反転する鳥籠-13 鏡/鏡 

「ふはは! いかがですお嬢様! 今のわたくしめの受け身! ここまで飛ばされたにもかかわらず傷一つないでしょう!」


 瓦礫の海を掻き分け、黒服の美青年は軽々と起き上がってみせた。高らかに唄いつつ、体内で鑑賞していたエイダに自慢するのだった。

 セバスチャンの視線の先では今、人としての姿を捨てた水の怪異と剣女が戦いを繰り広げている。大場だったモノの肉体には蓮のように孔が開き、そこから一斉に濁り水を噴射させている。その余波は遠い地点に立っているセバスチャンの方にも広がっているようで、足元にはびしゃびしゃと水溜まりが作られているのだった。


「さて、わたくしめの時間はここまでです。お望み通りに時間は稼いでおきましたので、思う存分暴れるとよろしい。不死身のお人形さん」


 不適に唇を三日月状に曲げる———すると、


『もーセバスチャンのバカバカ! 抑えるどころか強くなってるじゃんあれ!』


 怒りの籠ったエイダの声が心中に鳴り渡った。


『なーんかおかしいと思った! ずっとあの人を煽るようなことばっかり言って怒らせて……すっかりバケモノだよアレ! 何も思わなかったの―!?』


「ハハハこれは失敬! つい興に乗ってしまいましてねえ……ついわたくしめも、人外としての血が騒いでしまいました」


 額に手を当て「クハハ」と上機嫌ぶる青年に、体内に潜んでいた主は更に𠮟りつけた。


『それならちゃんと責任はとってほしーものね! あれ倒すの、ちゃんと手伝ってあげてよ!』


 しかしその提案に対し彼は眉をひそめる。


「それは相手がお嬢様であってもできぬ相談です……ああ嘆かわしい。この魂は忌まわしきモノなれば。わたくしめの拳は、決して何者も傷つけてはならないのです。生物も怪異も関係なく、命を奪う行為などとてもとても」

『嘘おっしゃい……あんなに楽しそうにしておいて。大場って人よりもよっぽどピエロじゃないあなた』

「フフ……よきサーカスはお見せできたかと」

『悪趣味……』


 セバスチャンという怪異は、敵対するものに対しても暴力を振るってはならないという誓いを己に課している。その理由は主たるエイダにもわかったことではないのだが。反面、彼は嗜虐的な一面を持ち合わせていることも事実。そのうえで相手を限界まで苦しめておいて、トドメは刺さない。エイダにも理解できない天邪鬼な怪異である。


『普段はすごく丁寧なのにどうして戦うってなると……』

「性ですよ性。それに、剣士殿一人に戦わせるほど薄情でもありませんよ、わたくしめは。長く戦いを味わい続けていたおかげで……そろそろ「彼女」も、目を醒ます頃合いではありませんか?」

『……!』


 エイダは自分の支配している精神世界を俯瞰する。数多の怪異を保有するそれは、いわばマンションだ。その一室一室に怪異が住み着いており、今は全員が窓の外から空を見上げている。

 この内界からは空を通して現実の状況を確認することとなる。プラネタリウムのドームに、今エイダの身体を操っている怪異から見た世界が映し出されている……といった具合だ。そして現実で発せられている音声も、マンション中に響き渡ることとなっている。

 先ほどセバスチャンが言った、「彼女」も目を醒ますという言葉……それを耳にした怪異全てが身を震わせていた。


『……セバスチャン。最初からそれが狙いだったってワケね?』

「だって無理があるでしょう? あんな醜いモノを相手取るなんて……いくら剣女がいるとはいえ、ね? いつまでもこんなボロ屋敷にお嬢様を閉じ込めるわけにはいきませんよ」


 エイダはマンションの……数百メートルもの地下深くにある錆びた牢屋へと沈んでいった。少女が持っている怪異の中で最も危険で害があるものが、ここに潜んでいる。


「ね?」


 セバスチャンは卑しく笑った。対しエイダは牢屋の前で苦い顔をしたのだった。


『……そうよねー。ワタシたち、殴る蹴るっていうのには向いてないし。また起こすしかないかー』


 執事は静かに頷くと、肉体をエイダに返却した。


 再び金髪の少女が現実の世界に立つことになる。跳ねるように瓦礫の山を降り、水溜まりに靴を落とした。ぴちゃんと軽快に立ち、少女は水面に映された自分の顔を覗きこんだ。


「じゃ、起きたばかりでゴメンだけど、お願いねー!」


 少女はコンパクトサイズの手鏡を開くと上空に投げつけた。そして目を閉じ、その小さな薄桃色の唇で、物語を紡いだのだった。




 ———鏡よ鏡。世界で一番美しいのはダァレ。

 ———Mirror mirror on the wall, who's the fairest of them all?

 それは私。ガラスに照らされた私は月のよう———

 That's you. You are like the moon ——— illuminated by the glass.


 ———鏡よ鏡。あなたは一体ドチラサマ?

 ———Mirror mirror on the wall, who the hell are you?

 それは悪魔。夢とは虚構。世界とは真実。二つ合わせておとぎの国———

 That’s me. Dream is fiction. The world is truth. The two together are a fairyland———


 ———鏡よ鏡。アナタは一体どこにいるの?

 ———Mirror mirror on the wall, where the hell are you?

 それはここ。十三枚目の狭間にて、明日の私を見ています———

 It is here. At the Thirteenth Narrow, I am looking at tomorrow's you———


 ———鏡よ鏡。アナタとワタシはドコのダレ?

 ———Mirror mirror on the wall, who are you and who am I?

 それは秘密。私とワタシは鏡の中で生まれ逝く———

 It is a secret. Me and you are born and die in the mirror———


 ———ワタシは、「鏡の国のシンデレラ」。


 そして、「十三番目の鏡魔ミラードシンデレラ」———。




現在の鳰下町ミュージアム占有状況





□■◇□■

□■■■■

■■■■■

★□□□□

□□□■■



黒塗り……非攻略

白塗り……攻略済み



★……エイダと剣女の現在地

◇……近衛槙の現在地

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る