第11話 記憶


遠い昔の記憶。

大きな桜の木の下で、同い年ぐらいの女の子と2人。

「これは、あなたと私の秘密。他のお友達に言ってはだめよ。」

顔ははっきり覚えていないけれど、その声だけは耳に残っている。

優し気なその声だけは、嫌という程耳に残っている。

「お父さんや、お母さんにも?」

「もちろん。これは、私とあなただけの秘密。」

二人だけの秘密。

そういわれて喜ばない子供がいるだろうか。

少なくとも、僕は嬉しかった。

彼女と、僕の。

たった二人だけの。

秘密。

「うん、わかった。」

そう答えだ、僕の目のまえで。

彼女は、手に持っていたタイムカプセルの様な小さな箱を、木の下に埋めた。

「大きくなったら、また、ここで会おうね。」

彼女は、そう言って目の前から、消えた。




「待っ―!」

自分の声で目が覚める。

伸ばした手が、空を切り、虚しくなる。

無意識に握り締めた掌が、少し痛い。

(また、この夢……)

ここ最近、同じような夢を見る。

(あの子は、誰なんだ……?)

思い出そうとしても、どうしても思い出せない。

何度も何度も、思いだそうと、したのに。

靄がかかったようにぼんやりとしていて。けれどその声だけは確かに覚えていて。

どうにか思いだそうと、記憶を漁ると。

胸が苦しくなって、声が出なくなる。

(俺は何か大切なことを忘れている?)

―けれど、思いだしたところで何になるというのだろう。

そんなことを思い、ベッドから降りる。

「……」

外から、鳥の囀る声が聞こえる。

今日も、いつも通りの、何も無い普通の日。

毎日同じ時間に起きて。同じ時間に家を出て。大学に行って。どうでもいい、ためにもならない人間関係を築いて。バイトして。疲れて。帰って。



(疲れた。)

1日が終わり、帰宅するや否や、ベッドに飛び込む。

今日は、異様な程疲れた。

「……」

―時々、自分がしている事の意味が分からなくなる。

最近はそれが酷くなっている気がする。

(あの、夢を見るようになってから。)

いったい、あれは何の夢なのだろう。

俺に、幼馴染みの、女の子なんていただろうか。

幼い頃の記憶なんて、ほとんどないものだから。居ても居なくてもおかしくない。が、あの頃は、あんなこいなかった気がする。

(母さんに聞いてみるか。)

思い立ったが吉日、早速母に電話をかける。

幸い、親子関係は良好なので、さして抵抗はない。

(出るかな…)

「もしもし~、」

意外と早く反応か返ってきた。

「あ、母さん。元気?」

いつも通りのセリフを吐く。

「あら、珍しいね。あんたから電話してくるなんて。」

―余計なお世話だ。

事実だから、何にも言わないが。

「いや、ちょっと気になった事があって……」

俺に、幼馴染みの女の子がいたかどうかという旨を母に聞いてみる。

「ん?あんた、ちっさい頃は結構人見知りだったから、女の子の幼馴染みはいなかった気がするよ?男の子の友達もそうそういなかったしねぇ、」

―あ、でも

でも―と、母は、言葉を続ける。

「一時期あんた、新しい友達が出来たんだってはしゃいでた時期があったような……」

―あん時は可愛かったね〜

なんて言う母の声は、耳に入って来なかった。

(新しい友達……?)

確かに俺は、今の自分が偽物であるように、人見知りがはげしかった。

いや、そうでもないかもしれないが。生きる術を身に着けただけだ。

しかし、そんな俺が、新しい友達ではしゃいでいた―?

「―い、おーい、聴いてる?」

―やっぱり電波悪いなぁ。

「あ、ごめん。なぁ、その子の名前分かる?」

「んー?確か――ちゃん、」


「ぇ―――」


記憶が溢れた。

毒薬が全身に回っていくように、記憶がながれ、溢れ、苦しくなる。

上手く記憶の整理ができない。

「どうした?」

母が心配そうに聞いてくる。

いきなり黙りこんでしまったからだろう。

「あ、ごめん。ありがとう。も、切るな、」

できるだけ、平静を装いながらこたえる。できていただろうか。

「ん?あぁ。何かあったらいつでも電話しなさいよ。」

―ありがとう。

そう言って、電話を切る。

(俺はどうして、こんな大事な思い出を―)

自然と涙があふれていた。

「うぁ、ぁぁ、、」

嗚咽が漏れる。

ボロボロと零れるそれが、カーペットに染みていくのを見ていることしか出来なかった。

あふれだす記憶と、こぼれる涙に。

ただ溺れることしかできなかった。


それから、いくらかして。


「行かなきゃ―」

声が漏れた。

自然と、こぼれた涙のように。

ぽつりと。

どこに、なんてよく分からないけど、それでも、そこに―

行かなくちゃ―



どこをどう来たのか、よく覚えていない。

それでも、ここだと、心のどこかで叫んでいた。

そこには―

星の瞬く夜空を背景に、1人の少女が立っていた。

夢の姿と全く変わっていない。

「やっと、来てくれたんだね。」

白のワンピースを風になびかせ、振り向いた彼女は、とても哀しそうな、それでも嬉しそうな―そんな顔をしていた。

「ずっと、待ってたんだよ。」

「君、は、」

いつの間にか、引っ込んでいた涙が、また、流れてきた。

「泣き虫なのは、変わっていないんだね。」

クスリ―と笑った彼女。

そう、そうだ。

彼女は、こんな風に、綺麗に笑ったんだ。

「ほら、早く開けましょ。」

大きな桜の木の下を、掘り返す。

そこには、夢で見ていた小さな箱。

「やっと、開けられるわね。」

ゆっくりと、その箱を開ける。

中には―



お題:タイムカプセル・毒薬・星

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