第46話 邪魔をするな!(デューテ視点)



「ふざけんな……シノン。私の邪魔をするつもりかぁ⁉︎」


 声を荒げ、威圧するが、シノンは不敵に笑ったまま。

 彼女自身もまた、黒血をその身に流して、光の恩恵を受けている。

 私がどれだけ吠えたところで、怯える素振りはしない。

 自らが蹴散らした聖女の死骸を踏みつけながら、人差し指を振った。


「デューテちゃん。貴女は闇堕ち聖女としての掟を破ったのよ。理解してる?」


 手にある槍をこちらに向けながら、シノンはパチリとウインクをしてくる。

 本当にイライラする。

 私はバンッと地面を踏み、怒鳴る。


「んなもん、知らねぇよ。ノクタリアとシノンが勝手に作ったものだろ!」


「そうだったね……でもこれは、ノクタリアの意向から作られた決まり。貴女にその力を与えたのは、誰だったっけ?」


 私がこの力を手にしたのは、ノクタリアに会えたから。

 彼女が私を拾ったからだ。

 でも、そんなことは、どうでもいい。

 私は強い。

 誰よりも……!


 だから、いつまでもノクタリアに指図されながら、動くのはもううんざりだ!


「邪魔すんだったら、殺すぞシノン!」


「貴女ごときが、私を殺せるのかな?」


「────っ!」


 急激に身体が重くなる。

 何が起こったのかと、周囲を見渡しても、特に何か変化があるわけではない。

 変わったとするならば、それはシノンの纏った殺気がより濃くなったことくらいだろう。


「……たかだか準二級聖女までしか至れなかった貴女が、元一級聖女の私に自力で勝るわけがないでしょ?」


 圧倒的な力の差を見せつけるかのように、殺気はどんどんと増してゆく。

 息が苦しい。

 身体が石になったかのように、下へと引っ張られる。


「……くっ!」


 我慢しきれず、私は地面に膝をついた。

 あまりに屈辱的だ。

 しかし、腰を上げることさえできない。


「なぁに? この程度の威圧に対抗できないの? そんなんで、よく私と戦おうなんて思ったわね」


 



 ──ふざけるな。


 私が弱い……?

 そんなわけがない。

 私は多くの聖女を一瞬で殺せるだけの力がある。

 私の実力はこんなものじゃない。

 黒血の力をもっともっと引き出せれば、ノクタリアにだって勝てるだけの実力がある。


「いたわ。闇堕ち聖女!」


「報告だと一人って聞いたのに……二人いるわ」


「なんでもいいわ。すぐに始末を……!」


 新たに集まってきた聖女たちは、私とシノンに警戒心剥き出しだ。

 ただ、私はもう彼女たちに意識を割く暇はなかった。

 目の前に、見知った強敵がいる。

 それだけで、意識を一点集中するには、十分な理由だった。


「あらあら、うるさいのが増えちゃったわね」


 シノンは余裕たっぷりな面持ちで、私から視線を外した。

 そして、スッと槍を振る。

 するとすぐに、集まってきた聖女たちは、悲鳴を上げた。


「ぎゃぁぁぁぁぁっ…………‼︎」


 皮膚がドロドロと溶け出した。

 顔を押さえ、痛みに苦しむ。

 聖女たちの姿は、猛火に炙られたかのように爛れていた。


「何よ、これ……あつ、い……!」


「痛い……いだい!」


「はぁ……うっ……!」


「く……はぁ……」


 ──熱風が吹いた。


「あらあら、可哀想に……もうお嫁に行けなくなっちゃったわね!」




 これは間違いなく、シノンの魔法。

 彼女は、聖女たちの皮膚を目に見えない魔法で炙ったのだ。

 見るに堪えないくらいに、汚い悲鳴をあげ、聖女たちは倒れ暴れた。

 ボトボトと皮膚だったものが、液状となり、地面に滴り落ちる音が聞こえてくる。

 私が人を殺した時よりも、凄惨な光景がそこには広がっていた。


「ふぅ……邪魔しに来なかったら、痛い思いをしないで済んだのに。本当にお馬鹿さんたちだね〜」


 聖女たちが、苦しむ様子をじっくりと観察して、シノンは、ニヤリと微笑んだ。

 そして、ゆっくりとこちらに顔を向ける。


「貴女にも、同じことをしてあげましょうか?」


 彼女の言葉を聞いた瞬間、私は前へと足を踏み出していた。


「はぁぁぁっ……! シノンッ!」


 私の拳とシノンの持つ槍がぶつかり合う。


「あらあら、勇敢ねぇ」


「殺してやる!」


 このまま待っていても、命を奪われるだけだと理解した。

 ならば、最大限に抵抗するだけ。

 何度も何度も、拳を振り上げ、シノンの腹部に打撃を入れようとする。だが、それらは、シノンの動かす槍と見えない壁によって、ことごとく阻まれ続けた。


「くそっ……! なんで、当たらないんだ!」


「ふふっ、はいはい。頑張って、頑張って」


「調子に乗るのも、大概に……!」


 それまで以上に力を込めた一撃を私は繰り出す。

 案の定、その一撃も壁に阻まれることになったが、バリバリとヒビの入るような音と共に、その壁は粉々に砕けた。


「……やったぞ!」


「は〜い。よくできました!」


 


 しかし、壁を越えたと思った時、視界が真っ暗になった。

 顔に何かが付着した感覚と共に、強く握りしめた拳に激痛が走る。

 

「……は?」


 私の視界を奪ったものは、大量の血。

 そして、黒い血。

 

「でも、まだまだ及第点かなぁ?」


 闇堕ち聖女の身にのみ流れる黒い血液。

 それは、正しく、私の拳が弾けたことによる出血だった。

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