第8話 罪人に発言の自由はない
地下室には冷え切った空気が流れていた。
身動きの取れないノーマンと私の二人だけ。
立場はこちらの方が優位なはずなのに、ノーマンは未だに威張り切った態度を続けていた。
「おい、小娘ぇ! 早くわしを解放せんか!」
肥えたやつほど、よく吠える。
手をバタバタと動かして、必死に沼からの脱出を図るが、何をしても無駄である。
そのことに気が付くのは、きっとずっと先のことになるだろう。
「……無駄な抵抗は控えた方がよろしいのではないですか?」
「うるさいっ……! わしは、王国奴隷商の名誉代表だ。こんな無礼を働いて、無事に帰れると思うなよ!」
「……はぁ」
──スパッ!
風が……地下室に吹き抜けた。
「ふぁ…………?」
空中を漂う大きな物体。
それは、真っ赤な液体を散らしながら、地面にべチャリとした音を立てて叩きつけられた。
「ぐっ……ぎゃぁぁぁぁぁぁあっ……!」
宙を舞ったのは、ノーマンの両腕だった。
あまりにもよく喋るので、少し静かにさせようと思い、腕を切り落としてみた……のだけど、どうやら逆効果だったみたいだ。
「わしの……! 腕っ、腕っ、腕ぇぇぇぇぇっんんっ‼︎」
泣き叫ぶ声は、赤ん坊が腹を空かせている時の声なんかよりも断然大きなもの。
大の大人が、周囲を気にせず、そのように大声で騒ぐなんて……恥ずかしくないのだろうか。
「……はぁ、心配しなくても、止血しているので死にはしません」
「ぎゃぁぉぁぁっんっ……ふぅっ‼︎」
死なないことを伝えても、ノーマンは、叫び続ける。
「少しは落ち着いたら……」
「いだぃ……わしの腕がぁ!」
「聞いてないわね……」
もうこちらの話を聞いている余裕すらないのか、短くなった自分の両腕を双方チラチラと交互に見ている。
大きく目を見開き、どれだけ視線を向けようとも、失った腕が生えてくることはないのに。
──本当に理解に苦しむわ。
ノーマンは、口から大量の涎を漏らし、目から涙を零し、鼻からはドロドロとした鼻水を垂らしている。
見るに堪えない光景だ。
腕がなくなったところで、心臓の動きが止まるわけではない。
──これくらいで死ぬわけがないのに、どうしてそこまで泣き叫ぶのかしら?
私には、彼の不審な挙動が理解できなかった。
苦しいのは分かるが、こうなることは、ある程度予測できたはずだ。
命を取られると怯えたいたのなら、四肢の一本や二本失うくらい想定の範囲内だっただろうに。
それなのに、こんなに冷や汗を流してバタバタと暴れるというのは、どうしてなのだろうかと首を傾げた。
「ギャァぁダァぁぁ……っ!」
流石に耳障りだ。
そう思い、私はノーマンの口にとあるものを詰め込んだ。
「ふが────っ!」
「少し、静かになさい。見苦しいわよ」
しかし、口を塞がれながらもノーマンは声にならない叫びを上げる。
「どうして、そんなに騒ぐのかしら?」
口に物を咥えさせれば、静かになるとどこかで聞いたことがあったのに、参考にならないわ。
ノーマンの口に、地下室の隅に落ちていたネズミの死骸を詰め込んだのは、意味のない行為だったのだろうか。
顔を青白くさせたノーマンは、口に入れたネズミの死骸を必死に吐き出そうとする。
だが、口に物を詰めていないと、今以上に騒ぐのが分かっていた。
だから、私は、彼の口にもう一匹、ネズミの死骸を押し込んだ。
「んぐっ……⁉︎」
恨めしそうに睨まれる。
けれども、これも静寂を取り戻すために必要なこと。
「黙りなさい。貴方に発言の自由があると思わないことね」
そう告げると、彼は動きを止めた。
「いいかしら。貴方は大きな罪を犯した。『上級国民』という立場を利用し、弱者を虐げてきた。世間が貴方を許そうとも、私は貴方のことを許さないし、然るべき制裁を下す」
一言一言をはっきり伝える。
彼に反省の色は見えない。
助かりたいが故に、私の言葉に頷いているというのが、見え透いていた。
けれども、彼の心情がどうだろうと構わない。
例え、彼が心を入れ替えて、懺悔の気持ちを真摯に示そうとしていたとしても、私の行動は変わらない。
反省したから許してあげるなど。
そんな甘いことを言うつもりはないからだ。
──制裁は下す。心変わりはしない。
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