第47話 ラスボス(デューテ視点)





 指先の肉が抉れ、指の骨は外部に剥き出しとなった。

 腕を伝って、流れる黒い血は、足下に大きな血溜まりを作り上げる。

 奥歯を噛み締め、私は必死に出血箇所を押さえ込む。


「ダメだよデューテちゃん。その程度の傷で痛がってたら」


「この……やろう……!」


「ノクタリアなら、その程度の傷じゃ、顔色一つ変わらないわよ? もちろん、私も」


 出血が酷く、意識が薄れつつある。

 これ以上血を流すのは、戦闘継続に支障が出る。

 魔法で軽く止血して、私は息を大きく吸った。


「そろそろ辛いんじゃない?」


「うるせぇ……黙れシノン」


 彼女の言う通り、身体は驚くほどに消耗している。

 だから、もう短期決着を付けるしかない!


 魔力は残り少ない。

 傷の大きさから、全力を出し続けて動けるのは、あと数十分が限度。

 シノンの威圧を跳ね除けつつ、こちらの攻撃を直撃させるのなら、もっともっと闇堕ち聖女としての力を解放するしかない。


「…………じゃあ、もう終わりにしましょうか」


 シノンが構える前に、私は後方へと跳んだ。

 

「あらあら、逃げちゃうの?」


 ──距離を取ってから、勢いをつけて、シノンをぶっ倒す!


 空中にて、私はひしゃげた拳に力を込める。

 同時に、光を呼び出す。赤黒い光が全身に走る。ビリビリと電流が走ったような刺激と共に、失われていた活力が一時的にみなぎった。

 この一撃を放てば、拳は完全に吹き飛ぶだろう。

 それでも、構わない。

 シノンに決定的な一撃を入れられれば、撤退までの時間稼ぎができる。

 殺しきるのは、それから考えればいい。

 今はただ、目先の一撃に全てを賭ける。


「死ねぇ、シノンッ!」


 とてつもない轟音と共に、私は光の速さで、シノンに迫った。

 シノンは、防御する体勢ではない。

 ただ、呆然としながら、こちらの接近を眺めているだけだった。





 火花が散る。

 地面の石畳がバキバキと捲れる音が響いた。

 衝撃がシノンへと伝わり、彼女は吹き飛ぶ。


「はぁ……はぁ……やったぞ!」


 シノンの腹部からは、大量の黒い血が流れ出ていた。

 腹部には穴が空き、向こう側の景色が見える。

 

「あら……デューテちゃんもやりますねぇ」


 自身の腹部に大穴が空いているにも関わらず、シノンは涼しい顔で、そう呟く。


「ザマァみろ……私は最強なんだよ! シノンにも、ノクタリアにも引けを取らない。最強の闇堕ち聖女なんだ! あはははっ!」


 一矢報いた。

 両腕は、肘から先が消し飛んでしまったが、シノンに重傷を負わせられたのを考えれば、安いもの。

 



 ──ここは、一旦引いて、体勢を立て直そう。


 シノンはまだしも、ノクタリアまでいたら勝ち目はなかった。

 闇堕ち聖女……そのラスボス的存在。

 それが、邪智暴虐の闇堕ち聖女ノクタリア。

 

 ありとあらゆる魔法が、トップクラス。

 聖女だった頃も、その実力は国内でナンバーワンだったが、闇堕ち聖女としての力を得た彼女は、その比にならないくらい最強で凶悪。

 上手くやれば、一国を滅ぼせるだけの実力を秘めている。


「……私は、こんなところで終わらねぇ! シノン、私はもう行くからな!」


 勝ち誇った笑みを浮かべ、シノンにそんなことを吐き捨てる。

 対して、シノンは困った様子もなく、


「あらあら、そうなの。……デューテちゃんがそうしたいのなら、いいんじゃない?」


「おいおい、私を殺しに来たってのに、殺せなくても平気なのか?」


「ええ、平気よ……だって」




 シノンは、再び邪悪な笑みを浮かべ、明るい声音で告げた。






「ノクタリアが貴女にトドメを刺すはずだもの」

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