第34話 叫びの沼沢
馬車は私たちを降ろして、逃げるように引き返していった。
『叫びの沼沢』
一般人が絶対に近寄りたくない土地。
そこの空気を吸い込むだけで、気分が害される。
そして……吸い続ければ、死に至る。
罪人を処分するには、もってこいの場所だ。
「行きましょう」
私は、『叫びの沼沢』の中への歩みを進める。
グラズは、少し戸惑っていたものの、小走りでこちらに追いついてきた。
薄暗い森林が続く。
不気味な唸り声が遠方から聞こえると、グラズは怯えたような声を出した。
「ノクタリア様……この先に、活動拠点があるんですよね?」
「ええ、そうよ」
「本当に大丈夫なのですか?」
「何の話?」
「馬車で話していたじゃないですか。ここの空気を吸い続けたら、身体中がボロボロになるって」
──確かに話した。
けれども、その前に私はこうも言った。
「私たちは、この場所には入っても死なないわ。保証してあげる」
『叫びの沼沢』に漂う瘴気は最強の猛毒だ。
けれども、それが全ての生物に効くわけではない。
この環境に順応できなかった者が、瘴気に飲まれて命を落とす。
だから、この瘴気に耐性があれば、命を落とさずに済む。
先を進んでいくと、ところどころに人骨が落ちていた。
それから、半分腐りかけた死体もあった。
「ノクタリア様……!」
「ただの死体よ。この場所に足を踏み入れたのなら、当然の末路ね」
グラズは、まだそちらに気を取られていたが、私は構わず前に進む。
「グラズ、置いていくわよ」
こんな場所に来る人間など、事実上の死刑を宣告された者か、自殺志願者くらいだ。
外とは明らかに空気が違う。
茂みをかき分けながら、歩みを進める。
「グルルルルッ!」
「ひっ……!」
この場所は無法地帯。
危険な野獣が大量に立ちはだかってきても不思議ではない。
四足歩行の犬のような野獣。
それが、私たちの四方八方から顔を見せた。
四肢は、瘴気に影響されてなのか、かなりの筋肉質。
牙は口に収まり切らないほどに伸び出て。
瞳は、三つもある。
「ノクタリア様! お逃げください!」
グラズが私の前に出る。
決死の形相だ。
手足が震えているのが、後ろから見ていてよく分かる。
私を庇うつもりなのだろうけど、彼には戦う力がない。
人とは、とても非力な存在。
知性は高いが、身体能力は、他生物に劣ることが多い。
「ガウッ!」
「ひっ!」
野獣に吠えられ、グラズは尻もちをつく。
これ以上、見ていられないわ。
「はぁ……」
私は、こちらを取り囲む野獣たちに手をかざし、
──バシュ……ッ!
「…………へ?」
苦しむ間もなく、首を吹き飛ばした。
肉片と血の雨が、周囲に降り注ぐ。
この程度の野獣……私は何度も殺してきた。
「さあ、行きましょう」
こんなのは、私にとって、ただの日常。
死と隣り合わせの世界。
それが、闇堕ち聖女として、私が生き抜いた軌跡でもある。
「グラズ、私から離れたら……死ぬわよ?」
「は、はい……!」
だからこそ、グラズに危険を及ぼすものは、今のところ存在しない。
何故なら、この『叫びの沼沢』において、私以上に強い生物は存在していないから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます