十三番目の鏡魔-3 蝙蝠/雷霆
「ひいぃ……! こんな奴相手とは聞いていないぞオオバぁ!」
大場に助けを求める大場……おかしな光景だと剣女は呆れた。徐々に歩み寄る美女と、四つ足で逃げていく中年男性。偉大な存在を前に恐れをなしているとも受け取れるが、男にあるのはきっと死への恐怖だろう。
彼の酷く充血した眼は、おおよそ女性に向けられるようなものではない。力の及ばない未知の怪異に対する恐怖。背を向ければ殺されると、目を背けることができない。
怪異が怪異に恐怖する。人でないモノに喜怒哀楽は無いとは言われるが、同属———それも上位の存在に震え上がるだけの機能はついているらしい。人間の姿を模した副反応であるのかもしれないが。
「アレの相手をするくらいなら少年を狙った方がマシだ! なぜ私ではなく「虚空」の私に向かわせたのだ!」
(———少年?)
剣女は鏡魔の肩を押しのけて大場に迫った。
「少年とは近衛槙のことだな。お前たちはさっき、私を取り込むと言った。それは私たちもまた怪異であるからだろう。ならアイツを狙う理由は何だ。近衛槙には私たちのような力なぞ持ってはいない」
男は数秒きょとんとしていたが、たちまち顔を白くして口元を抑えたのだった。
「……何か隠してるな。今すぐに吐け」
首筋に刃を当てる。しかし大場は切羽詰まった顔をすると足裏から水を噴き出し、急速に距離を離していった。
「な……待て!」
声を荒げる剣女を置いて鏡魔が跳躍した。大場よりも後ろの場所へとすぐに回り込み、脚を絡めて大場を掴み取った。その首を、脊髄が悲鳴をあげるほどに締め上げる。
「ねえ剣士ちゃん。ワタクシもう時間無いからこの人殺るよ、いいよね?」
遠くの彼女を「いや貴様も待て!」と制止した。
「そいつにはまだ聞くべきことがある!」
「この人倒したらゲームはクリア。この美術館もオワリ。それで近衛ってヤツも助けられるでしょ?」
「そういうことじゃない! 私は、なぜ奴も狙われなければならないんだと聞いているんだ」
向かってくる剣女を見て鏡魔は眉をひそめた。
「どっちにしろワタクシはもう数分。今殺しきれなかったら、あなた一人では対処できないでしょう? あなたとエイダはそこそこ思い入れがあるみたいだけど、ワタクシは近衛って人に思い入れはないわ」
そして五本指で爪を立て大場の喉に触れた。そのまま裂いて仕留めるつもりだったのだろうが、剣女が手首を掴んでこれを阻止した。
「大場言え! 近衛に何の用だ!」
青ざめた顔……しかし彼は強引に口角を釣り上げ、顔に唾がかかるほどに勢いよく喋りだした。
「まさか君たち、あの子どもの正体を知らないのかい! 哀れだねえ残念だねェ!」
「近衛の正体……? どういうことだ」
「クク……瀬古逸嘉は君たちが特別な怪異だったから手勢にした! だのに近衛槙は例外であるとどうして言い切れるカネ!?」
「——————」
——————な、に?
そして大場は骨も割れるほどに下顎をこじ開けた。咄嗟に鏡魔が喉を切ったことで気を失わせたが……彼の背中から汚水が流れ始めているのを見て二人は後退した。
大場は噴射の勢いのまま浮かび上がる。そして自身の顎を、両手を使って一気に降ろし、砕いた。
「……あらあら。紳士が台無し」
鏡魔が小さく呟く。
大場の口は半分が無くなり、ぼたぼたと大量の血を垂らしている。上唇から見え隠れしている前歯とダラリと揺れる舌が、男をよりバケモノに仕立て上げていた。
「あの人、もう喋れないからいいわよね? もっと楽しく踊りたかったのに、つまらない幕引きだわ」
「……すまない。手間をかけさせた。奴を殺す」
フフフと含み笑いをし鏡魔は頬を剣女と重ね合わせた。
「素直な剣士ちゃん、ワタクシだーいすき」
敵が飛び出した。呼応して鏡魔が迎え撃つ。
液状化に意味がないと察したのか、高圧水光線を剣のように扱い、鏡魔の足技と打ち合っている。
今までの範囲の広い放水とは違う。糸のように細く、光のように早い。切ることに特化した近接武器を相手は両手両足から精製していたのだった。
この方針の変更に鏡魔は顔を変えた。
———あら、踊り甲斐があるじゃない。
と言わんばかりの嬉々とした笑顔に。
水の怪異はコマのように身を回す。生まれた回転刃は、触れればただでは済まないことなど容易に想像できた。流石の鏡魔も後ろに下がったが、このコマは更に素早く距離を詰めてくる。
そこを敢えて、剣女は攻めた。鏡魔と交代するように前に出たのだ。
「ワーオ! 捨て身―!」
両腕と両足の回転によって、敵は二つの刃の円を身に纏っていた。その間を縫うように、剣女は滑空し、無防備だった腹に一太刀入れたのだった。
たまらず回転を止めて転がる怪異……しかしすぐに持ち直し、剣女の渾身の一撃をぎりぎりと躱したのだった。
刀を振っては避けられ、何度狙っても躱される。明らかに剣筋を読まれている。長期戦に持ち込んでしまった影響だ。敵は、剣女の戦い方を学習している。
(奴の知らない一手を使う他ない)
脳裏で剣の部屋で一瞬だけ使った秘技が思い浮かんでいた。
———
いつ身に着けたのかまるで覚えが無い剣術は、剣女の往来の戦い方とは一線を画すものである。
(これを使って道を拓く!)
剣女は一歩踏み込む———のではなく、浮かせた。
先の自分はこうすることで距離を詰め、目にも見えない斬撃を行うことができていた。
もう一度これを使い、今度こそ押し切ってみせる———!
———ところが。
「は……?」
剣女は、躓いて倒れていた。
何が起きたのか理解できない。確かに同じ動きをしたはずなのに、身体が言うことを聞かない。
(いや、そうではない)
京八逆流を使っていた自分と、今ここで倒れている自分が一致しない。己がどのようにしてあの動きをしたのか、まるで思い出せないのだ。
「こんなところで……!」
剣女に迫る水の刃。
一瞬息を呑むも、すぐさま鏡魔が間に入った。
「ハハ、なーにそれ。バレエでもしたかったのかしら?」
嘲笑う彼女の視線に当てられ、剣女は舌打ちしながら立ち上がった。
敵が上空に浮かび上がり鏡魔が追う。空気を踏みつけ階段を昇るように跳んでいく彼女を、敵は目で笑った。
男の胸に穴が開く。そこから水の塊が吐き出され、爆発したのだ。
「いったぁ!」
直撃した鏡魔が墜落する———まるで撃たれた白鳥のようだった。
地面まで落ちていくその最中、空中で剣女と交代する。
落ちる鳥と迫るヒト。何よりこの娘には、水の身体を斬る術がない。水の怪異は再び身体を透明に溶かし、その刃を呑み込もうとした。
それでも剣女の目は変わらない。絶対に殺すという意志は眼光となり、敵への照準となる。
(あの技が使えなくともやりようはある)
水の身体は斬れない。それなら、斬らずに攻撃すればいい。
剣女は片手に刀、そして片手に鞘を持っていた。怪異のすぐ直下まで近づいた瞬間、その二つを十字形に重ね合わせた。
『
これはたった今考案した、新たなる外法。ぶっつけ本番の演奏である。
『流るるは———
鞘を流すように刃を擦る。火花が飛沫のように跳ね、同時に「バン」と破裂音が響いた。
ホール全体に稲妻のような撃鉄音が鳴り渡り、地上に着いていた鏡魔はたまらず耳を抑える。
そして、液体と化した怪異も無事では済まなかった。
剣女が放った音の攻撃が水の身体を強く震わせ、ぐわんぐわんと怪異の頭を揺らしたのだった。そして人間態に戻った瞬間に刃の輝きを二度、三度と眼球に縫い付けられた。白目を剝き、強い一撃を受けると地面に落とされていった。
「うわあ!」
鏡魔が顔を覆う。砂埃が舞い、大理石の床は砕け、打ち付けられた大場はビクリ、ビクリと痙攣している。
着地した剣女は間髪入れずに刀を振り上げた。狙いは首。
その閃光が下ろされる直前、大場が眼を戻し「待った」をかけるように手を向けた。
「遺言か?」
彼は頷き、上顎しかない口をぶるぶると震わせた。露出したままの舌が蛇のようにうねっている。
「自分から顎壊したのに変な人。あっ、人モドキか」
余裕の素振りで悪態をつく鏡魔だった。
「聞こえん声を聞いてやれるほど暇では無い。今度こそ貴様の負けだ、大場」
今一度刃を降ろす。
怪異は喉の奥から音を出す。憔悴しきった顔だったが、剣女には迷いがなかった。
———扉が開かれるまでは。
現在の鳰下町ミュージアム占有状況
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黒塗り……非攻略
白塗り……攻略済み
★……エイダと剣女の現在地
◇……近衛槙の現在地
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