第6話
いよいよ、ルディの黒いコートの内ポケットから拳銃が取り出された。
優雅な美貌の優男の手に似合うのは瀟洒で繊細な銀色のベレッタあたりだろうと勝手に予想していたから、3Dプリンタであつらえたかのようなチープなツクリの赤い銃を目にして、オレは、正直ちょっと拍子抜けした。
だが、ルディは、それを持たないほうの手で端然と胸の前に十字を切りながら、
「父と子と聖霊の御名において――灰は灰に、チリはチリに……」
と、歌うようにつぶやくなり、オモチャめいた銃口をスッと異形のバケモノに向けた。
「地獄の眷属は地獄に、……アーメン」
音もなくヒキガネが引かれた。
銃口から、威勢よく水シブキがビュッと飛び出した。
「は?」
――水シブキ……?
「……って、水鉄砲かよ!?」
オレは盛大に叫んだ。
まさか、本当にオモチャだとは……。
ところが、呆然と見開いたオレの視界には、その場にヒザを折ってガックリとうずくまる異形のオッサンの姿がイヤオウなく映りこんだ。
苦しそうに痙攣するオッサンの全身からは、もうもうとした湯気のような煙が吹き上がっている。
「バチカン由来の至高の聖水だぞ?」
ルディは、フンと得意げに鼻を鳴らした。
「……いかんせん、トドメをさすには至らないか、さすがに」
オッサンは、
「ぐふぅー、ぐふぅー……っ」
と、ひどく不穏なウメキ声を吐き散らしてヨロメキつつもシッカリその場に立ち上がった。
赤黒く燃え上がる両目にすさまじい殺意をあらわにして、オレたちを見下ろす。
心なしか、さっきよりもいっそうガタイがデカくなった気もする。
オレは、ゴクリと息を飲み込んだ。
至高の聖水だかなんだか知らないが、むじろバケモノの怒りを増幅させただけのような気がしないでもない。
コイツに噛み殺されたら、オレもまた、このバケモノと同じになってしまうのか……。
そんなのは絶対にゴメンだが、だからと言って、バケモノに噛み殺される前に死んでおけというのも、やっぱり理不尽すぎる算段じゃないか?
とはいえ、この先、延々とこんなバケモノどもにつけ狙われて生きていくのかと考えると……。
――コイツらから、ずっと逃げ切って、人間のままどこまで生きていけるのか?
八方ふさがりの絶望に陥りかけたそのとき、地下鉄は次の駅のホームに滑り込んで、車両のドアが開いた。
「逃げろ、ラスティ!」
ルディが叫んだ。
バカげた話だけど、くしくもオレには、それが天からの啓示のように聞こえて、一瞬、身がこわばった。
すかさず上空に躍り上がろうとしたバケモノの顔をめがけて、再び水シブキが命中すると、バケモノは、身もだえながら両手で目を覆ったものの、そのままヤミクモにオレをめがけて突進しようとしてきた。
「ラスティ、早く逃げるんだ!」
ルディは、もう一度怒鳴りながら、バケモノの前に自ら飛びかかり、2人もんどりうって床に転げた。
ハッと我に返ったオレは、閉じようとしたドアのすき間に大急ぎで身をねじ込んで、ホームに飛び出した。
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