第41話 二人の闇堕ち聖女



 真っ黒い女神像のようなものが、私たちを最初に出迎えた。

 手に持つ壺のようなものからは、止めどなく黒い水が流れ続けている。



 私たちの拠点。

 それは、静かで冷たい地下奥深くに隠れた『黒血の宮殿』と呼ばれる場所であった。


 かつて、多くの罪人たちが、訪れた『叫びの沼沢』

 その場所では、同時に多くの人間が死んだ。

 それらの死者の魂が浮かばれるように作られたのが、今の活動拠点。


 


 ──この宮殿が作られた当初は、『叫びの沼沢』が瘴気で覆われるなんて、考えてもいなかったことだろう。


 古くから、罪人を流す土地として重宝されていたが、本格的に処刑地になった今現在。

 人の生存できない環境であることから、『黒血の宮殿』は闇堕ち聖女だけが出入りする場所になってしまった。



「ここが、拠点ですか?」


「ええ、中は案外綺麗でしょ?」


「そうですね。あの遺跡を通った先にある場所が、こんなに整備されているとは思いませんでした」


 宮殿とは名ばかり。

 内装は、生活しやすいように整えてある。

 中央の大広間には、テーブルやイス、収納棚や食料品倉庫などの生活に必要な基本的なものが備わっている。


 グラズは、宮殿内部をぐるりと見回してから、不思議そうに告げた。


「それにしても、こんなに広いのに、全体的に整備されてるんですね……」


「そうね、一通り整備してあるわ」


「でも、一人で使っているのなら、この大広間の一角だけを綺麗にしとけば十分な気もするんですが」



 確かに、私一人ならば、こんな広い空間を隅々まで整える必要はない。

 大広間はまだしも、その他にある多くの個室の中まで手を入れる必要はなかった。そう……私が一人ならば、


「グラズ、もしかして……闇堕ち聖女は私だけだと思っているの?」


 そう聞くと、グラズは頷いた。


「はい、そう思っていたんですが……」


「そう……」


「違うのですか?」


 グラズの言葉に返事を返す前に、外から大きな物音がした。

 まるで上から何かが降ってくるような……。

 グラリと揺れる『黒血の宮殿』




 ──ちょうどいいタイミングね。


「グラズ、同居者が帰ってきたわ」


 私たちが入っていた入口の方に視線を向けると、コツコツと底の高そうな靴の音が聞こえてきた。

 そして、二人の人影が現れる。


「おい、ノクタリア。帰ってんなら、通路の灯り付けとけよ」


「おかえりなさい。ノクタリア!」


 赤髪の女性と金髪の女性。

 二人は、私の方に視線を向けながら、それぞれ言葉を発した。


 赤髪の気が強そうな女性の名は、デューテ。

 彼女は元準二級聖女であり、今は闇堕ち聖女である。

 制裁を下す対象は、粗暴な人間全般。

 地位の高い、低いに問わず、彼女自身が殺したいと感じた人物を容赦なく殺害する。私たち闇堕ち聖女の中で、最も好戦的な子だ。


「デューテ、貴女……またやったのね」


「は? 何の話だよ」


「『光』……私が奴隷商へ制裁を下しに行く道中の村で確認されたと聞いたわ。あれは、貴女でしょう?」


「はっ、そんなの覚えてねぇし」


「はぁ……」


 彼女が派手に動いてしまったからか、神聖教会からのマークが激しくなった。

『リライト』なる新たな組織も発足されたようだし、ここは少しキツく言うべきだろう。


「デューテ、闇雲に人を殺さないでちょうだい。あちこちで死体が上がるものだから、教会が私たちの存在を認識し始めているわ」


「うるさいなぁ……ノクタリアには関係ないだろ!」


「関係あるわ。勝手な行動は控えてくれないと、制裁を行うのが難しくなるもの」


 節度を守って欲しい理由も説明したが、デューテはむくれた顔をしたまま、大きな舌打ちをする。


「じゃあ、聖女たちを皆殺しにすればいいじゃん。それで文句ないだろ?」


「そういう話ではないわ」


「そういう話なんだよ!」


「デューテ、これは貴女のために……」


「ああ、もう。うるさい! 今から聖女を殺しに行けば、色々考えなくて済むんじゃないの? 怯える意味が分からない!」



 ──呆れた。


 

 考えなしに動いて、聖女を全員殺せると思ったら大間違いだ。

 彼女らは曲がりなりにも聖属性のスペシャリスト。

 そこらの簡単に殺せる人間とは、わけが違う。


「デューテ、少し落ち着きなさい」


「そうだよ。デューテちゃん?」


 もう一人の闇堕ち聖女シノンも、デューテを嗜めるが、彼女は耳を塞いだ。


「うっさい。ばーか、ばーか! 黒血の力を手にした闇堕ち聖女なのに、腰抜けばっか! いいよ、もう。私一人でアイツら皆殺しにしてくるから!」


 そう言い残し、デューテはすぐに出ていった。

 制止する間もなかった。

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