第19話 偽装と潜入
偵察の四日後。
私は、制裁のための準備を整えて、ドミトレスク子爵邸の前まで来ていた。
装いは、かつて毎日のように着ていた聖女の正装。
この服を着ていれば、王国内各地を巡回に来た聖女であると勘違いして、相手も油断するはず。
屋敷の門前では、門番が二人。
「お待ちください。聖女様」
私はそこで槍を持った門番に止まるように言われた。
「お初にお目にかかります。神聖統一教会から配属された者です」
「本日、聖女様の面会予定はありませんが……?」
「実は、至急お伝えしたいことがありまして、それで、神聖統一教会から派遣されたのです」
「なるほど。領主様に確認して参りますので、ここでお待ちいただけますか?」
「はい。もちろんです」
門番の一人は、屋敷内部へと駆けてゆく。
怪しまれてはいないみたいだ。
あとは、すんなり入れてもらえるかどうか……無理なら、強行突破をすればいいだけ。
けれども、可能であれば、穏便に屋敷内に侵入しておきたい。
そうした方が、計画が楽に進む。
「して、至急の要件とはどういったものなのでしょうか?」
残された、もう一人の門番が尋ねてくる。
無言の間を作らないための、雑談タイム……なのだろう。
私は和やかな雰囲気のままに語る。
「実は、王都に近い場所で色々と問題が起きまして」
「問題……でありますか?」
「はい。昨今、『光』の災害が国内で増加しているのはご存知ですか?」
「知っております。大地が荒れるという……」
「実は、『光』の災害の発生条件や発生地域の特徴などを教会が突き止めたのです。その件に関して、貴族の方々にお伝えしておかなければならない内容もありましたので、こうして順々に貴族様のお屋敷に赴いている次第です」
「そうでしたか」
……もちろん、適当に作った理由である。
そもそも、『光』の災害とは、私が引き起こしているものである。王都の付近だけでなく、王国内に満遍なく足を運んでいるから、各地での被害が報告されている。
その『光』の災害に発生条件も発生地域も明確に存在していない。
規則性も、私が制裁を下したい者がいる場所というだけ。
それを突き止めたなど、嘘でしかない。
『光』の災害に詳しい者なら、この雑談に不信感を持つはずだが、地理的な事情を詳しく知っているのは、教会関係者のごく一部のみだけだ。
だからこそ、簡単に騙される。
「お待たせしました。聖女様、領主様の許可が下りましたので、中へどうぞ」
先程、屋敷の方へと行った門番がこちらに戻ってきて、そう伝えてくれた。
私は軽く頭を下げてから、門の内側に足を踏み入れる。
通り過ぎる間際、門番の一人からボソリと一言。
「……聖女様、領主様に、お気を付けください」
門番の言葉は、きっと本音だったのだと思う。
ドミトレスク子爵邸の門番。
彼らはきっと、この屋敷に仕えて長い。
だからこそ、知っているのだ。
現当主が屑貴族であることを……。
私は門番に微笑み返し、
「ご忠告、感謝致します」
柄にもなく、淑やかな言葉を放った。
聖女として振る舞っていなければ、こんな風に返事をしたりはしない。今の私は、神聖統一教会から遣わされた一人の聖女。
単なる連絡係に過ぎない。
──だからこそ、誰もが油断をしてくれる。
聖女は、心優しく、無害な存在。
そういう思い込みが、手荷物検査などをスルーさせる要因になっている。
太ももに括り付けてある手頃なナイフは、簡単に持ち込むことができた。
この武器を使って、バレオン=フォン=ドミトレスクを殺そうというわけではないものの、手札が多く用意できるのなら、それに越したことはない。
「……さて、始めましょうか。私の理不尽を忘れられないくらい、脳裏に植え付けてあげる」
私は誰に対しても平等に優しい八方美人な聖女じゃない。
悪には然るべき制裁を下して、弱者を苦しめるこの環境を多少なりとも変えられればと思っている暴君。
邪智暴虐の闇堕ち聖女。
それが、私……ノクタリアなのだ。
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