミとシャンパンを注いだ。
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