第20話 聖女らしい振る舞い
屋敷の中は、一見落ち着いたような雰囲気だった。
けれども、以前屋敷の内部を見た私には、理解できていた。
静かで落ち着いている雰囲気……そんなのではないことを。
この静けさは、使用人たちに元気がないからだ。
大体の予想は付く。
あの、横暴な領主が日々屋敷内を歩き回り、事あるごとに身勝手なことを言い出しているのだ。
そんな場所に務めているのだから、使用人が疲弊していても不思議ではない。
「……こちらです」
案内をしてくれている使用人も、目の下にはクマがあり、体調がかなり悪そうだ。
「あの、顔色悪いですが……大丈夫ですか?」
「え? ああ、いえ! すみません。昨日は少しだけ忙しかったので、寝不足で」
苦笑いを浮かべ誤魔化しているが、この疲労具合は、一日二日で蓄積するようなものではない。
長期間、過労が続いているのが丸分かりである。
しかし、あまり突っ込み過ぎたことを言う必要もない。
「そうでしたか。あまり無理はなさらないで、下さいね!」
聖女らしい無垢な笑顔を浮かべると、使用人はホッと胸を撫で下ろした。
悟られたくなったのだろう。
弱みを見せたくないというのは、苦しい状況に置かれた人間であればあるほど、傾向として強くなる。けれども、その選択は愚策以外の何物でもない。
──かなりギリギリね。心が擦り切れるのも時間の問題。ここに来たタイミングは、悪くなかったようね。
少なくとも、目の前にいる使用人の苦しみは、消し去ってあげられる。
この使用人のストレスの原因、ドミトレスク子爵に制裁を下せば、この屋敷内の全てが白紙に戻る。
「こちらの部屋です」
「はい。ありがとうございます」
「では、私はこれで失礼致します。……聖女様、あの」
「はい?」
部屋の案内を終えた使用人は、口をモゴモゴと動かす。
私はただ、黙って次の言葉を待った。
「いえ! なんでもありません。領主様との対談、ごゆっくりどうぞ」
取り繕った笑顔は、誰の目から見ても不自然なものだった。
現状を打開したいという気持ちは、まだ残っていたのだろう。だから、私に伝えたかった。
この屋敷な蔓延る悪い状況を……自分の抱えた苦しみを。
けれど、最後の最後に言葉が出てこなかった。
──そんなところかしらね。
使用人を励ますわけじゃないが、私は黙々と無機質な声音で告げた。
「安心してください。神はいつだって、見守ってくれています」
「────!」
「この世界に不条理があるのなら、それはきっと近いうちに淘汰されるでしょう」
「聖女……様?」
「ふふっ、忘れてください。たまたま頭に浮かんだ言葉を呟いてみただけです」
本当にそうだ。
これから、この場所に広がる不条理を全て打ち砕く。
何一つとして、誤ったことは言っていない。
薄ら寒くなるような、聖女らしい笑みを浮かべてから、私は部屋の扉を開いた。
ああ、この笑顔は疲れる。
聖女らしい振る舞いって……嘘臭くて嫌いだわ。
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