第8話 ランチ



僕の声は届かない。


助けを願う声も。

悲しみを訴える声も。

どれだけ泣き叫ぼうと。

喉が裂けるほど喚いても。

声が枯れるほど叫んでも。


僕の声が誰かに届くことはない。


それでも、あの日は。



僕は独り、黙々と仕事をこなしていた。

実のところ、自分の仕事はとうの昔に終わっているのだが。

だから、これは。

他から押し付けられた仕事だ。

ちなみに。他の社員は、昼食時間である。

まぁ、雑用というか。押しつけをするのに丁度いい人間がいるから、僕みたいな人間がいるから。

彼等は、悠々と昼食を楽しんでいる事だろう。

一応、この会社ではそれなりに古株の方なのだが。そんな事は関係ない。

できるやつが、上に行くのだ。

「……」

カタカタカタカタ―

キーボードを叩く音が小さく響く。

1人分の。

プルルルル――!

突然、1本の電話がかかってきた。

(何か仕事でもできたのか?)

少し躊躇ってしまったが、出ない訳にも行かないので、電話を手に取る。

「もしもし―」

「あ、もしもし。今、時間大丈夫?」

その電話は、同じ会社で働く女性からの電話だった。

しかもわざわざ、社用の電話ではなく、個人の電話に。

「ハイ。大丈夫です。」

一応、彼女の方が歳上であるので、断る訳にもいかないので、イエスと、答えた。

「ほんと!?じゃあ、今から、お昼ご飯食べに行かない?」

明らかに、電話越しの声のトーンが上がったのを感じた。

(別に僕でなくても……)

そのふとした考えを呟いてしまったのか、

「あなたじゃないとダメなの!」

と、念を押す彼女を少し怪訝に思いつつ、指定の場所へと向かう。

仕事の方はほとんど終わっていたから、少しぐらい休憩しても平気だろう。


その場所には、彼女が座っており、お弁当を食べていた。

「あ、こっち。」

ひらひらと手を振りながら声をかけてくる。

向かいの席に座り、向かいがてらコンビニで購入してきた袋を机の上に置く。

「あの、何で僕なんかを呼んだんですか?他にもいっぱいいたでしょう?」

真っ先に、疑問が口をついて出た。

彼女は、上司からも、部下からも慕われており、昼食なんかも、よくいろんな人と食べに行っているのをみかける。

そんな彼女が、何故、僕を呼んだのかが全く分からなかった。

「あら、理由がないとダメなのかしら?」

きょとんとした顔が、彼女の年齢より幼く見えて、なんだか可愛らしかった。

「いえ、あの、そういうわけじゃ、」

「―見てられなかったのよ。」

その言葉に一瞬、今度は僕がキョトンとしてしまう。

「あなた、少しぐらい息抜きをしなさい。生き急ぎすぎよ。だって、私が見る度に何か仕事を押し付けられているみたいだし、断るにも断れないみたいだったし、」

―代わりに私ができたらいいんだけど、それもそれで問題が起きそうだし…

彼女は、僕に、やさしい、あたたかい視線を向けていた。

「たまには、こうやって胸の中に溜まったものを出していかないと、この世界じゃあ、やっていけないわよ。」

彼女が年上と言ったって、そんなに離れているはずでもないのに。

彼女の声を、言葉を聞いて、自然と、ボロボロと涙が零れていた。

「…?????」

自分でも不思議なくらいに、涙がこぼれていた。

こんなに、まだ残っていたのか。


それから、数え切れないほど愚痴を言って、涙を流した。

休憩時間なんてとうの昔に過ぎているのに、彼女は止めもしなかった。

ただ静かに、聴いてくれていた。

「ありがとうございます。おかげで、スッキリとしました。」

「そう。それなら良かったわ。」

ニコリと微笑む彼女。


僕の声は届いた。

小さなか細い声を、彼女は、見つけてすくい上げてくれた。



お題:届かない・電話越しの声・視線

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