第13話 人魚


大きな丸い水槽の中。


私は独り、暮らしている。


―正確に言えば、独りではないが。


私は、人と呼ばれる陸の生き物ではなく。そのほかの肺呼吸だけの生き物でもない。

人と魚の両方を併せ持つ、人魚と言われるモノだ。

上半身の形は、人間とほぼ同じではあるけれど。人で言うあばらのあたりには、亀裂か入っている。呼吸は主にここでする。肺呼吸もできなくはないが、得意ではない。

下半身は魚の尾鰭同様ひらひらとしている。鱗で覆われ、これが美しいものは、酷くもてはやされる。

魚と同じ何かがなければ、人間が水槽の中で暮らせる訳があるまい。


蒼い水槽の中の岩の上。

苦手な肺呼吸をしながら。ぼーっとしていた。

このまま、呼吸困難とかになれやしないかと、思ったりして。

「やぁ、今日も元気かい?」

外から話しかける者がいる。

先ほど、独りではないと言ったのは、アイツがいるからである。

科学者というやつであるコイツ。

こんな奴に。海で静かに暮らしていた所を見つかり、ここに囚われたのだ。

全く、私らしくもないミスをしたせいで、人生(魚生?)を棒に振ることになるとは。

「………………」

私はここに来てから、一言も喋っていない。

話したところで聞こえるのかどうかも、知らない。

そもそも、私の声を聞いて理解できるのかこいつ。

「今日も不機嫌か…。」

当たり前だ。

突然こんな所に押し込められて不機嫌でない奴がいるものか。

魚でさえ、あんなに跳ねるのに。

「……」

オマエも同じ目に遭えばわかるだろうよ。

何も話したくないし、何もしたくない。

あの静かな海に、帰して欲しい。

それが無理なら、死なせてほしい。

「そうだ、娘の話をしよう。この間ね―」

アイツは独りで話し始める。

私がここに来てから、コイツはずっとそうやって。

私の前で独り話しをし続けるのだ。

―意味の無い。


1人静かに、海を思う。

あの広い、美しい海を。

なぜ、こんな所に閉じ込められなくてはならないのだ。

私は何もしていないのに。

ただ静かに、暮らしていただけなのに。

毎日、毎日、泣きたくて、鳴きたくてしょうがない。

こんな生活、逃げ出したい。

でも、どうやってここに来たのか分からない。

何が悪くて、私がここに居るのか分からない。

ただただ、ここから逃げたいという思いだけが溢れて行く。

「最近娘が、顔にできたニキビを気にしだしてね。もう、年頃だからかな。」

なんだ、そんなことを。

くだらないことをいつまでも喋る彼の顔をちらりとみる。

憂いに満ちた顔だった。

そんなに娘のことが、気にかかるのか。

そんなに言うなら、こんなところに来ないで娘とやらと居ればいいじゃないか。

そう、叫べばよかったのだろうか。

そうすれば、コイツは私をどうにかしたのだろうか。

ふいと向いたその先に、写真が飾られていたのに気づく。

そこには、コイツと1人の女と1人の少女。

私の視線の先にあるものに気づいたのか、彼はおもむろにそれを手に取る。

「あぁ、これは僕の家族だよ。」

家族……。

私にだって、家族は居た―と思う。

意識を持った時には一人だったから、知らない。

だから、家族というものがよくわからない。

「とても幸せだったんだ。」

だった……?

「娘が、突然倒れてね。頑張ったんだけど、その数日後に亡くなってしまって。」

死んだのか。

「妻は、とても気に病んで。自殺してしまった。」

こいつは、家族がいないのか。

まあ、それは私がここに閉じ込められることとは、関係がないが。

「あれ?泣いているのかい?」

パタパタと、鱗の上に水が零れた。

何だろう、これは。

「は、」

何?

この気持ちは。なんだ。

「君は、優しいんだね。」

何を言っているのだろう、コイツは。

「なぜ、君を連れていたのかと言うとね。―娘に似ていたんだ。」

それは、私を捕える理由にはならないだろう。

「理不尽だよね。」

分かっているなら、早く出してくれ。

そう思いながらも、溢れる水は止まらない。

「そんなに泣かないでくれ。可愛い顔が台無しだ。」

『それは、オマエの娘に似ているからでしょう。』

初めて答えた。

「それもあるだろうが、違うよ。」

―君が好きなんだ。

ポツリと放ったその言葉。

それは、私を縛るのに充分な言葉だった。



お題:人魚・科学者・ニキビ

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