第12話 海底



私のセカイは。

青く。

蒼く。

碧い。


見上げると、キラキラと太陽の光が反射している。

ヒラ―と、一匹の小さな桃色の魚が私の目の前を横切る。

あれは何という名前だったか。


私のソラは。

暗く。

黒く。

闇い。


私は、深海に縛られている。

視界の先に広がるのは、深海の闇。

「……」

何故かなんて、忘れてしまった。

何万年も前のことなんか覚えているわけないだろう。

もとより、記憶力はよくない方―だったと思う。

どうだっただろうか。


両手は大きな岩に繋がれ。

足は人のソレではなく。


「……」


昔々の話をしよう。

海の近くの小さな村に、1人の少女がいた。

彼女は、ある日、浜辺に打ち上げられた男を見つける。

しかし、その男は、上半身は人であったが、足は人間のそれではなく―魚の尾鰭だった。

―彼は人魚だったのだ。

正確に言うと、マーマンというらしいが。その辺はどうでもいい。

心優しい彼女は、不思議に思うも、倒れていた彼を助けた。

甲斐甲斐しくも、世話をやいた。

怪我に包帯を巻き、水をやり。

目を覚ますまで、そばに寄り添った。

目を覚ました彼は、彼女にお礼を言い、海へと帰っていった。

それは、たったの数時間の事だった。

―それでも、お互いに惹かれるのに時間など関係なかった。


彼女は、彼のことが忘れることが出来なかった。

来る日も来る日も。

海に行き、彼は居ないかと探す少女を、何人の村人が見ただろうか。


数年たったある日、少女はまた、浜辺へと向かった。

さすがにもう、諦めようと思い。

最後の日にしようと、決めていた日だった。

しかし。

そこには。

二度と会えないと思っていた、彼がいた。

忘れようにも、忘れられないのは、お互いのようだった。

その日から、2人は毎日会うようになった。


だが、当然。

人間と人魚の恋など、祝福される訳がなく。

人魚の彼は、海から追放され、人間の彼女は、深海に縛られた。

それから、何万年もの時が経ち、未だに彼女は深海に縛られたままであった。



どうして愛してはいけなかったのだろう。

深海から見える景色は変わることなく毎日同じ景色が広がっている。

「あ―」

声が漏れた。

長い間話すことが無かったからか、電話越しの声のようにくぐもった声が出た。

なぜ、声が漏れたのか。自分でもよく分からなかった。

声を出せば、彼が来てくれるとでも思ったのだろうか。

そんなわけないのに。

海から追放された彼が、いまだに生きているはずもないのに。

それでも、声を出さずにはいられなかった。

「あ、ぁ、」

声はか細く、波の音に掻き消されそうで。

どれほどそうしていたのか。

何時間?何日?

もしかしたら、何年もそうしていたのかもしれない。

時間の間隔なんて、とうの昔になくなっている。

突然、見上げたソラに影がさした。

それは―



お題:桃色・深海・電話越しの声

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