第49話 処分
死の間際、人は何を思うだろうか。
恐怖か。
悲しみか。
それとも、怒りか。
一概にこれという感情はない。
しかし、デューテに限って言うのなら、彼女の抱いた感情は……。
「が……ふっ……!」
デューテは口から真っ黒い血を大量に吐き出した。
そして、力が抜けたように前へと倒れる。
地面に身体が打ち付けられる前に、私は彼女の肩をしっかりと掴む。
そのまま、仰向けになるように体勢を変えた。
「……何、をしたんだよ?」
「苦しくはないでしょう?」
今の一瞬で、私はデューテの心臓を潰した。
痛みがないように、身体も麻痺させた。
だから、デューテは身体に力が入らず、血を吐いて倒れた。
デューテの心臓は、完全に破壊した。
だから、彼女が意識を保っていられるのは、あと僅か。
「くそ……結局、私は負け犬のまま……か。シノンとはいい勝負できたけど、ノクタリアには、敵わない……」
「そんなこと、ないでしょう」
薄く呼吸を続けながら、デューテは軽く咳をした。
「…………私はただ、認められたかった。それだけ、だった」
それはよく伝わった。
彼女が力に振り回されたのは、己の実力を誇示して、その力を多くの人の目に焼き付けたかったからに他ならない。
しかし、それをやってはいけなかった。
罪なき人間を殺した。
それだけで、彼女の息の根を止める理由になった。
「なぁ……ノクタリア。私は、あの頃から……聖女だった頃から、成長できてなかったのか?」
デューテの瞳には涙があった。
「シノンの言う通り……私は、準二級聖女で、それ以上にはなれなかった。ずっとずっと弱いまま、だった」
過去のことをデューテは語り出した。
彼女がこちら側の世界に足を踏み入れた時、私は彼女の境遇に少なからず同情した。
不憫な扱いを受けていたから。
無意識のうちに、自分と重ねていたのかもしれない。
「……闇堕ち聖女になって、初めて『光』の力を使って……ああ、私はこんなに強いんだって、自信がついた」
「……そう」
「でも……やっぱり、私は弱い。ノクタリアにも、シノンにも、どこか劣っていて、結局……あの頃と同じで、焦ってたんだ」
劣等感。
それは、抱いた者にしか分からない。
自分が劣っていると感じる度に、デューテは苦しんできたのかもしれない。
環境が変わり、闇堕ち聖女の強大な力に魅入られるのも、無理はない。
「……なぁ、ノクタリア。教えてくれ……私は、強くなれたか?」
再び問われる。
彼女の声音には、段々と力がなくなっていた。
瞳に宿る輝きも薄れて、呼吸が段々と遅くなっていた。
「……ノクタリア、頼む。最期に……それだけ、聞きたいんだ」
震える腕で、デューテは私の指を掴んだ。
──最期、ね。
あれだけ強気な姿勢を見せていたデューテ。
しかし、彼女自身、終わりの時が近付いているのだと悟っていた。
私はデューテの耳元まで顔を近付け、彼女が聞き逃さないようにゆっくりと囁いた。
「…………デューテ。貴女は、強くなったわ。シノンにも劣らない。そして、私にも劣らない。あの頃とは比べ物にならないくらい、成長したわ」
言い終わった後、デューテは緊張の糸が途切れたかのように、これまで聞いたことのないくらい穏やかな声音で、一言。
「そっか……良かっ、た……」
それが、闇堕ち聖女デューテが残した最期の言葉。
身体からは完全に力が抜け、瞳からは、ハイライトが完全に消えた。
しかし、その表情は、驚くほどに穏やかだった。
……もう聞こえていないデューテに対して、私は小さい声で告げた。
「……惜しかったわ。貴女を殺さなくてはならないことが」
民間人を巻き込み、多くの命を奪ったデューテ。
彼女の行いは、決して許されることではない。
聖女たちへの報復したさに、関係のない人たちを多く巻き込んだことは、彼女の過ち。
けれども、やはり同情してしまう。
──もう少し、この言葉を掛けていたなら、結末は違っていたのかしら?
デューテの抱いていた劣等感。
それを私かシノンが気付いていれば、もしかしたら……違う結果になっていたのかもしれない。そんなこたを考えてしまう。
私は、ぐったりとしたデューテの死骸を持ち上げる。
「シノン!」
シノンへ、声を掛けて、私は首を振り、帰還の意を伝える。
もうこの場所に留まり続ける意味は無くなった。
暴走してしまった闇堕ち聖女へ。
──私からの、制裁が完了したのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます