5章〜闇堕ち聖女の使命

第42話 冷徹な対応



 

「あーあ。行っちゃいましたね」


 シノンは呆れたように笑う。

 グラズは状況の理解が追いついていないのか、キョロキョロしているだけで、言葉を発せずにいた。


「シノン、あの子は……ダメね」


「ええ、多分……デューテちゃんは、近いうちに死んじゃうわね〜」


 それを聞き、グラズが口を開いた。


「ちょっと、なんでそんな諦めたようなことを言うんですか?」


 彼は優しい。

 だから、私たちが彼女を見限るような発言をしたことが、どうにも気に入らないのだろう。

 グラズに驚いたような顔をしたシノン。

 しかし、彼女はすぐにニコリと微笑む。


「ねぇ、君? 闇堕ち聖女ってね。元々は聖女なんだよ」


「それは、ノクタリア様からある程度聞きました」


「うん、そっかぁ。なら、分かるでしょ。聖女には……階級があるって」


 そう告げるシノンは、暗にデューテが闇堕ち聖女の中でも弱いということを示していた。


「デューテちゃんはね。弱いのに、自信過剰なの。だから……いずれ死んじゃうんだよ?」


 シノンも元聖女。

 そして、聖女だった頃は、一級聖女として、多くの功績を上げてきた。

 そんな彼女だからこそ、デューテは、じきに破滅すると言う。

 グラズは、少し言葉に詰まったが、首を横に振り、シノンに反論する。


「なら、どうして助けてあげようとしないんですか!」


 ああ、やっぱり彼は根が優しい。

 優し過ぎて、この場に相応しくないとさえ思えてしまう。


「グラズ、それは意味のないことよ」


「ノクタリア様、何故ですか!」


「さっき言ったでしょう。私を……いいえ、私たちを普通の人と同じだと思わない方がいいわ」


「────っ!」


「弱いものは淘汰される。それは覆しようのないこと。そして、私やシノンに、デューテを助ける義理はないわ」


 闇堕ち聖女の間に、情なんてものはない。

 ただ同じ目的を共に遂行するだけの同志。

 それだけのこと。

 だから、規律を乱す者がいたならば、切り捨てるしかない。



 ──ある意味、教会の考えと同じなのよね。


 どこまでも、一途に目的を果たそうとする。

 教会は、国内での影響力を保ちながら、『上級国民』を守護することを目的とする。

 私たちは、悪人に然るべき制裁を下すことを目的とする。


「ノクタリア様、それでも……俺は納得できません」


 それでも、グラズは吹っ切りのつかない表情を浮かべる。

 

「あの〜、さっきから聞いてて疑問なんだけど……貴方は何様なのかな?」


 そんなグラズにシノンは冷たい声音で告げる。

 

「貴方は部外者だと思うんだけど……そもそも、私は貴女の名前も知らないし」


「グラズは部外者ではないわ。私が契約したもの」


「……契約。それって黒血の契約ってこと?」


「そうよ」


「へー、そうなんだぁ」


 シノンは、グラズに顔を近付ける。

 隅々までじっくりと観察し、クンクンと鼻を動かす。

 そして、一歩離れて私の方に振り向いた。

 

「ふーん。なんかパッとしない子かも!」


「そう……」


「ノクタリアは、本当に表情変わらないね。怒ったりしないんだ?」


「怒るようなことを言われていないもの」


 シノンの一言は、彼女自身の感想。

 彼女の主観に私が口出しをする権利はないし、するつもりもない。

 グラズと黒血の契約を結んだのは、私自身。

 だから、私以外の者が、彼への理解を示さなくても構わなかった。


「まあ、いいや。ノクタリアの契約者だもの。私がとやかく言うのは、お門違いって……そういうことだよね?」


「そうね」


「なら、この話はもうお終い!」


 首を触りながら、シノンは無邪気に笑った。

 そして、グラズにチラリと視線を向ける。

 




「で……ノクタリアはどうするの? デューテのこと」


 グラズへの話は終わり。

 けれども、彼の発言への明確な返答を私はまだしていない。

 シノンはそれをちゃんと知っていた。


『助ける義理はない』


 そうは言ったものの、『助けない』とまでは断言していない。


「契約者の子が、助けたいって言ってるけど……そこは、どう思ってるのかな?」




 ──本当に面倒な話だ。


 自分勝手で、我儘なデューテに対しては、特別な感情を抱いていない。

 けれども、グラズが助けるべきだと告げた。

 彼は私の契約者。

 個人の感情として、彼に嫌われることに関しては、別にどうでもいい。

 ただ、今後のことを考えると……彼の不信感を募らせるのは、良くない選択だ。



 だからこそ、私は深くため息を吐き、こめかみを強く押さえた。


「……デューテが表舞台で暴れれば、闇堕ち聖女の存在が明るみになるわ。そうなれば、『リライト』は本格的に動き出す」


「そうだね。聖女たちと戦う機会も、これまで以上に増えそうだね」


「…………そうよ。だから、デューテの暴走を止められなかった今、私たちが隠れている必要性は消えてしまった」


 


 ──ひっそりと暗躍するのは、もう終わり。


 デューテはきっと王都に向かった。

 人目につく場所で暴れれば、私たちの存在は確実に露呈する。

 隠れる意味がなくなる。

 それは、これまで設けてきた制裁のタイミングや、制限などを全て必要としなくなることを意味していた。




「……もう、ひっそりと動く必要はないわね」


「うんうん、そうだね!」


「なら、私たちが派手に動こうとも、結果は変わらない……王都に向かって、聖女たちと対峙しようと、しなくとも、これから先に待つ未来に変化はない」


 私は天井に視線を向けた。



「……デューテを追うわ」


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