第5話

バリバリッ! ……と、想定外の異音が鳴り響くより先に、ルディがオレの上に飛びついてシートの上に横ざまに押し倒してきた。


ルディの肩越しに見上げると、ついさっきまで車両の端に座っていたはずの作業服姿の中年男がいつの間にやらオレたちのすぐ傍に仁王立ちになっていて、中身ごと真っ二つに割り折ったギターケースを、ゴツい両手で高々と持ち上げていた。


いったい、何がどうなってこの状況になっているのかサッパリ分からないが、そんなことはもうどうでもいい。


「オ、オレのレスポールギターがぁーっ!?」

高校時代、必死にバイトして手に入れたオレの長年の相棒、命の次に大切なマイスウィートが……。

「テメェ、ぜってぇ許さねぇぞ!」


オレは、ルディの体を突き離しながら身を起こして、作業服のオッサンに飛びかかろうとした。


するとルディが、今度は後ろからオレをハガイジメにした。

「ダメだ! ソイツに近づくな、ラスティ」


「離せっ、レスポールのカタキ!」


優雅な美貌に似合わず強靭なルディの拘束から逃れるために、オレはジタバタと全力で手足をもがいた。


すると、目の前のオッサンは、ボロボロに砕けたオレのマイスウィートを無造作に後ろに放り捨てやがった。

もはや弦がカラミついただけの木片と化した名器の残骸は、オッサンの背後のドアにブチ当たると、奇跡ともいえる最期のコードを「ポロロン」と弾ませてから、床に飛散した。


――断末魔をメジャーで聴かせるなんて、さすがオレの相棒……。


だが、感傷にひたる間髪もくれず、オッサンの姿が突如として異変を起こしはじめた。

タダでさえゴツいガタイが、さらに筋肉がムクムクと隆起して、作業服の胸ボタンがはじけ飛びそうな勢いだ。

少し日焼けした平凡な中年男の顔貌の、下半分だけが異様に前に突き出して来たかと思うと、両方の口角がそれぞれの耳の付け根に向かってみるみる裂けていき、自然と割れた唇の間から、鋭利な牙がニョッキリとハミ出した。


後ろになでつけられていた茶色い短髪が天井に向かって逆立ったのが合図のように、充血した瞳孔が眼球全体に肥大して、白目を赤黒く塗りつぶした。


「グルルルルルッ……!」

もはや、その口が発する声は、人間のそれではなかった。

いや、その姿も、完全に異形の人外に変わっている。


「下がれ、ラスティ!」

ルディは叫びながら、オレをかばうようにオッサンの目の前に立ちふさがった。

「キミが噛まれたらオシマイだ。キミを殺す以外の選択肢を、ボクは完全に失ってしまう……」

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