十三番目の鏡魔-2 形成/逆転
「そ、ん、な、こ、と、より~」
鏡魔は突然、先ほどの社交辞令のような言葉遣いから一変し、上ずった声を出した。そしてゆっくりと剣女の顔を覗き見て……
「久しぶりじゃない剣士ちゃーん! 何年振り? アレ、まだ半年も経ってなかったかしら?」
いきなり抱き着きぴょんとぴょんと跳ね始めたのだった。剣女の頬を両手で挟んでもみもみと撫でまくり、果てには唇を近づけようとさえしてくる。剣女は心底嫌そうな顔で引き離した。
「馴れ馴れしくするな本当に……戦いに来たんだろうが」
「ふふ、相変わらずつれないのね? そういうトコロも愛おしいわ剣士ちゃん」
誘うような上目遣いで、顔を背ける剣女の顔を見つめてくる。自身に対してこのような感情表現を向けられたことの無い剣女は逃げるように鏡魔の傍を離れた。
天がエイダに苦手意識を持っていたように、剣女はこの、エイダの顔をした怪異を薄気味悪いモノとして認識していた。
「それより喋っている時間は無いぞ。十三分しか出てこれないんだろ」
言われて鏡魔は、奥で立っている大場に顔を向けた。そしてつまらなそうに、
「あんなの十分もかからないでしょう?」
と返してみせたのだった。
「アレは実体と流体を切り替える。直接心臓を狙っても意味はないぞ」
剣女の忠告。対して鏡魔は、
「うんうん、それがどうかした?」
と……問題ないとでも言うように答えたのだった。
「後ろで見てたけど確かに厄介そうだったわね。でも何か問題が? 要は水の身体にならないように動けばいいじゃない」
「それができたら苦労しない」
「その天って子の身体、もう少しなんとかならないのかしら。あなたの本来の動きに全然追いつけていないのではなくて?」
「……主の陰口はやめろ」
「ハイハイ。じゃ、行ってくるわねー」
そう告げて彼女は天井に近い所まで跳躍した。そして身体を翻し、靴を天井の底に押し付ける。膝を曲げ、バネのようにもう一度飛び出していった。一秒も経たぬ間に鏡魔は大場に向かって突撃していく。
「ハ———!」
大場が口を開く。激流を吐き出す準備。明らかに真っすぐに降りてくる鏡魔を狙っている。
(まずい)
鏡魔が射程範囲内に入ってしまっている。あれを喰らってしまえば、即座に肉体が引き裂かれる!
剣女は大地を蹴った。なんとか反撃して、攻撃を逸らさなければ……!
だが、その必要は無かった。
大場が放射攻撃をする前に、鏡魔の脚が、その肉体を切ってしまったからだ。
「あ———? ハヤイ———?」
「速度を上げたもの」
振り向く鏡魔……続けざまに、何度も飛び上がり、ヒールのかかとで大場を貫いていった。彼女の足技はまるでレイピアの連撃……一切の隙も与えることなく攻め続けていく。
「クソがぁ!」
ここで大場の手に孔が開く! また水鉄砲が来る!
しかし鏡魔はすぐに銃口を避け、たった三歩で後ろに回り、大場の首を蹴り殴ったのだった。
「フウ、フウ……なんだ今の動きは! 見えない壁でもあるのかぁ!?」
憔悴する大場。鏡魔は不適な笑みのまま立ち尽くしている。
先ほど鏡魔は、攻撃を避ける際、何もない箇所を走るような挙動を見せたのだ。
いや、「ような」ではない。彼女は紛れもなく、空気そのものを地面として踏みつけたのだ。空中から落下した時もそう。彼女は大場の想定よりも早く着地していたがその実、降下している間に空気を蹴り上げたことで更に速度を上げていたのだ。
その能力を剣女は思い出した。鏡魔はこれを以てして、脚を使った攻撃を得意とする。そしてそこから繰り出される機動能力は、あらゆる怪異の追随も許さない。
(……『透明のガラス靴』)
大地だけでなく、液体、気体の上でさえも立つことが出来る能力。鏡魔が望む場所であればそこは目に見えない地面や壁となり、新たな踊り場となる。
傍から見れば、何もない場所に立っている、もしくは浮かんでいるように見える……まさに、「任意」の場所を足場とする能力である。
(大場の直近に足場を作ることで連続攻撃を可能としている……敵に回したくない能力だ)
すると鏡魔が「今だ」とウィンクをしてきた。剣女は刀を肩にかける。
「付け入る隙もまるで見えないが……行くか」
そうして剣女も戦いに加わる。大場を挟み込む形で二体の怪異は攻撃を繰り出していく。攻守の交代などありえない。相手に一切の攻撃もさせない。剣女と鏡魔は交互に武器を振るい、大場は為す術も無く壁際まで追いやられた。
「そこだ!」
剣とヒールが同時に男の顔を貫かんとする。だが、やはりと言うべきか、
「ギィイ!」
大場は液状化し足元に水溜まりが拡がった。水面に大場の奇妙な笑顔が映しだされる。
「どうだい、これなら斬ることもできないだろう!」
頭に痛い哄笑。そして二人の周囲を液体が囲う。剣女は試しに一撃入れてみるが……水のヴェールの前では意味がない。ただ水飛沫が飛ぶだけである。
「おい。溶ける前にやればいいと言ったのは貴様だろう悪魔。何とかしろ」
「嬉しい! 剣士ちゃんが頼ってくれるなんて……今日は起きて良かった!」
「早くしろ」
鏡魔はもう一度剣女の顔を見て悪戯っぽく微笑んだ。そして———
「ねえオオバさん? 水は切れないと言っていたけれど、もう少しロマンチックに考えてはどうかしら」
「ほう、その心は」
突然の問いかけにすぐさま男の声が返ってくる。そして鏡魔は謳う。
「例えば水上の白鳥。透明な流れの上に浮かび、飛び立つ翼は雪のよう———心に憧憬を持つ人なら誰もが思い描くでしょう。鏡のように透明な水面の上に立って踊り続けている自分を。そんな光景を、誰もが幻想として夢に見るのです。ですがワタクシたちは怪異。幻想の正体そのもの……不可能な綺麗ごとも本物にしてあげることができる。つまり……」
スカートを持ち、水色の姫君は片足を上げた。
「水の上には立てないって、そう簡単に諦める必要も無いのよ」
そして静かに、迫りくる水の壁に『透明のガラス靴』を刺し入れた。
「ぐっ、ううっ!! アアア—————!」
飛沫を上げて透明の壁が霧散する。地面に点々と落ちていく巨大な水滴……これを鏡魔は次々に踏みつけていく。
「痛い痛い! ナゼ!?」
(———ああ、そういうことか)
剣女の刀では傷つけられなかった水の怪異を、なぜ鏡魔は攻撃できたのか。
彼女の脚、『透明のガラス靴』は先述の通り、何もない場所に立つ能力である。空気を足場として見立てられるように、水の上でさえも地面としてしまうのだ。
言い換えれば、彼女のヒールに触れているものは液体気体例外なく、接触できる実体物となってしまうのだ。
「雨上がりの道、夕立ちの痕……子どもは小さく戯れ灰を払う。ガラスを履けば夢心地。気づけばとっくにシンデレラ」
たまらず水溜まりは一カ所に集まり、人間態に戻っていった。
一方姫はカツンカツンと音を鳴らして優雅に歩行する。
「手を取ってくださらない? ワタクシ、まだ踊り足りないの」
現在の鳰下町ミュージアム占有状況
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黒塗り……非攻略
白塗り……攻略済み
★……エイダと剣女の現在地
◇……近衛槙の現在地
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