十三番目の鏡魔-1 鏡魔/招来

 相手は決して不死身というわけではないということを剣士大場との斬り合いで理解していた。剣女は果敢にもう一人の大場へ斬りかかっていく。

 しかし全身に孔を開けた敵は、四方八方に汚水を撒き散らし逃げ回っていた。振っても振っても水を切るだけ……一向に近づけない彼女は思案する。


(まずは水を止めるのが先決!)


 こういうときに限ってセバスチャンは退散してしまっている。上手く立ち回っていたあの執事は、どうしていつも肝心な時にいなくなってしまうのか。

 加えて、相手の無数に開いている肉の穴。発射口となっているこれら全てを塞ぐのも骨が折れる。


 ———いや。わざわざ一つずつ抑える必要などない。


 身体全身を囲いつぶすような技であれば。


 剣女は瞬時に周りを見渡す。幸いにも武器はあちこちに転がっていた。


「大場!」


 叫ぶと怪異は剣女の方を注視した。その瞬間に足元に落ちていた、既に動く気配のない剣を拾い上げ、勢いよく投げつけたのだった。

 敵はやはり水を吐いて叩き落とす。そして全身の穴から、


「子供騙しカネ!? 効くものかよ!」


と幾重にも重なった声が漏れたのだった。


 ああ、この怪異は、背後で何が起こっているのかわかっていないらしい。


 剣女は刀を力強く背中の方に引っ張った。その剣先には、

 訝しむ怪異……聞こえるのは、空気を切る刃の音だった。それも一つでなく、複数。


「いっ!? ああがはははははじゃじゃははがががががだじゃは!?」


 大場の穴を次々に刃が入っていく。

 これら全て、剣の部屋から飛来してきた怪異である。


『肋の蜘蛛!』


 部屋中に落ちていた剣の怪異を、肋の蜘蛛で支配し、牽引するように大場の身体を狙わせたのである。これで間違いなく奴の穴を塞いだ。


「アっ!? が……グアア!」


 喉にも小剣が突き刺さり、まともに言葉も紡げなくなったようだった。しかしこれで油断してはならない。確実に命を断ち切らなければ、いつまた奇策を講じられるかわかったものではない。


 剣女は駆ける。柄を握りしめ、力を込める……!


「……マダダァ」

「な」

 ———まだ声が出るか!?


 次の瞬間、大場の身体が、風船のようにぶくぶくと膨らみ始めた。とてつもないスピードで大きくなり、今にも爆発してしまいそうだった。


 苛立つように息を吐きすぐ後退するも……予想通り、怪異は水風船のように破裂した。一瞬で部屋中に鉄と酸の匂いが蔓延し、眼球がひりつき喉も焼けそうになる。頭上から生暖かい雨が降り霧も充満する。


「本当にこう、努力を無かったものにするのが好きだな大場!」


 爆心地には人の形を成す透明な流体……それが瞬く間に色がつき、通常時の大場の姿に戻ってしまったのだった。


「何を言うかね。たかが液体を殺す? どのように? 沸騰でもさせてみせるかい?」


 そう、この男は水の怪異。戦闘を繰り返すうちに、彼は実体と流体を切り替えているということに剣女は気づいていた。そのため実体を持っているうちに倒してしまいたかったのだが……死ぬ直前に流体化されては、尽くした死力もまさに水の泡と化してしまう。


(……このままでは泥仕合だ。終わりが見えない)


 今まで戦ってきた怪異は全て、斬ることができるものだった。しかしこの怪異は、斬って殺すことが不可能なのである。外法を使おうにもその命までを捉えることすらままならない。剣女とこの男とでは、致命的に相性が悪すぎる。


(どうする。一端引いて、別の部屋の攻略を目指すか。しかしその間に他の部屋を潰されたら……)


 考える。しかし一人でこれを覆す術が、全く見当たらない。


 ……こんな時、近衛槙ならどう考えるのだろうか。


 ふと脳裏にそのようなことが浮かんだ、その時。



「———あら、セバスチャンの言う通り苦しんでいるみたいじゃない」


 全身の血が冷え上がり、氷のような妖気を背に浴びたのだった。


「……なんだ、起きたのか」


 自然と声が震えていた。それは寒気がしたためか、それとも、怖気が故か。

 何にせよ、女の声は全身を透き通すように聞こえたのだった。


「ええ、だって緊急事態だって言うし、何より……踊り甲斐があるでしょう?」


 ヒールの地面を叩く音が近づいている。そして目前の大場は剣女の背後を見て満足げに手を叩いていた。


「……噂には聞いているよ。君が、エイダ嬢の中で最も危険な悪魔だと」


 足音は剣女のすぐ真横で止まり、仕方なく剣女は隣に立った存在に目線を送った。

 彼女は……エイダをそのまま大人にしたかのような姿をしていた。水色のドレスを纏い、ガラスの靴をカツン、と鳴らしている。その金色の髪は一段と伸び、風も無いのに揺らめいていた。まさに姫。パーティにやってきた、絶世の美女。


 エイダに似た美女はにこやかな表情を作り口を動かした。


「お名前を教えて頂戴、素敵な紳士様」


 ……その声だけでも空気が凍りそうだった。触れればそれだけで指から砕け散ってしまいそうだ。しかし大場は気にも留めずに頭を軽く下げたのだった。


「オオバレンノスケ……という名の、怪異でございます。特に水を専門としておりまして」


 図太いのか、間抜けなのか……少なくとも剣女は、この大場はロクな目に合わないだろうと断じた。

 この女に名を聞かれたら最後———赤い靴を履かされたが如く、死すまで踊り続けなければならないのだから。


 そして、エイダの身体を奪っている怪異はスカートの裾を上げ、その真名を返したのだった。


「ワタクシは、鏡の国のシンデレラ。そして———


 ああ、見なくてもわかる。


 この女の口、歪に曲がった三日月の形をしている。






現在の鳰下町ミュージアム占有状況




□■◇□■

□■■■■

■■■■■

★□□□□

□□□■■




黒塗り……非攻略

白塗り……攻略済み


★……エイダと剣女の現在地

◇……近衛槙の現在地

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る